第一章
第1話 -初日-違和感と組決め
西暦3150年4月、龍仁の朝は奇妙な違和感から始まった。
「お兄様おはようございます」
いつもと変わらないきれいな声。
それでいて、いつもとは少し違ったよそよそしいような変わった雰囲気を覚え目が覚める。
「花凛おはよう」
閉じようとする瞼に抗い、何とか目を開ける。
いつもの時間、普段通りの光の色、その中に少しの違和感を感じる。
いつもと様子が違う理由は挨拶を返すほどの短い時間ではわからなかった。
わからないことは考えていても仕方がないと自分に言い聞かせ、いつも通りの返事で起き上がる。
「お兄様、朝ご飯の準備は整っていますので早く来てくださいね」
そう言って花凛は部屋を出ていった。
お兄……様?
俺はいつもとはちがう感覚の正体をなんとなく察しながらも、今日から始まる高等部での生活に頭を切り替えることにするのだった。
高等部とは、
龍仁たちの家から高等部のある魔法機関本館までは個人用送迎車(魔法力を原動力としているため通称魔装車と呼ばれる)で十五分、中等部のある第二館までは約三十分である。
この時間の差からわかる通り、中等部と高等部は別の場所にある。
そしてこの学び舎の場所自体が兄と変わってしまうことが今朝の花凛のよそよそしい態度の原因である。
「お兄様今日から別々の登校ですね」
すこし悲しげな声で花凛がそう言った。
俺はやはりなと思いながら、少しでも妹の悲しみが和らげばとこう言った。
「まぁ一年の辛抱だ。暇ができれば迎えに行くから、そう気を落とすな」
しかし彼女の心はそんな気休め程度でどうこうできるものではなく、「いえ、お兄様に迷惑をかけるわけにはいきませんので」ときっぱり断られてしまい龍仁は拍子抜けしてしまった。
いささか固さがあったとしても普段通りの彼女なら、恋人さながらの笑顔で「楽しみにしてますね」と返事をしてくると考えていたからである。
「……おう。そうか。じゃあまた帰ったらな」
「はい。お気をつけて」
そう言って花凛とわかれた俺は、いつもと違った態度の妹に若干の寂しさを覚えながら、「これが兄離れってやつなのか」と自分を納得させることにしたのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日は魔法機関の進級日だ。
魔法機関は完全な一貫校という形であり、基本的に学生の顔ぶれが変わるといったことはない。
しかし過程によって学び舎が変わることもあり、特に今日から高等部に進級する者たちは、魔法機関の本館に通うということもあり、その多くが緊張の面持ちを携えていた。
「おはよう龍仁」
進級日ということもあり、いつもより早く登校して来ていたが、緊張とは程遠い顔で気だるげに歩いていた俺によく知る声がかけられる。
声をかけてきたのは、十色赤の直系である、
十色とは約150年前に起こった侵攻時、日本の防衛で大きく活躍した十人の魔法使いの家系を一言で表す呼び名であり、十色という呼び名の由来は苗字にみな色が含まれているという何のひねりもないものだ。
「よう、終治。お前が俺と同じ時間に登校なんて珍しいな」
「えっと、それは、」終治がなんだかぼそぼそと口ごもっている。
俺は理由を察し、少し後ろの方へ視線を変える。
「おいおい。進級初日からお姫様を連れて登校デートとはやるな」
終治の少し後ろを歩いていた女生徒、それはまた十色黄の直系である、
「おい!彩華さんに聞こえるだろっ。それにまだ僕たちはそんな関係じゃ……」、と終治が早口でまくし立てる。
「へーまだ、ね」
そう言ってさらにからかいながら、後ろの彩華にも声をかける。
「彩華もおはよう。三人でそろうなんて珍しい偶然だな」
確実にこちらの話が聞こえており少し顔を赤らめていた彩華が「おはよう龍仁くん。確かにすごい偶然だね」と俺の冗談をまるで本当に事のように肯定して見せた。
