第12話

「決闘を申し入れます!」

大変なことになってしまった

”昼下がりの女王”こと”真昼の女王”は怒髪が天を衝く有様で、私は有無を言わさず決闘させられることになってしまった


「なんでそういう肝心なことを教えておいてくれなかったの」

手ぶらで帰った部屋で恨めしくルネを見る

「だって普通褒め言葉には聞こえないでしょ、昼下がりって」

アネモイ達は24時間を8人交代で見守っている

そしてフレオ様は13時半から16時半の間を司る女王だ

”真昼”というにはとっくに南中時刻を過ぎているし、頃合いは”昼下がり”で間違いないのだが、まあ言われてみれば、今までフレオ様を昼下がりの女王と呼んだ子達はどこか侮蔑のニュアンスを含ませていた気はする

「それで…ジュットって何なの」

ジュット、とはフレオ様が指定してきた決闘の形式だ

「馬に乗って走ってきて、槍で突き合って馬から落とした方の勝ち」

「死んじゃうじゃん!」

「死にはしないって、言ったでしょ。痛い思いはするかもしれないけど」

「だって槍で突かれたら刺さるじゃない!」

「とにかく命の心配はしなくていいから」

そうだ

ここにだって生きるか死ぬかより面倒な問題はいっぱいある

大体負けたらどうなると言うのか

学校から出て行けとか?

そうしたら私も銘酒屋めいしやで客を取るとかしないといけないんだろうか

起業してみるというのもいいかもしれない

この世界のGAFAやスペースXになれるチャンスだ

「ちょっと待ってよ、もう負ける気でいるの?」

「だって勝てっこないでしょ!馬に乗ったこともないっていうのに」

「走るのは馬なんだから、つむじが心配することないでしょ」

「バスや電車じゃないんだから!」

誰が乗っても同じなら騎手の学校なんかあるわけがない

それにこの世界では誰もが超人とルネは言ったが、短距離走でアイちゃんにぶっちぎられたように、みんなが超人なら結局格差があるのだ

「馬ってどこで買える?」

「うちで飼えるわけないのは見ればわかるでしょ」

「でもいるよね馬。どっかに牧場かなんかあるんじゃないの」

「ああ…馬術部なんてのがあったな」


学校は坂の上にあり、それほど広い敷地があるわけではない

この坂の街に学校が3つもあれば、平らな広い土地はほとんど残っていないと思われた

「だからみんな場外に出てるよ」

そう言うのは裏門で捕まえた高天原馬術部の部長だ

上はケーブル編みのセーター、下は白いキュロットに革(何の、とは最早問うまい)のチャップスという出で立ちで愛馬から降りてきて、「行け」と手綱を離すと馬は小走りで厩舎の方に消えていった

