第26話②

結局何の心構えもできないうちに結婚式当日を迎えた

ご祝儀には一番額面が大きい大姫様を3枚用意

分けられないように奇数がいいとか言うけど、じゃあ1円足せば?なんていつも思う


結婚式場は高天原の体育館を借りたのだという

私も制服だし、なんだか新鮮味がない

校門に結婚式を案内すると思しき捨て看板が立っていた

『東神ユーロスきたる!』

ユーロスというのはアネモイでのあゆ様の席を表す名前だ

なんだか選挙の応援演説の看板みたいだ

こういうのでいいんだろうか

見ているとあゆ様のファンらしい子達が足早に駆けていく

「ブーケトスの場所取りかな」

「つむじも急いだ方がいいんじゃないの」

まあこっちはホスト側だ

早すぎるということはない

「一応ルネも主催者側なんだから、呼べば来れるところにいてよ」

「遊び歩かないよ、人の結婚式で」


ルネと別れてみんなとは違う入口から体育館に入ると、ステージの真向かいにあたる小部屋に招かれた

他校の部を呼んだときに使ってもらう用の部屋だ

ステージ裏の控室かと思っていたが、そのへんは新婦が使うのだろう

小部屋にも裏手から入ったので、来場者のざわめきが聞こえる体育館の中はどうなっているのかまだ知らない

「つむじ様、今日はよろしくお願い致します。これ、式次第とアナウンス原稿、あとマイクです」

小部屋では裏方が忙しく駆け回る中、あゆ様の部下の一人が今日の商売道具一式を手渡してくれた

マイクからは長大なケーブルが伸び、会議机に積まれた放送機材に繋がっている

ということは私はここから動かないのか?

「えと…私あゆ様についてなくていいのかな?」

「はい。つむじ様には入場のアナウンスをしていただいて、で、あとは流れで盛り上げていただければ」

「盛り上げって…あ、フレオは?」

「フレオ様は別室でご準備頂いていて…あっ、いけない!つむじ様!急いで式次第読んどいてください!つむじ様の合図で始まるんで!」

「えっ!?え…ちょっ…!」

あゆ様の部下は慌てて小部屋の裏口から駆け出していった

入れ替わりにそこらをぶらついていたらしいルネが戻ってきた

「慌ただしいね」

「どこ行ってたの。私これから色々…」

渡されたアナウンス原稿は一瞥してわかる異色さだった

式次第を見る

「はーん…だからフレオあんな格好してたんだ」

「フレオが何!?」

ルネはニヤついている


さっき出ていったあゆ様の部下が息を切らしながら戻ってきた

「つむじ様!そろそろ出番です!準備お願いします!」

「えっ、あっ、はい!」

その時、体育館のアリーナから歓声が轟いてきた

何事かと思ってアリーナ側の扉を少し開けてみると、壁側の四面を階段状の客席が覆い、その中央には少し高いステージが設置されていた

ステージは四辺を三本のロープで囲われ、角々にはポールが立てられている

そのステージ上に人影が一人

真上の照明に照らされて輝くその水着姿は、頭上にボードを掲げたフレオだった

ボードには『本日のメインイベント!あゆvsビゼ』と書かれている

フレオは笑顔を振りまきながらロープに沿ってステージの縁を歩き、四方の客席にボードを示して見せた

客席は思わぬゲストに大いに盛り上がっている

ボードを見せ終わると中央で一礼し、ロープをくぐってを降りた

「プロレスじゃん!」

「いえいえ!お二人共ガチですよ!」

そういう意味じゃない

そりゃあガチだろうけどもさ

リングを降りたフレオはこちらに歩いてくる

その間も笑顔を絶やさない

「わーお、すごい格好」

「昔取った杵柄ですわ」

と白ビキニ姿のフレオは涼しい顔をしている

「それじゃあつむじ様!」

しょうがない、私も覚悟を決めよう


マイクを掴んで今フレオが来た道をリングに向かう

どこに音源があったのか、体育館のスピーカーからエマーソン・レイク・アンド・パウエルのザ・スコアーが流れ出した

プログレはこの世界には早すぎる

長すぎて多分みんな聞いたことがないだろうが、ちゃんと歌詞がある歌だ

みんな私にも惜しみない声援を送ってくれるが、今日の私はリングアナウンサー、いやブライズメイドなのだ

粛々と私の仕事をこなすのみ

私がリングに上がると曲がフェードアウトして、よく訓練された観客は水を打ったように静かになった

「ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。この度はアネモイ・ユーロスの結婚披露宴にようこそお越しくださいました。本日は日頃の皆様のご愛顧に報いまして、あゆとその妃ビゼによる30分一本勝負を執り行います!」

