第2話 配信2回目 地球救済計画

「私が、監視のために、この惑星に、残るんですか?」


 モコスはボスの言葉を間違いなく確認するため、一節ごとにゆっくり、ゆっくりと繰り返した。


「そうだ。警告に失敗した以上、致し方あるまい」


 現地政府に警告を発するためのモコスの任務は、散々な結果だった。わざわざ地球人に似せた外殻を生成し、調査で判明した現地政府の最高権力者だと思われる人物に密かに接触を図った。

 直接本人と話せれば一番だが、そこそこ偉い官僚とでも会えればそれでいい。そのような考えで、ルジアン連邦の宮殿と見まごうばかりの行政府を尋ねたのだが、銃を持った門兵に外国のスパイの容疑があると、追いかけ回されることとなった。自然人以上の身体能力と用心のための光学迷彩装備がなければ捕獲されていたであろう。


「監視装置では柔軟な判断はできない。宇宙怪獣が動き出した時は、再び現地政府への警告と、銀河連盟への救援要請を発する必要がある」


「文明レベルは0.3どころか0.7か0.8はありそうです。さっさと直接介入すればいいのでは?」


「だからこそ判断が難しいんだ。もう少し進んでいれば良かったのだが、こう中途半端だと、銀河連盟が介入した影響で文明が崩壊する危険性がある」


 個人の勝手な判断や性急な介入で、すでに宇宙に到達した文明を崩壊させたとなれば、責任問題となりかねない。


「だから誰かが監視を続けて、宇宙怪獣の動向を見守らなければならないんだ」


 完全に放置してレベル0.8にも達した文明が死滅してもやはり責任問題となる。むろん個人の民間交易船ではやれることに限度はあるが、半有機アンドロイドユニット一体を残す程度は十分にやれる範囲内なのだ。


「連絡艇と通信ロケットを何本か置いていく。宇宙怪獣が動き出したら救援要請を出して、さっさと退避するんだ。そのうち誰かが迎えに来るはずだ」


 連絡艇では銀河連盟の加入惑星へは戻れない。


「ボスは来てくれないんですか?」


「もし近場にいればいいが、遠方なら諦めろ」


「ひどいです」


「うちは交易船一隻の個人企業だ。金にもならないことで寄り道はそうそうできん。破産したらお前の給与も出せないんだぞ?」


「監視中の給与は出るんですか?」


「その程度は保証してやる。あと監視任務を無事やり遂げれば臨時ボーナスと功績申請もしてやろう。この惑星が救われれば、現地政府からの報酬もあるかもしれないぞ?」


「現地政府との再接触を試してみても?」


「それはダメだ。宇宙怪獣が動き出した時のみ、現地政府との交渉を許す」


 宇宙怪獣が動いたとなれば、高度文明との接触で未開文明が崩壊する危険、なんて悠長なことを言っている余裕などさすがにない。


「わかりました。それと記憶のバックアップもお願いします」


「いいだろう。mocs-11Xsが破壊されたと判明したら、バックアップを使って復活させてやる」


 モコスは覚悟を決めた。何より功績申請は滅多に認められるものではないからだ。申請すること自体が稀な功績申請が、宇宙怪獣を監視するだけで得られるかもしれない。モコスはそのチャンスに飛びついた。




@@@@@@@@@@




「――とまあ、そんなわけで、私はこうしてVtuberとしてデビューしたわけなんです」


 そうモコスは地球に残った経緯を、21名の視聴者に説明し終えた。思ったよりかは増えないが、Vtuberは毎月どころか毎日のように新人がデビューしては消えていく。こうしていくらかでも増えるだけ上出来。しかもコメントを見るに、初回配信のメンバーもいる。悪くない滑り出しといえる。


:世知辛い世の中だね

:わいらの文明、0.8なんか

:まてまて、地球に残ったところからVtuberになるところまでずいぶんと端折ってないか?

:功績申請というのは?


