第25話②

小路を抜け出ると、暮れる空に虹がかかっていた

どこか遠くから聞き慣れた『椰子の実』が聞こえてくる

今来た道を振り返っても奥まった温室は見えない

外の空気は夏の訪れを感じさせる熱がこもっている

狼はヘフヘフと舌を出して息をついているが、ものすごく獣だ

ただ犬はこうすることでしか体温を調整できない

おっかなく見えるが慣れるしかない


私と一緒に歩いていればみんな怯えはしないだろう、と高をくくって、あえて部活で騒がしいであろう学校へ向かう

ラビにも話しておきたいし

坂を登っていく道すがら、何人か下校中の生徒とすれ違った

その度に「もう大丈夫だよ」と言って手を振るのだが、狼も愛想のいいつもりでがう!と短く吠え、彼女らをビクつかせてしまっていた

「お互い慣れが必要だな」

と初めて狼の頭を撫でた

犬は目の上に広げた手をかざされると怯えるので、最初のスキンシップは顎の下にグーを持っていくのがいい

怖がらずに撫でさせてくれるのは慣れてきた証拠か、ひと噛みで私の息の根を止められるからか

お互い様だ

私だって初めて家で飼い始めた犬を撫でようとしたときは怖かった

養畜部の傍まで行ったら狼の襲来にケージの中の動物たちが大騒ぎを始めてしまったので、そこにいた部員に言付けて校門でラビを待った

守備練習中の野球部は、狼が気になって何度もエラーしている

ランニングから帰ってきた陸上部は口々に「うわっ!」と言ってダッシュで離れていった


「すごい…狼ですね!」

駆け寄ってきたラビは誰にでもわかるくらいテンションが上っていた

狼の目線までしゃがみこんで、顎の下をこしょこしょと掻いたりほっぺたをむにむにしたりしている

狼は目を細めて喜んでいる

動物相手なら物怖じしない子だ

もしかしたら熊やライオンを撫でようとして噛み殺されてここに来たのかもしれない

「これなら野良には見えないでしょ」

とタイをつまんで見せた

「はい。つむじ様が飼われるならみんな安心すると思います」

えっ

「いや…飼いはしないけど…」

「じゃあ…養畜部で預かるんですか?」

「こいつの家があるから」

「餌とかは?」

「同居人がいた」

「じゃあ飼われてるんですね。よかった」

「いや、飼ってはいないって」

「…はぁ」

全部本当のことなので他に言いようがないが、私もはぁ、と思っている

狼も首を傾げている

ともかくも、これで一応のケリは着いた


温室の方に帰っていく狼を見送りながら私も帰路につく

「落ちてるもの食べるんじゃないよ!」

耳をこっちへ向けたから聞こえてはいるはずだが、承服したらしいジェスチャーはなかった

やっぱり落ちてるもの食べてるんだ


東の空から夕闇が張り出してきた

部屋に帰ると、デリの惣菜を皿に取り分けていたルネが開口一番「タイどうしたの?」と聞いてきたので、かくかくしかじかとタイを巻いた狼の話をしてやった

「野犬が野狼に昇格しただけじゃん」

客観的にはそういうことになってしまう

飼われているわけではないし野良でもないのだが、結局温室の女の子の話は出来なかったから、根城を持っているだけの野良狼になってしまった


あの子はどこかルネに似ている

世間と隔絶されていてなお、ここで隠遁生活を続けている

満たされるその日が来るまで

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