西行、人を造る

 西行は俗名を佐藤義清と言い、もとは後鳥羽に仕えた北面武士であった。

 保延六年の十月に二十三で出家し、三十歳で陸奥に旅をして以降、旅情の詩人として迸る感慨を歌に託し、自然や人生を余情的に歌い上げた。『古今和歌集』で最も多く歌がおさめられている歌人であり、優れた家集にも富んでいる。

 西行は様々な逸話を持ち、たとえば『雨月物語』の「白峰」には仁安三年に四国を旅して崇徳院の白峰陵を訪ね、そこで魔縁と化した崇徳院と意見を交わしている。特に奇異な逸話としては、仏教説話集『撰集抄』巻五第十五にある、「西行於高野奥造人事(西行高野の奥に於いて人を造る事)」が挙げられるだろう。

 西行が高野山の奥に暮らしていた時のことである。

 高野奥にて友人の聖と共に月を愛でたり、森羅万象の謡を聞いたりして、思うところを歌にして日々を過ごしていた西行であったが、ある時、その友人が京都に用事を持ち、高野より去っていった。残された西行は憂世を疎み、孤独に拉がれ、嘗ての友のように話し相手になってくれる者を求めた。

 そんな折に、あることを思い出した。鬼の秘術に、人の骨を集めて黄泉帰らせることのできる“反魂の術”なるものがあると。そのやり方について大体の所を、人から聞いて知っていたのである。

 孤独に耐えかね、西行は高野の奥地に転がっていた骨を集めて、聞き知る通りに反魂の術を行った。

 人は黄泉帰った。が――西行の期待したそれではなかった。

 姿形こそ人であったが、色は死人のそれであった。声も管弦のような音声は出せるが、言葉にならない。その理由を考えて、心がないからだと思い至った。心があるからこそ、声を言葉に換言して発することができる。心なくして発せられるのは、吹き損じた笛の音のような、不快な響きだけ。月や花を愛でるなど、思いも寄らぬ。

 西行は迷った。造りしこの人型を如何様にするか。心なくしてはただの草木と変わりはしないが、もとは人の屍。それが黄泉帰ったのであれば、それもまた人ではないかと。それを殺すことの罪を恐れたのである。

 悩みに悩んだ挙げ句、高野山の奥深く、人の通らぬところに置き去りにした。自らが造った命の行方を、天命に委ねたのである。

 京都に戻った西行は、その足で藤原実定を訪ねた。この実定こそ、西行に鬼の奇術――反魂の術のやり方を教え授けた本人であった。

 西行が訪いを告げた折、生憎藤原実方は不在であった。しかたなく伏見の源師仲を訪ね、このことを話題に上げた。

 師仲に詳しい手順を話すよう言われて、西行は言った。

「広野に出て、集めた死人の骨を、頭から爪先まで違うことなく順番に並べ置きました。そして骨一つ一つに“砒霜”なる薬を塗布し、苺と繁縷の葉を揉み合わせ、藤や絲を使って骨をつなげ、何度も何度も水で洗い清め、頭には髪代わりに西海枝と槿の葉を灰にしたものを付け、土場に畳を敷いて躯を寝かせ置きました。風を閉ざしたまま二十七日を経て、沈と香とを焚いて、反魂の術を行ったのです」

 長い説明を終えると、源師仲は合点がいったように頷き頷き、それまでの慇懃な物言いから、がらりと口調を変え、皮肉な笑いを浮かべながら言った。

「まァ、大体のところは、それで良かろう。が――反魂の術を使うには、まだ日が浅いと見える。我は四条大納言藤原公任の流儀を伝授され、人を何人も造ってきた。その中には出世して政の中枢に立つ者もいるが、正体を知れれば造りし方も造られし方も消滅する故、誰を造ったかを人に言うは禁忌となっておる。その経験から申すが――香は焚くべきではなかったな。香は、魔縁を遠ざけ聖衆を集める徳高きものであるから、こうした外道の術には不向きなのだ。聖衆は生死を深く忌むものでもあり、従って心まで黄泉帰ることがない。焚くならば沈と乳であろう。また、反魂の術を行う者は、七日は物を食ってはならぬ。――それさえ守れば、貴僧のやり方でも十分、期待に叶う人が造れるであろう」

 師仲にはそのように言われたが、下法に手を染めたことを恐れてか、あるいは興醒めしたのか、西行は以降二度と人を造ることはなかった。高野の奥深くに棄てられた、物言わぬ黄泉帰り人の行方も、杳として知れなかった。

 文治六年の二月の満月下において、西行は桜に包まれつつ息を引き取った。

「願はくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」と歌った、その通りの最期であった。歌人として風雅に生きる者にとって申し分ない人生の締め括りではあったろう。その眼に、耳に、嘗て己が造り、棄てた、人の成り損ないの姿、その言葉なき叫びが宿っていたかは、誰にも知る由がない。

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