「Vtuberになった経緯はそのうち話しましょう。功績申請というのは、前回、アンドロイドに人権がないという話をしましたよね?」


:人権がないモコスちゃんかわいそう

:高級乗用車並の値段で買えちゃうし、バックアップから復活できるとなると、それも仕方がないのか


「ですが人工的に作られた存在とはいえ、私はちゃんとした自意識を持つ知性体でもあります」


:普通の人間にしか思えない

:AIとは何が違うの?

:複製が作れる。つまり……


「自意識があり、自己保存の本能もある。物やロボットのように扱って良い存在ではないのです」


:でも人権がない

:かわいそう


「自然人となんら変わることのない我々、自意識を持つアンドロイドにも人権を認めるべきではないのか。そういった運動が過去にありました」


 しかし無制限に工場で生産されるようなアンドロイドに人権を付与しては、社会にとって大きな負担となる。何より多くの自然人がそのようなことは認めない。

 そうして作られたのが功績申請制度である。人助け。あるいは仕事上の功績。知識や技術の新たなる発見。一〇〇年以上にわたって重要な仕事を勤め上げても認められることもある。

 明確な基準もあるが、どのようなことでも審査をして認められれば、アンドロイドにも自然人と同じだけの人権が与えられる。


「自然人に仕えるだけの存在ではない、自己決定権のある存在。我々の多くがそれを目指して日夜働いているのです」


:なるほど。宇宙人も色々考えるもんなんだな

:肝心の宇宙怪獣の話は?

:モコスちゃんが地球を救ってくれるのか!

:人権のために!


「それは無理です。私は単なるサポート型の汎用アンドロイドですよ? 銀河連盟でも手出しを躊躇うような宇宙怪獣と戦う力はありません」


:そりゃそうだ

:地球を救う方法を考えるって前回言ってましたな

:運が良ければ助けが来る

:地球の命運は運任せかー


「そこをなんとか生存確率をあげようというのが、今回の相談です」


 そういうとモコスは白いホワイトボードのような物を配信画面に出した。


「一番良いのは救援を呼ぶことです」


 ホワイトボードに1、救援を呼ぶとモコスが書いていく。


:それが運任せだから困っているのでは?

:確実に呼ぶ方法があるってこと?


「宇宙怪獣を倒すには相応の宇宙艦隊を動員する必要があり、とてもコストがかかります。つまりそのコストを負担することができれば、確実に救援が期待できます」


:コストってお金とか?

:物資とか燃料かも

:銀河連盟の貨幣なんて誰も持ってない件


「レアな資源でもあればいいのですが、地球上にはそのような資源は存在していませんし、通貨ももちろんありません。しかしもし銀河連盟に売れるモノがあれば、話は変わってきます。すぐに通貨が手に入らなくても、売ることで確実に利益が見込める。そう判断されれば、借金という形で通貨を得て、宇宙艦隊を呼び寄せることができるかもしれません」


 金になる。価値がある。すなわち救う価値がある。そう判断されれば、チャンスはきっとある。そうモコスは考えた。


:地球上に宇宙人に売れるような物ってあるのか?

:人間を売るとか?

:モコスちゃんみたいな高性能のアンドロイドが高級乗用車並の値段で買えるんだぞ。人間にそれほど価値はないだろうさ

:美術品とか?


「美術品、ほぼ正解です!」


:絵とか彫刻とか銀河連盟でも価値があるのか

:どのくらいあればいいんだろう

:想像もつかんな


「私が考えているのはマンガやアニメです。絵画や彫刻はもしかすると値段が付くかもしれませんが、美的センスに左右されるものです。しかしマンガやアニメには魅力があります」


:確かに日本産のアニメは海外でも人気がある

:マンガが売れれば地球は助かるのか!

:これは勝確ですな

:ドラマとか映画はどうだろう?