それまで焦っていた終治もようやく落ち着きを取り戻し、「僕たちはただでさえ目立つし、先を急ごう。」クラス分けも気になるからねと、もっともらしい理由をつけて、進む足を速めた。
魔法機関の授業では座学の理論系科目や一般科目は完全にデジタル化しており、機関からの連絡も専用メールである。しかしクラス分けについては違っており、昔ながらの掲示板への張り出しとなっていた。もっとも個人名を印刷した紙を貼りだすものではなく、電子掲示板に名前が表示されるといったものだが。
「あ、あった!」
そう言って彩華が一歩後ろから確認していた俺と終治を振り返る。
「私は四組だったよ。終治くんたちは?」
「僕は三組だった」
「俺は七組だ」
みんな違ったか、まあ俺達十色は十人、総クラス数が七つならば被らないということもそこそこあることだろう。
そんなことを考えて居るとまた別の声が聞こえてくる。
「おはようございます。龍仁様」
一呼吸間をおいて、続ける。
「お二方もおはようございます」
「三人ともおはよー」
そうやって声をかけてきたのは十色銀の直系である
「おはよう星、まつりもおはよう」
皆がそれぞれ挨拶を終えるとまつりが「みんなは何組だったー?」と進級日に定番の質問を投げかけてくる。
「終治が三組、彩華が四組、俺が七組だ。二人はどこなんだ?」
俺が代表して答えて聞き返す。
するといつも控えめな星が、パッと顔を輝かせる。
「龍仁様、私も七組です!」
ただ同じクラスになっただけにしては少し大げさな反応をして見せた。
しかし星が龍仁のことで暴走するのはよくあることなので、ボディーガードとしていつも一緒にいるまつりは気にせず「私は五組だった」と言った。
「ほんとは星ちゃんと一緒の方が仕事上都合はいいけど龍仁いるし、授業中とかは任せるよ」
星に気を遣わせないためにか小さな声で俺に頼んでくる。
普段は基本的にやる気のない龍仁だがこの件は真面目に向き合う姿勢を見せる。「ああ。任せてもらって構わない」
俺が急に真剣な態度をとったことで弛緩しきっていた空気が引き締まる。
この後一瞬冷たい空気が流れたが、五人は内情をよく知っているため互いにそのことについてそれ以上は話さず、春休みのすこし会わない間にあった出来事についてなどHRが始まる直前まで他愛のない話で盛り上がり、それぞれの教室へ向かっていった。
龍仁は星を伴って七組の教室に入り、席を確認すると星を彼女の席までエスコートし、自分の席についた。
と言っても
HRで軽く一年の予定の説明があったあと、説明を担当した教師が退出していく前に席を立たずに待つように言われて、数分後七組の教室に上級生と思しき人が入ってきた。
その人は龍仁だけでなく大半の生徒のよく知る人物だったため何なのかすぐにわかった。
「なるほど生徒会の勧誘か」
「その通りよ龍仁君」
独り言のように呟いた俺だったが、その俺のつぶやきは拾い上げられた。
「私は高等部生徒会副会長の黄桜彩奈よ」
まぁ大体みんな知ってるわよねと言った。
龍仁の独り言を拾ったのは黄桜彩奈、名前の通り彩華の姉であり、高等部三年にして副生徒会長を務めている人物だ。
思いがけないタイミングで独り言を拾われてしまった俺は仕方なく、「生徒会役員は現生徒会による選任だったと記憶していますがこのクラスに選ばれた者がいるのでしょうか?」と七組生徒を代表して質問した。
この質問に彩奈はまたしても「その通りよ」と答え、「今から呼ばれた者はこの後私についてくるように」と続けた。
そして名前を呼ばれたのは龍仁と七組に三人いる十色の直系のうち星ではない方の女生徒、紫乃雪乃だった。
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