ウワーッともキャーッともつかない怒号が会場を満たす

手元の小さいカンペを見ながら花嫁の入場を案内する

「赤ぁコォナァー!」

カッ、とピンスポがステージ側の客席の角を照らす

「テアトル・ル・シエル所属ぅ、171㎝ィ、りんご3個ぉ…」

光芒に照らされたポニーテールの人影は、襟にリッチな羽飾りが付いた真っ白のマントをたなびかせ、伸びる観客の腕を払い除けながらバージンロードを悠然と歩いてきた

「ビィィィィゼェェェェ!!!!」

ビゼ様はひらりとトップロープに飛び乗ると、その上に立って右手を挙げて頂きを指さした

客席からは黄色い声援と何条もの紙テープが投げ込まれる

まっすぐよく飛ぶようにテープの芯には重りが入っており、石礫のようにリングのど真ん中の私を打つ

ビゼ様はリング上に降り立つと、羽織っていたマントを脱いでセコンドに手渡した

右肩にしかストラップがないレオタード姿があらわになり、観客がまたひと盛り上がりする

ビゼ様は左右交互に膝を伸ばしてウォーミングアップしている

その間にも劇団員がリング上のテープを片付けていく

私は青コーナー側のセコンドに目配せしてタイミングを見計らう

セコンドは通路の方を確認して頷いた

「続きましてぇ…青ぉほコォナァー…」

さっきの対角線上の角にピンスポが差す

もうこの時点で観客の声援はビゼ様が現れたときの音量を上回っている

「アネモイ・ユーロスぅ、168㎝ィ、47㎏ぉ…」

私も原稿を渡されて初めて知ったが、ビゼ様の方が背が高いのだ

それくらいあゆ様の存在感が強いのか、ビゼ様が控えめなのか、普段は全くそういうふうに見えない

あゆ様はザザザザッと音がするように駆けてくると、クロールの息継ぎをするような姿勢の上半身と幅跳びをするような下半身というポーズでリングに躍り上がった

「あぁぁぁぁぁゆぅぅぅぅぅ!!!!!」

一層激しい声と滝のようなテープに見舞われながら、両手を挙げて観客にアピールする

虎縞のマントを脱ぎ捨てると、上は白いタンクトップ、下は青いロングスパッツにリングブーツという出で立ちで、ぱっと見江頭2:50のような雰囲気だ

「レフェリーぃ、アル=ダバラン」

アルは劇団員でもあゆ様の部下でもない、よろず審判委員会というありとあらゆる勝負事を裁定するうるさ型…いや、専門家が集まった部活動の一員だ

その中で何故かプロレスに明るいのがアルだった

背が低くコロッとしているアルは、黒ストライプのポロシャツに黒のスラックスという出で立ちで、完璧にレフェリーだ

あゆ様のテープも片付けられると、フラワーガール?が花束を贈呈しにリングに上ってきた

あゆ様達のファン代表であるらしい

フラワーガール達が泣きながらあゆ様とビゼ様に花束を渡すと、観客に花束を掲げて見せた

私もここでフラワーガールと一緒にはける


…はずだったのだが、ビゼ様にマイクを掴み取られてしまった

「あゆ!あゆ!この…!この晴れの席によくもこんな茶番をお膳立てしてくれたわね!今日という今日はあなたのバカみたいな思いつきを粉々に打ち砕いてやるんだから!」

すかさずセコンドがあゆ様のマイクを用意して手渡す

「ビゼ…私の妃になってくれてありがとう」

あゆ様は流石の余裕だ

会場がヒューヒュー囃し立てる

近くだからよくわかるが、ビゼ様は真っ赤になっている

あゆ様は会場に落ち着くようジェスチャーする

「こうしよう。君が勝ったら、今後アネモイとしての裁定は君の好きにしていい」

「仕事のことじゃないわ!私が腹を立てているのは普段の話よ!」

「もちろん、それも君の言う通りにするよ。…でももう十分言うことを聞いている気がするよなあ?」

と観客に水を向ける

