第26話①

「急で申し訳ないんだけど、ブライズメイドをお願いしてもいいかな」

珍しくかしこまった感じで現れたあゆ様は、心底困っているんだ、という雰囲気の芝居を打っているようにも見えた

それにブライズメイドって言った?

ブライズメイドって、悪いんだけどちょっと得意先に書類持ってってくんない?(全然ちょっとじゃない)みたいなトーンで頼むやつか?

「ビゼがジューンブライドがいいって、聞かなくて」

「…ああ、結婚式」

結婚式?

いや、それはそうだ

葬式にブライズメイドはいらない

「結婚式されるんですか!?」

あゆ様と、ビゼ様が、結婚式を挙げる

「いや、そんな改まったのじゃないんだ。お披露目会っていうか。ゾンダもやったよ」

「へぇー…でもいいじゃないですか。おめでとうございます」

「じゃあ、頼めるかな!?」

「えっ」

おっと、そうだった

そういう話だったんだ

「私まだ友達の結婚式も出たことなくて…もちろん、お手伝いできるのは光栄ですけど、お作法とか全然わかんないんですよ」

「なに、ちょっとエスコートしてもらって、花嫁の入場をアナウンスしてくれるぐらいでいいんだ」

「それぐらいでしたら…」

「つむじさん、この人に担がれてますわよ」

自室からパジャマ姿のフレオが出てきた

今はもう7時前

今日は店じまいして、私達も家に帰ろうとしていたところだ

「ゾンダ様のお披露目会なんてそれはもうド派手な披露宴でしたわよ」

「いやうちはそんな…慎ましくやるつもりだからさ」

「ゾンダ様の結婚式気になるな」

「フラワーガールが花びら散らしたバージンロードを、ズラッと並んだ自警団が掲げた剣のゲートをくぐって歩いて、盛大な祝砲鳴らして。白馬が引く馬車でパレードですわ」

そう言ってフレオは本棚から古いアルバムを出してきて広げた

花吹雪越しににこやかに手を振るプエルチェ様が馬車に乗っている

どこの国の王族かと思う盛大さだ

「この馬車引いたのタービュランスですのよ」

「私達はちゃんとした見世物をするつもりだよ。祝ってくれるファンを楽しませないと」

あゆ様は意外とこういうところがマメだ

まあ、だからこそ女王をやっていられるんだろうけど

「わかりました。お手伝いしますよ」

「本当かい!?いやあ!助かった!ありがとう!じゃあフレオもよろしく!」

「なんでわたくしまで!?」

あゆ様は言うことだけ言ってそそくさと帰ってしまった

一部始終を黙って見ていたルネが念を押すようにつぶやく

「…あたし晴れがましい席は苦手だから」

「じゃあルネは最後にライスシャワー撒く係」

「あの人の結婚式なんて絶対まともじゃありませんわよ!」

なんだろうこの負の信頼感

でもフレオの言ってることもわかる

普通のお式をするのにわざわざ(世間的には)縁の薄い私を引っ張り出すとは思えない


ともかくも、ブライズメイドのお作法を調べなければ…と思ってもここにはスマホもGoogleもない

なのでここへ来てから足を踏み入れたことがなかった、図書館に頼ってみることにした

というか学校の図書館に結婚式のマナーの本なんかあるものだろうか

実用書の棚を見回す

盆栽の本を一つ取ってみる

巻末のページに紙ポケットが貼り付けられていて、図書カードが収まっている

懐かしい

こういうのは電子化されたらいけない歴史の風物だ

図書カードを見てみると、ルネの名前があった

いつの日付だかよくわからないが、その下に続く名前の列からしても大分前であることがわかる

ルネが読んでいる本はここから借りているのだろうか

盆栽の本を戻してマナーの本を探す

冠婚葬祭入門

冠婚はともかく葬祭はどうなんだ

この世界どころか普通の学校にだって置いとかないんじゃないか

古そうな装丁だが本そのものはそこまで古びていない

古本市で手つかずの大昔の本を見ているような気分だ

「『第一章・出産から卒業まで』…?」

歴史の授業と言って生命誕生からスティーブ・ジョブズの死まで扱うような範囲の広さだ

大体この世界で出産って概念通用するのか?

それを言い出すとビゼ様が結婚願望持ってることも甚だ疑問ではある

みんな学生だし、卒業によってこの世界を去る

普通なら結婚には至らない

死と同じでこの世界にはなくていい仕組みだ

でもビゼ様は妃だ

婚姻という概念は多分理解されてる

とすると、結婚というセレブレーションがこの世界に通底する観念として存在している、と考えた方が自然だ

大姫様は女の子と添い遂げたかった神様だから

なら、基本的には神前式と見なすのが妥当だろう

多分大姫様に伴侶と生涯を共にすると誓う

…卒業が二人を分かつまで?

