第36話「――空襲、それは蒼穹よりの虐殺」

 今さっき戻ったばかりなのに、スクランブル。

 ゼルセイヴァーが待機する魔王城の中庭へとアスミは走った。背後をついてくるリルケが、すぐに追いつき追いこして、そして振り向いた。


「マスター、失礼を」

「な、お、おわっ!」

「こちらの方が速いので!」


 リルケはヒョイと軽々アスミを抱き上げた。そして、姫君を守る騎士のように抱きかかえたまま走り出す。いわゆるお姫様抱っこだった。

 アスミとしてはこれは、死ぬほど恥ずかしい。

 すれ違う誰もが振り返ったが、笑う者はいなかった。

 そんな余裕など、今の魔王城にはないのである。


「さっきの警報、あれは」

「城の尖塔せんとう全てに見張りを置いています。あとは、わずかに魔力のある者、マナの残ってる者は遠見の魔法を」

「なるほど」

「全員に違う音色の角笛を渡しておきました。今のは、南の三番塔です!」


 なんとも気の利く魔王様だ。

 感心しつつも、アスミは凄く落ち着かない。

 ピッチリスーツの美女にいだかれ、運ばれる方が確かに速かった。

 そして中庭に出るや、すぐにリルケは地を蹴った。

 あっという間に、片膝をついて屈むゼルセイヴァーの胸部に舞い降りる。

 作業していたウイたちが集まってきたが、堂々とアスミを両手に抱えたままリルケは振り返った。


「今のは警報ッスか! ようやく綺麗にして、これからワックスを」

「すみません、ウイ。これからマスターと出ます。準備を!」

「ラジャ! ではでは、カタパルトの準備をするッスよー!」


 因みに魔王城のカタパルトは、人力……ならぬ、である。ウイが見た目を裏切る腕力で射出してくれるのだ。

 周囲の作業員たちも、急いで整備道具を片付け背後に下がる。

 それを見届ける暇もなく、アスミはコクピットに投げ込まれた。


「んがっ! む、ぷ……い、息が」

「失礼を、マスター」

「いや、いい! リルケ、上へ頼む、んごっ!」

「ああ、重ねて非礼をお詫びします。マスターのご尊顔を」


 コクピットになんとか座ったアスミの顔面に、尻が落ちてきた。安産型のもっちりとした美麗なヒップラインである。そのまま自分のシートに移動しようとしたリルケに、今度は頭を踏まれた。

 だが、それをアレコレ言ってる暇はない。

 すでに市街地の方から、腹に響くような爆音が連続して聴こえている。

 ようやく二人が定位置に収まれば、リルケの魔力で黄金の巨神が目覚める。その瞳に光が走るや、雄々しくゼルセイヴァーは立ち上がった。

 同時に、小さなウィンドウがポップアップし、ジルの姿が映る。


「ゼルセイヴァー、発進よろし。というか、出してもよくて? リルケ、あとついでにアスミも」

「私は構いません。すぐに城下町の民を城へ」

「もう避難させてますわ。ゼルセイヴァー出撃後に城へ結界を……わたくしの魔力でも、15分程度はもちましてよ」

「すみません、頼ります!」

「ふふ、リルケ? こういうときはすみませんではありませんわ。ありがとう、でしてよ?」

「フッ、そうでしたね。ありがとう、ジル。では、マスター!」

「進路クリア! ゼルセイヴァー、出撃どうぞですの!」


 めいっぱいの力でウイがげんを引く、このカタパルトは酷く原始的なものだ。ようするに、巨大なボウガンでゼルセイヴァーを打ち出すのである。

 今まで水路だった花々の道が、左右に割れて凍り出す。

 ナルがいなくても、カタパルト専門の術師が発進オーケーのサインを出してくれる。そのホビットの少年が拳に親指を立ててくれるので、同じサインでアスミも応じた。

 そして、氷の滑走路に霜を散らしながら、ゼルセイヴァーが打ち出される。

 その先に広がる景色は、アスミを唖然あぜんとさせた。


「マスター、これは……! 空の上、雲の向こうに敵意が! しかも、その数」

「……これが一番怖ったんだよなあ。ついに来たか!」


 魔王上の上空を今、轟音が支配していた。

 しかして姿は見えず、エンジン音が金切り声を落としてくる。ヒリュルルと空気を泣かせて、無数の爆弾が降り注いでいた。

 すぐにジルの結界が城を覆って、見えないバリアとなって空中に爆発を連鎖させる。

 だが、彼女は無尽蔵の魔力を持つリルケとは違う。

 いかなハイエルフの女王とはいえ、城一つを結界で覆うのが精いっぱいである。しかも、制限時間は15分といったが、それはジルの強がりだとアスミは確信していた。

 本当は10分でもギリギリ限界の魔力だろうが……彼女は最後まで死力を振り絞るだろう。

 ならば、アスミとリルケのやることも決まっていた。


「マスター、爆薬らしきものを詰め込んだ塊が!」

「へへ、戦略爆撃機による絨毯爆撃たあ、やってくれるじゃないか!」


 ――

 高度一万メートル以上から戦場に突入し、あらん限りの爆弾をまき散らす悪魔の行進曲マーチ。否、正確には違う……街中であろうと森林であろうと、空飛ぶ要塞の如き悪魔の下は、自動的に戦場になるのだ。

