第14話

私の動揺が収まらぬまま決闘の日を迎えた

勝ったからどう、負けたからこう、というものではない

ただフレオ様の気が済むようにするだけの勝負だ

勝負を投げるまでもなく、昨日今日乗馬を始めたばかりの私に勝ち目はない

『決闘のため本日運休』という、今まで見たこともない張り紙が改札口に貼ってある

私は一服寺方面からスタートし、ちょうど駅のホームのあたりで激突する

ホームは立入禁止になっているが、線路が見下ろせる切通の上は朝から場所取りでごった返していた

物見高いは人の常

まして転校生が女王に喧嘩を売っての決闘であれば

困ったことに世間ではそういういきさつになっていた


スタート地点に着いて、私は初めて決闘に使う槍を目にした

伸ばしに伸ばした漏斗のような金属製の円錐と棒が半々くらいになっていて、端から端までは人の背丈よりも長い

円錐の先は千枚通しのように鋭く、バリケードの間に紐を張って吊るしてある運休の張り紙を突いてみると、何の抵抗もなく突き抜けた

そして重い

これを構えて手綱を握るのは手放しで馬に乗るのに等しい

しかも槍の他に盾まで持たなければならないのだ

「つむじ。ヤケになってないよね?」

負ける気で挑むな、とルネは言いたげだ

「ヴァンルイエに乗って走って逃げるとか?」

ヴァンルイエは首を横に振っている

「危ないと思っても、何か力が働いて槍が避ける。叩き落されても埃を払えばまた立ち上がれる。だから自分は出来ると思った方が勝つ」

だとしたら、自分の力に怯えている今の私はますます勝ち目がない

乗馬用のベスト、キャップ、キュロットにチャップスと、一通りの装束を整え準備は万端、のように見える

ギャラリーも期待が高まったのかざわざわし始めた

いや、違う

線路の真ん中をタービュランスに跨ったフレオ様がゆっくりと近づいてきていた

フレオ様は制服のまま決闘するつもりだ

「余裕ですわね。下見もしないで」

下見

考えてもみなかった

コースは複線の間の部分を使う

ここには枕木もないし、ご丁寧に標識も引き抜いて、この日のために砂で敷き固めてあった

そして馬2頭がすれ違うにも大きく避けられる幅員はない

相手を突き落とす以外に槍を避ける方法はない

私はそれを知っているが、ヴァンルイエは初めて走るのだった

ヴァンルイエはじっと線路の先を見据えている

「…負けたら私はどうなるんです」

「どうにも。弁えるということを学んでいただくだけよ」

女王の力を誇示するんだったらもう十分なのに、この人は威張り散らしたいのではない

私がこの人の格を認めて相応に振る舞えというわけだ

大変厄介な自己顕示欲を持っているタイプだ

「じゃあ、つむじが勝ったときは?」

よせばいいのにルネが余計なことを聞いてしまった

「ふ…っ。あはははははは!」

観衆は呵々とした笑い声に続きの言葉を期待して押し黙った

「よろしくてよ。あなたが勝ったら女王の座を差し上げますわ」

周囲のざわめきがウェーブのように伝わって行くのが目にも見える

「みんな聞きましたからね!」

ルネが聴衆に向かって大きく手を広げると、わぁっと火の手のように黄色い声が広がっていった

「…ではつむじさん、ごきげんよう」

フレオ様は表情を少しも崩さず、自陣のスタート地点に引き返していった

「ルネ!なんてことを!」

「いいじゃない、つむじに損はない。それどころか勝てば女王なんて儲けもんじゃん!」

別に私は儲け話のためだけにここにいるわけではない

「女王様になれたら、乗馬コース作ってね」

馬術部部長は発破をかけているつもりなのだと思いたい

負けて失うものがなくても、勝って得られるものを貰いそこねたとなれば責められるのは私だ

私に損がないなんて嘘だ

駅の方から半鐘の音が聞こえる

位置についての合図だ