ううん

結局学生のごっこ遊びみたいな感覚なのだろうか

だとしたらごっこ遊びで白馬に馬車まで引かせるゾンダ様は大分放埒だ

確かに卒業の先はわからないんだから、死と変わらないのかもしれない

卒業で別れ別れになってしまうのは実際不憫だ

少なくともあゆ様はその重みを理解しているはずだが、いつ訪れるかわからない、でも恐らくは二人一緒にはいられない、一生に一度の別れのモーメントをどう考えているのか

葬祭の部分もよく読んだうえで考えるか

他にもウェディングドレスのカタログ本とか、吉岡里帆が表紙のゼクシィまでが置いてあった

不自然に近代的なコインランドリーがあるように、こんな雑誌までがこのでたらめな世界に滲み出している

その割にみんな現実世界の様式を知らなかったりするのだから、図書館がこうも静まり返っているのも頷ける

ゼクシィの図書カードはまだ真っ白だ

入架したばかりなのか

ゼクシィを戻してカタログ本をめくっていると、ブライズメイドに囲まれた新婦のページがあった

みんなフォーマルなドレス

「ええ…やっぱり私もそれなりの格好しなきゃいけないの…」


「いや、つむじくんは制服でいいよ」

装いについての打ち合わせで天国の劇場へ寄った

あゆ様は芝居の稽古なのかトレーニングなのか、ベンチに腰掛けてダンベルで上腕二頭筋を痛めつけている

「あゆ様はドレス着るんですよね?」

「もちろん」

「ビゼ様は?」

「もちろんビゼも着るよ」

二人共花嫁か

華やかで結構

そんな中私は制服のままで本当にいいのだろうか

「司会とまでは言わない。ただちょっとだけアテンドしてくれればいいんだ。そんなに気負う必要はないよ」

「でも私でいいんですか、本当に」

この世界であゆ様に縁がある人は他にたくさんいるはずだ

「元々はフレオに頼むつもりだったんだけどね」

あー

そういうことだと確かに私にも責任がある

あゆ様はすかさず言い添えた

「君が女王になったから代わりに頼んでるわけじゃないよ」

そこまで言われては私も腹を決めよう

当日のもっと詳しい打ち合わせをしたいところだったが、あゆ様は「時間までに来てくれれば大丈夫」と言って筋トレに戻ってしまった

まああゆ様から頼まれたのだから私はあゆ様の世話をすればいいのだろう

するとフレオがビゼ様の介添人をするのだろう

何かフレオと話し合っておかなければいけないことがあるだろうか


念の為官邸に寄ってフレオを訪ねたが、浮かない顔で私のデスクに足を投げ出している

「ちょっと、そこでご飯食べることもあるんだから」

「汚れはしませんわ」

そうだけども

「フレオはビゼ様の介添するんでしょ?何か合わせないといけない予定ある?」

「わたくしは介添人じゃありませんわ」

「えっ、そうなの?じゃあ何を…」

「当日まで言うなと口止めされましたわ」

自分の結婚式で私にサプライズ仕掛ける意味がわからないし、私の口が軽いと思われているということなのだろうか

それとも聞いたら思わず人に話してしまうようなことなのだろうか

「つむじさんもちょっとは覚悟しておいた方がいいかも知れませんわよ」

そんな今更

結婚式でブライズメイドがどんなピンチに陥るというのか

まあ一番は新婦に迷惑かけてしまうことだろうけど、それは論外で


ルネの家に帰って、図書館から借りてきたゼクシィを読み込む

「そんなに根詰めるようなこと、昨日の今日で頼まないんじゃないの。構え過ぎだよ」

「フレオが覚悟しといた方がいいなんて言うからさ」

「そんなのより支度は?ご祝儀とか包まなくていいの?」

「いるかな、やっぱり」

「それはそうでしょ。祝う側なんだから」

ゼクシィによると、ブライズメイドのドレス代は新郎新婦が出すものらしく、ブライズメイド自身もご祝儀を渡すのが一般的であるらしい

ドレスを自腹にしてもらう代わりにご祝儀は受け取らない、とかいうのもアリだそうな

日本的には6月ってボーナス前だし、みんな結構カツカツなんじゃないかと思うんだけど、招かれる立場になってみるとジューンブライドって結構わがままな要求なんじゃなかろうか

まあこの世界では別にボーナス月があるわけでもないし、幸い今の私は程々に裕福だ

ふとそこで今更な思いつきが頭に浮かぶ

「ここの家賃私が払おうか」

「どうしたの急に」

「生活に余裕があるの、家賃払ってないからだって思って」

「ここ持ち家だから」

なんということだ

いよいよ私は居候じゃないか

いやまあ、人の借家に居座っても居候ではあるのだろうけど

家賃折半とか、こっちが負担する余地があると思っていたので、借りはあるけど概ね対等なクラスメイトのつもりだった

「…鼻からスパゲッティ食べながら逆立ちで街を一周しなきゃいけなくなったときは言ってね」

「なにそれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る