客席は失笑半分、不平半分

「おっと、そうでもなかったかな」

「当たり前でしょう!今日だって一度でも私の意見を聞いた!?」

「式のことは任せるって言ったのはビゼじゃないか」

「それはこんな馬鹿げたことをするとは思わなかったからよ!それに決まったら教えてって言ったじゃない!」

「6月に間に合わせるには色々大変でね」

「私のせいだって言うの!?」

「まさか。悪いのは30日までしかない6月さ」

ビゼ様はわなわなと震えてあゆ様に指を突き立てた

「…ぶっ倒してやるから!」

「待った待った。私だって負けに来たわけじゃないからね。私が勝ったら…そうだな、あの時の続きを聞かせてもらおうかな」

「…なに?それ」

「あの時さ!」とあゆ様は目を伏せて在りし日の思い出を情感込めて語りだした

「劇団の朝練帰り、誰も見ていない駅のホームの端…改札に向かおうとする私を引き止めて君は言ったんだ。今日しか言えないことがある、って」

客席から見えたかどうかわからないが、ビゼ様は明らかに動揺している

「でも君に言わせるのはなんというかこう…ずるいじゃないか?私だって言いたい。いや、私から言うべきだ。だからあの時は君の唇を塞いでしまったけど、やっぱり続きが聞きたくてね」

会場はヒアーッという最早悲鳴のような歓声で沸騰している

「なっ…」

「いいだろう?じゃ決まりだ」

「まっ…待ちなさい!私には何の得もないじゃない!」

「勝てばいいのさ」

と踵を返し、あゆ様は自分サイドのコーナーに引っ込んでしまった

アルがボディチェックをしている

パンツの背中側に何か認めたらしく、あゆ様の後ろに回ってそれを掴み出した

「その凶器はもう彼女が持ってる」

出てきたのは指輪の箱だ

開いても中身はない

その隙に、所在なくリング中央に残されたビゼ様からそっとマイクを取り返した

さっさとこの最前線を離れよう


…とリングを降りると、「つむじ様、こちらです!」と劇団員に貴賓席まで引っ張られてしまった

「さあボディチェックも完了して両者戦闘態勢が整いました!世紀の大一番ここに開幕です!実況はわたくし肱川ひじかわ、解説はつむじ様でお送りいたしたいと思います。つむじ様、よろしくお願いします」

「はい、よろs」

貴賓席はリングに手が届くような最前列で、折りたたみの会議机にマイクが設置されていた

「はぁ!?なんで…」

「それではゴングです!」

準備に駆けずり回っている劇団員の一人が、無言で木槌を手渡してきた

実況も劇団員も、会議机の端に置いてあるゴングを指して、やれ!というジェスチェーを私に送ってくる

もうヤケだ

このフラストレーションをあらん限りの力に変えてゴングをひっぱたいた

カァン!となんともいえない余韻の金属音が響き渡るや、ビゼ様はロープめがけて突進し、その反動で目を見張るスピードの跳び後ろ回し蹴りを繰り出した

「ビゼ様開幕ローリングソバット!」

しかs

「しかしあゆ様それを小脇に抱えて…おおっと!ビゼ様そのままの勢いで体を捻って軸足をお見舞いだーっ!」

もんどり打って倒れる二人をアルが間に

「レフェリー間に入ってお二人を引き離します!」

…全部言うじゃん

「さあビゼ様いきなりの猛攻。つむじ様、どうご覧になりますか?」

そうか、解説ってこういう役回りだったな

精神的負担が多い割にいいとこがない

「そうですね、ビゼ様も告白タイムがかかってますから、引くに引けないと思いますね」

今一瞬ビゼ様に睨まれた

ごめんビゼ様、他に言いようがなかった

ほんと解説なんてろくなことない

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