「ドラマや映画も売れるかもしれませんが、実写は銀河連盟ではハリウッドなど足元にも及ばないレベルでおそらく太刀打ちできません。ですが私はマンガに可能性を見出しました。何より自然人による手書きというのが最高です」


:それでアニメとマンガか

:手作り、アナログ感がいいのかね

:宇宙文明ともなるとイラスト生成AIとかものすごく発展してそう


「言語と風習の違いで理解が難しい面もありますが、それでもマンガは確実に売れる、そう考えています」


:でもどうやって売るんだ?

:データを落として通信ロケットで送ればいいんでない?


「しかしそれにも問題があります。著作権です」


:著作権は大事よね

:作者か出版社の同意があればいい?

:銀河連盟に売るからデータをくださいって無理じゃないか

:著作権が切れたやつとかどうだろう

:地球を救うためだ。海賊版も許される

:いやまあ、それも仕方ないのか……


「海賊版は無理です。銀河連盟でも犯罪ですから。それから著作権切れでも、持ち出しは現地政府の認可が必要となります」


:それで地球が滅んだら全部消えちゃうんですが

:この場に出版社の方はおられませんか~

:宇宙はそんなに著作権に厳しいのか


「知的財産に関してはとても厳しいです。それに私はただでさえこうしてギリギリのグレーの警告を続けていますから、犯罪行為をすれば問答無用に破棄処理されてしまいます」


:宇宙怖いなあ

:具体的にはどの程度の罪なの?


「被害額にもよりますが、アンドロイドなら即処分。自然人でも極刑もあります」


:厳しすぎん!?

:地球もそれくらいしてくれんかなあ


「知識や創作物のコピーが原因で星間戦争が何度も起こりましたから、銀河連盟はとても気を使っているんですよ」


 お金や手間をたっぷりかけた知識や創作物を勝手にコピーする。さらにはそれをばらまいて金儲けをする。辞めろと言っても改めないなら、後はもう武力行使しかない。


「文明同士の戦争は激烈になりがちです。たとえ善意であっても、それで数億、数十億の知性体、あるいは文明自体が滅ぶリスクがあるとなれば、許すことはできないのです」


:海賊版を容認しちゃったばかりに滅ぶのか

:残念ながら当然の話よな

:ならどうする? 同人誌でも作るか?

:わいの同人誌なら提供してもいいが……

:おお、いいじゃん

:しかし50部がやっと売れるレベルやで?


「それです。つまり個人で本人の制作物、あるいは新作で未発表のマンガを託してもらえば、著作権の問題は発生しません」


:しかし本当に売れるのだろうか

:50部では……

:50部でも立派なものなんだぞ?


「私は量産型の汎用アンドロイドです。その私が一年でマンガやアニメにハマったのです。確実に需要はあります」


:宇宙人もハマるってマンガってすげーな

:希望が見えてきたのでは?


「私は監視任務を与えられた時、情報収集のために様々な情報にアクセスをしました。時間はありましたし、救援を要請するにも現地政府との交渉をするにも情報収集は欠かせません


 地球上には無料でなおかつ正規の、地球上の法にも銀河連盟の法に照らしても、違法性のまったくない電波が大量に飛び交っていた。


「基本的に無料のテレビ放送を見ていたのですが、中でも目を引いたのはアニメでした」


:でた、アニメ!

:ジャパニメーションだ


「私はアニメの元を辿りました。そして日本に、多くのアニメの原作となっているマンガに行き着いたのです」


:海外のオタクみたいなルート

:モコスちゃんは海外の人?それにしては日本語がネイティブレベルに上手いけど

:だから宇宙人でしょ

:言語能力は高いって言ってましたな


「私はアニメとマンガを見ることで愛や勇気や様々な感情に気付かされました。私は自意識を持つ知性体でしたが、この時ようやく自分という存在を真剣に考え、自立した意識に芽生えたのかもしれません」


:いい話だなー

:アニメやマンガが誇らしいよ

:マンガには人生が詰まっているよ

:俺も愛や友情はマンガで学んだよ

:お前、友達は……

:しっ、言ってやるな


「そして思ったのです。この素晴らしいアニメやマンガを危険を冒してでも守らなければならないと」

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