 地獄という名の戦場に。

 それをかつて、アスミは少年時代に学校で学んだことがある。アスミの故郷である日本は、大昔に世界大戦で枢軸側に加担し、本土全域を爆撃されたことがあるのだ。もちろん、市街地も軍事拠点も一緒に、無差別の爆撃である。

 その時の光景を思い出せば、絶叫に熱がこもった。


「まずは爆弾を撃ち落とすっ! ゼルセイヴッ・ビイイイイイイイイイムッ!」


 ゼルセイヴァーの瞳に光が走る。

 それはそのまま、大空を睨んで苛烈な光芒を解き放った。

 すでに改良済みなので、モニターが焼き付くことはない。そして、そのままゼルセイヴァーは首を巡らせ、大空に炎のわだちを刻んだ。

 あっという間に、投下中の爆弾が輝きの奔流に飲まれてゆく。

 だが、それでも驟雨しゅううのごとき爆撃は収まらなかった。


「クソッ、数が違い過ぎる! もう一度だっ! ゼルセイヴッ!」

「マスター、上空の敵意反応は150! この空飛ぶ巨大物体が炎をまき散らしているのでは」

「ああそうだ! だが、今は手出しができない! ごめんリルケ!  防戦で手いっぱいだ!」

「私には難しいことはわかりません。ですが、今は共に叫びましょう、マスター!」

「ああ! いくぞっ、ゼルセイヴッ!」

「ビーーーーーーーームッ! とかいうものですっ!」


 次々と爆弾が空中で炸裂する。

 だが、それが二度三度では終らない。

 アスミは内心で焦れながらも、今は丁寧に爆弾の雨を処理していた。

 その大本、リルケが感じ取ってくれた敵の爆撃機は150機……しかし、それを直接迎撃することができない。

 なぜなら、

 スーパーロボットにとって大事な、大切な、翼を得ていない。

 リミッターを解除してフルブーストでジャンプすれば、あるいは高度一万メートルへ上がれるかもしれない。しかし、その時にはもう敵の編隊は飛び去っているだろう。


「マスター! より出力の高い、ゼルセイヴ・アークを使いましょう!」

「だ、だめだっ!」

「これでは、ジルの結界も持ちません!」

「駄目なんだ……目からのビームも、胸の天使像からの凄いビームも……無理なんだ」

「この子ならやってくれます! 私のことは気にせずリミッターの解除を!」


 だが、無理なものは無理だった。

 多少の無茶ならアスミは挑む、リルケが付いてきてくれると信じている。

 だが、駄目なものは駄目だった。


「落ち着いて聞いてくれ、リルケ」

「は、はい、マスター」

「ビームはな、その……すげえ光線だと思ってくれ。基本的にそういうもんだと」

「私たちの概念でいう、光属性の魔法に似てますね。私は使えませんが」

「ああ、そうだ。そして……空気中ではビームは、遠くの相手になるほど威力が下がる」


 頭上で大股開きのリルケが、うん? と小首を傾げた。

 無理もない、光属性の魔法とやらならばそんなことはないのだろう。そして彼女は魔王なので、恐らく光属性を使ったことがないのだ。

 しかし、アスミは地球で謎の侵略者リフォーマーと戦っていたからわかる。

 ビーム兵器は基本、大気圏内の空気中では拡散してしまうため、距離のぶんだけ弱まってしまうのだ。まして今、敵の爆撃機は高度一万メートル、雲の上である。わずかに機影が見えるが、雲の水蒸気がビームを打ち消してしまうのだ。


「では、今は防戦に徹しましょう。この子もそう言っています」

「ごめんリルケ! 俺は……今はそれが精いっぱいだ」

「精いっぱいを振り絞ることの、なにがいけないのですか? マスターの奮闘は私が一番よくわかっています。……感じるのです、この全身全霊、心の奥底で」


 その時だった。

 突然、上空に巨大な白い影が現れる。

 響き渡る声は肉声……ゼルセイヴァーのセンサーが拾う言葉がはっきりとスピーカーを通してコクピットに広がった。


「あーもぉ、うっさいわね、カトンボ! アタシとダーリンの別れを邪魔しくさって……消し飛びなさい!」


 白く輝く巨大な龍が、翼を広げて雲の上へと消えていった。

 刹那、眩いブレスの光が無数の爆発を連ねて並べる。そのまま空の彼方へと、その光条は突き抜けた。爆発の花束が咲き誇る中、威風堂々の巨体が降りてくる。

 龍体化したクエスラの一撃は、問答無用で敵の編隊を三割程一瞬で消し飛ばした。

 そして、気付けばアスミは落ちてくる残骸の回収のためにゼルセイヴァーを走らせているのだった。

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