「じゃ、駅の方で待ってる」

そう言うとルネや取り巻いていた観衆達は一人残らず去っていってしまった


5分は経ったろうか

再び半鐘が打ち鳴らされ、赤だった鉄道用の信号機が黄色になった

フレオ様の側も同じ色に点灯している手筈だ


黄色と緑になった

信号が読めるのか、ヴァンルイエは頭を低くして身構えた


スタートだ

脇腹を蹴るとヴァンルイエは弾かれたように走り出した

やはり槍は重い

今までにないスピードで疾駆するヴァンルイエの背から振り落とされないようにしているだけで精一杯だ

サラブレッドの全力疾走は時速70㎞になるというが、ヴァンルイエはそこまでは速くないと思う

しかしそれでも電車とは違う、揺れ動く動物の背なのだ

この上から狙いを定め、間合いを見計らって槍を突く

それも相手も全く同じことをしてくる中でだ


ゆるやかなカーブを抜け、駅までの直線に入った

私はまだ、この期に及んでも決闘を避けられないか考えていた

フレオ様はとにかく私に立場をわからせたいのだ

それもみんながそれと分かる形で

それを避けたいということは、やっぱり私は負けたくはないんだ

もちろん勝負事にわざわざ負けたいという人はそう多くはなかろう

勝てるものなら勝ちたい、誰だって、おそらくは

しかし何もかもが不利な勝負

勝つのは難しい(勝てっこない、からはずいぶん進歩した)

勝つのは駄目でも、負けないで済む方法ならあるのではないだろうか

ドロー

お互い相手を突き落とすことが出来ずにすれ違ってしまえば

その場はいいかもしれないが、多分決着するまで同じことを繰り返すだけだろう

あとは「おほほ、じょうだんよ」てな感じでフレオ様が心変わり…


フレオ様が心変わりするわけがないのは付き合いの短い私でも確信を持って言える

だがフレオ様を別人に変えてしまうことが私には出来る

どっちへ転ぶかはわからない

あるいはもっと好戦的になってしまうかもしれない

何も変わらないという可能性も

しかしこの槍で見事に突き落とすのよりは遥かに分のある賭けに思えた

駄目で元々

今一番思い浮かんではいけない言葉だが、捨て鉢にならずにここを乗り切れるものか

そうと決まったら、こんな重たい槍や盾は戦略の幅を狭めるだけのお荷物だ

私が槍と盾を放りキャップを脱ぎ捨てると、蹄が地を打つ音に混じってギャラリーの騒然とする声が聞こえた

少し軽くなったヴァンルイエはスピードを上げ、猛然と駅のホーム目掛けて突進する

わずかでも早くすれ違い、フレオ様が間合いを読み切れていない隙を狙うしかない

遠くにタービュランスの姿が見えてきた

真昼の太陽に照らされて、今日も輝いて見える

フレオ様は盾を持っていない

ハンデのつもりでないのはもうわかっている

私の槍は届かないというのだ

舐められたものだ

私の必殺技も知らずに

死のないこの世界で必殺技もどうかと思うが

フレオ様にも私が槍を持っていないのが見えたようだ

表情が読める

あれは私と同じ『馬鹿にしやがって』という顔だ

フレオ様も拍車をかけてスピードを上げてきた

「いくよ、ヴァンルイエ」

私は姿勢を低くしてタイミングを見計らう

激昂して槍を繰り出すことに集中していて、私がどう出るかなんて考えてくれていないことを祈る


私達はお互いの左側ですれ違う

右手に持った槍で私を突き落とそうとするとき、左側がお留守になる

本来ならそこを私の槍が狙い、それを盾で防ぐ

だが今はそのどちらもない

私も槍を避けることを考えては必殺技が決められない

狙いはただ一点だけ


鐙から足を抜いて素早く鞍の上に伏せ、フレオ様の槍を飛び越えるように宙を舞った


最後の瞬間、やっとフレオ様の驚く顔が見えた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る