「じゃあジュットなんてどこでやるの?」

「槍試合?あんなの街のイベントかなんかでもなけりゃやらないよ。線路を封鎖するしかないからね」

馬2頭がすれ違えて真っ直ぐで平坦な場所と言ったら、確かに道路か線路ぐらいしかないだろう

「それに馬で走ってきて槍で突き合うなんて危ないじゃない」

「ほら!!」

馬術部部長の、いや万人が抱く尤もなご意見を引き取って渡すと、ルネはノーコメント、というジェスチャーをしている

「まあでも、女王がそれをお望みだって言うなら、仕方ないね」

「でも私、馬なんて撫でたこともないんだよ」

「ならちょうどいい子がいるよ」

馬術部長に導かれて厩舎の前で待っていると、灰色の毛に細かい斑模様がある馬の手綱を引いて戻ってきた

「この子はル・ヴァン・ルイエ錆びた風。もう大分歳なんだけど、昔はそれはそれは速かったって話よ」

ヴァン・ルイエはポクポクと蹄を鳴らしながらおっとりと近づいてきた

「撫でて平気?」

「どうぞ。肝が座ってる子だから」

ごわごわして、見た目で想像するより毛足が長い

首のあたりを毛流れに沿って撫でてやると、ぶすぅ、ぶすぅと鼻息を立てた

生き物の温かさは人を和ませる

私は実家の犬、しんべヱを思い出していた

「今は足の速さでは他の子に譲るけど、ちょっとのことでは動じないし、素人の指示でも自分で判断して危険を避けることが出来る」

「槍を構えて自分に突進してくる騎馬を見たら?」

ルネはヴァンルイエとにらめっこしながら尋ねた

「まぁ…ぶつかりはしないと思うよ」

人との関わりが長い動物は言葉がわかるようになるというが、ヴァンルイエは首を縦に振っている

「鞍を持ってきてあげるから、ちょっと跨ってみなよ」

部長は「また置きっぱなしにして!」と足元の木桶に愚痴りながら厩舎の並びにある物置に分け入っていった


私はヴァンルイエの周りを回りながら、上から下まで眺めてみる

体躯は競馬馬ほど大きくはないががっしりしていて、おしりが少し下がっている

黒い蹄にはレーシングストライプのような白い縦縞が入っていた

手持ち無沙汰そうにぶらぶらさせている尻尾越しにお尻を見る

「…女の子だよね」

「そうだね」

「ル、って定冠詞はさ、男性形なんだよ」

ヴァンだって男性名詞だよ」

ヴァンルイエが首をこっちに向けて不服そうに鼻を鳴らした

「前にも言ったけど、ここにないものはファンタジーなんだよ。存在はしないけど知ってる。なくても世の中は回る」

ルネの説明には納得するしかないが、この世界のいい加減さは何もかも誰かの思いつきのようで釈然としない

「大分歳だって言ってたけど、動物もいつかいなくなっちゃうのかな」

「さあね…ただ動物は満足するってことはないんじゃないかな」

だとしたらリリカポリスは動物の王国になっていないとおかしいはずだから、やはり動物も人間の都合で現れたり消えたりするのだろう

「お前はいつまでも走っていたいの?」

首に手を置いて話しかけると、ヴァンルイエはゆっくりと瞬きした

「人の間にいたいんだよ」

と使い込まれてテカテカになった鞍を手に馬術部長が戻ってきた

ヴァンルイエはリズミカルに私とルネを回り込んで部長に歩み寄った

部長は慣れた手付きで鞍の腹帯を結び、鐙をセッティングしてくれた

「馬の左側に立って、鐙に左足をかける。そしたら鞍を掴んで一気に体を引っ張り上げて跨ぐ」

と事もなげに手本を見せてくれたが、ヴァンルイエの背はルネの肩よりも高い

鐙だってへその上ぐらいの高さがある

部長は乗ったときと同じようにひらりと降りてきて「やってみて」と、さも簡単そうに言った

「鐙に足をかけるときに勢いつけすぎてお腹を蹴らないようにね」

そんな微妙な加減を乗馬のいろはのいも知らない人間に要求されても困る

飛びつくようにして鐙に足を引っ掛けると、とにかくできるだけ鞍の奥の方にしがみついた

震える腕でどうにか体を引っ張り上げ、自転車に跨るときの要領で足を後ろに大きく振り上げて、精一杯の勢いで鞍の向こう側に放った

どすん、と私の尻はなんとかヴァンルイエの背に収まった

「パンツがよく見えたよ」

部長はニヤニヤしながら言った

「やめてよ!もう!」

どの学年になっても着替えてるときに人の下着を見てはしゃぐ女子がいるものだが、ここでのそういう冗談は洒落にならない

やはりちゃんとした格好をしないとだめだ

そもそも部長が穿いているキュロットは股の部分が厚手になっている

自転車のサドルのように、パンツ一枚で気軽に跨がれるものではないのだ

「鞍に座ってることはできるけど、すごく揺れるから、シーソーとかブランコに乗ってるつもりでしっかり捕まってて。いい?じゃあ…よーい、はい、常歩なみあし

私を背に乗せたヴァンルイエはポクポクと歩き出した

既に人間の小走りぐらいのスピードだ

右に左に、前に後ろにと、複雑に揺さぶられている

ヴァンルイエが足を一歩つく度に、自分の体重を尻で感じさせられている

ここではいくら食べても太くは見えないが、だからといって羽のように軽いわけではなかった


ヴァンルイエは勝手に歩いている

これでは本当に馬に乗っているだけだ

そのままの足取りで校庭の方まで歩いて来たら、ヴァンルイエが立ち止まった

人の動きを警戒したのかと思ったが、そうではない

遠くに金色のたてがみをなびかせる真っ白な馬が見えた

私と同じように普通の制服で跨っている人影はフレオ様だ

軽快なだく足で白馬のフレオ様が近づいてくる

「早速お馬の稽古とは、殊勝な心がけですこと」

私達の前で立ち止まると、白馬は礼儀正しくお辞儀した

一応お辞儀を返してみる

フレオ様の馬は輝くような美しい毛並みで、ヴァンルイエより細身ですらりとしている

「アネモイに無礼を働いた報い、その身に染みるほど思い知らせて差し上げますわ。いいこと?」

言うが早いか、白馬はまた会釈して回れ右して歩き出した

「ちょっ…こらっ!タービュランス!勝手に歩かないで!」

主人が滅多なことを言う前にそそくさと帰り支度をする、出来た部下だ

「手加減はしなくてよ!」

正直言って捨て台詞と聞き流せるような立場ではなかった


追い付いた部長とルネが駆け寄ってきた

「大分お冠みたいだね」

部長はフレオ様の背を見送りながら続ける

「タービュランスはアハルテケなんだ。ああ見えてものすごくスタミナがある種類の馬なんだよ」

「あいつに勝てる?おばあちゃん」

ルネがヴァンルイエの首筋を撫でると、ふんすっと鼻を鳴らす

「戦うのはつむじさんだよ。馬は真っ直ぐ走るのみ」

未だにどんな競技なのかすらわからないのに戦わされる身になって欲しい

乗せてもらう前にやって見せてくれ、と言わなかったことを後悔していた

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