第9話 女難の日

 俺は運転しながらさきほど明様に言われたことを考えていた。

「結婚か……」

 思わず口に出してしまう。

 けどこれは仕方のないことだろう。確かに魔法使いは早婚が推奨されているが、まだ高校生になりたての15歳だ。

 力の強い魔法使い同士で結婚することはよくある話だが、銀世家は後継ぎが星だけしかおらず俺は黒命家を継がないわけにはいかない。


 さらに俺に好意を寄せてくれているのは星だけじゃない。

 夏葉や雪乃もそうだし……。

 自分で言ってしまうと非常に気持ちの悪い奴のようだが、15歳の男子としてこれは考えないわけにはいかないところである。

 重婚は認められているが、すべてが十色の一員であるとなれば十色内の勢力図が一変してしまう。ただでさえ黒命家は戦闘力が頭一つ抜けているのだ。そんな中俺が銀世、青砥、紫乃と結婚した場合十色内のバランスは崩壊してしまう。


 俺は力でこの国をどうにかしようなどと大それたことを考えているわけではない。

 しかし周りがこうなった状況を見た場合、その強大さは脅威を感じることになるだろう。

 そうなったとき俺の家族に振りかかるのは火の粉どころではない。

 別に十色内で抗争があるとか、敵対関係があるとかそういうのではない。

 しかし、魔法という明確な力が与えられて以降、歴史時代の様な家の強さというものが蘇りつつあり、それが重視されるようになっているのもまた事実だった。


「はぁ……」

 ただ結婚するだけだったらきっと最高な気分なんだろうけど、と現実逃避気味なことを考えているうちに家に着いた。

「花凛~ただいまー」

 いろんなことを考えて疲れていたのか花凛を呼びながら扉を開ける。


「なに?兄さん」

 え、近い。

 扉を開けた瞬間目の前に妹が現れた。

 この妹、本当に眼を使わないようにしてるんだよな?

 俺はずっと見られているのではないかという一抹の不安に駆られる。

「今日も遅かったね、いつ迎えに来てくれるのかなー兄さんは」

 不満そうにぼやく花凛。

 そう言えば、時間がある日は迎えに行ってやると約束していた。


「悪い。今日は少し、大事な予定が入っちゃって……」

 つい言い訳が口から出てしまう。

「ふーん、妹よりも大事なんだ。星さんが」

 どうやら花凛の少しと俺の少しは相当違うようだ。

「いや、そんなことないぞ。花凛も大事だ」

 今日は女難な日なのか……。

「私も、かー。私は兄さんが一番大事なのに」


 妹よ、兄離れはしなくていいと言ったが、ブラコンを極めろとは言ってないぞ。

「花凛、もちろん俺もお前のことを一番大切に思ってるよ」

 ここで変に言い訳するともっとこじれるだろうと思い、正直に話すことにした。

「でも、家族として、でしょ?」

 ……

 …………

 ………………。

 これはそういうことか?

 確かに花凛は昔からお兄ちゃんが大好きな子として両親からも呆れられるくらいだったがそれは俺が兄だからだと思っていた。

 だから俺も妹にはこれでもかと甘えさせたし、最高のお兄ちゃんでいる努力をした。

 でもいま花凛が言ったことはきっとそういう家族としての話を超えて、別の意味を内包しているように俺には聞こえたのだ。


「花凛……」

 俺は名前を呼んだまま詰まってしまう。

「ごめんね、兄さん。なんでもないよ忘れて」

 花凛は少し悲しそうな顔をした後、無理に笑って背を向ける。

 そうして戻ろうとする花凛の顔に雫が見えて俺は引き留めた。


「花凛」

 今度ははっきりと意思の籠った声で名前を呼ぶ。

 泣きそうな顔の花凛がこちらを振り返った。

「何?兄さん」

 俺は花凛を抱きしめた。

 花凛を抱きしめるなんてことは正直今更特別なことではない。

 ついこの間まで普通に花凛がしてきていたことだ。

 最近の兄離れの一件で少しスキンシップは控えられていたが、俺としては大して抵抗のある行動ではなかった。


「え、兄さんちょっと……」

 口では否定しようとしているが抵抗はしない。

「なぁ花凛、」

 スゥーっと息を吸うと意思を決め、こう言った。

「この際だ。お前がどんな決断をしようと俺が否定することはないぞ」


 正直な話、花凛の俺に対する感情については知らないわけではなかった。

 周りの兄妹と自分たちを比べてみればどうやったって気が付くことだ。

 ただ、今まではっきりと言われたことがなかったから、今回は驚かされただけであって鈍感を極めていたわけではない。

 だから今日、銀世家で結婚の話が出たこともあって、はっきりさせておくのもいいと考えたのだ。

「兄さん……」

 花凛の表情からは悲しそうな顔は消え去り、俺と花凛の間には穏やかな空気が流れた。


 と思われたが……。

「……ちょっと待って。この際?」

「ん?」

「決断云々の話はともかく、今の流れでこの際ってどういうこと?兄さん」

 ……おっと、結構格好よく決めたつもりだったけどさっき帰りながら考えてたことがこんなところで悪さをしてくるとは。


「あ、えーっとそのなんだ。そう銀世の明様が結婚やらそんな話を出してきてな」

「ふーん。で?」

「いやーそれで帰りがけに結婚についてちょっと考えてたから、その流れでこの際って言葉が出てしまったという訳です」

「へーじゃあ、兄さんは星さんと結婚するの?」

「いや、うん、どうなんだろう」

「はあ、兄さんのへたれ」

「なっ」

「いいねー兄さんはより取り見取りで。夏葉さんに星さん雪乃ちゃんまで」

 少し嫌味な言い方だが、やはり否定できない。


「……そうだな」

「でも一生兄離れしなくていいんだもんね?」

「……!!」

 いつの間にこんな小悪魔ムーブを会得したんだ花凛よ。

 兄なのに一瞬揺らいじゃったぞ。


 だけど、そうだ。

 何があろうと俺と花凛には絶対に変わらない関係がある。

「そうだな、お前のことは何に変えても幸せにするよ」

「じゃあ、私とも結婚してくれる?」

 俺のキザなセリフを気にも留めず、逆に俺を揺さぶるようなことを言ってくる。

「さぁ、玄関で長話もなんだしご飯食べよー。兄さんの帰りを見極めてちょうどいいように準備しておいたんだ」

 今にもスキップを始めそうな足取りでリビングへ向かっていく花凛の背中を見ながら、新たなる問題を抱えることになった俺は天井を仰いだ。

 天井に吊るされたライト以上に最後の花凛の表情は明るかった気がした。

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