第35話「――団結、それは新たな絆」

 鹵獲ろかくした輸送船を使って、魔王城への帰還。

 アスミたちを待っていたのは、今や難民キャンプ場兼なんでも市場いちばと化した大広間だった。城下町の方も復興が始まっていて、あらゆる種族が活気づいている。

 温かな城内に入れば、意外な人物が意外な格好で出迎えてくれた。


「おかえりなさいな、リルケ。ついでにアスミも」

「お疲れ様です、ジル。これは?」

「つーか、俺はおまけかよ」


 ジャージっぽい簡素な上下に、三角巾さんかくきん割烹着かっぽうぎ

 とてもハイエルフの女王とは思えぬジルが皆を出迎えてくれた。場内は適度に温かく、エルフもダークエルフも仲良く忙しそうだ。オークやゴブリンたちも仕事をしてて、ジルの指示でテキパキと動く。

 やはり内政向き、統治者としての格はリルケに匹敵するとアスミは素直に思った。


「リルケ、くらの食料を解放しましてよ。よくて? もちろん、今後五年前後のことを考えてはいますわ」

「あ、ああ、うん。構いませんよ」

「さて、北からの来訪者たちよ! 温かな食事と寝床があります。怪我人や病人には治療を。ウイはゼルセイヴァーの整備と清掃、ナルは……まあ、その辺で休んでなさいな」


 ジルは次々と仲間を動かし、時には大型モンスターすら操っていた。そして、彼女の指示を待つ者たちが次々と集まってくる。

 呆気あっけにとられる北からの避難民の中で、クエスラが「あらまあ」と笑っていた。


「ちょっと、ジルってハイエルフの女王ジュゼッティル? おさんどんとはねえ」

「そういうあなたはもしや」

「ホワイトドラゴン、龍妃ドラゴンクィーンクエスラよ。400年ぶりね」

「……ええ、そうですわね。以前は同じくつわを並べて七大魔王セブンスと戦う仲間でしたけども」


 謎の緊張感が美女同士の間に凝縮されてゆく。

 それもそのはず、二人とも400年前は人間側に組し、108人の転生勇者と共に魔王の軍勢と戦ったのだ。クエスラはホワイトドラゴン、人類の守護者だったのである。

 ジルもまた、エルフたちを率いて参陣した亜人の一人だった。


「…………」

「…………」


 二人とも、400年の年月を見た目では察することができない。それは同時に、あの日の戦いが昨日のことのように感じれるような気もした。

 だが、アスミはリルケと一緒に黙って二人を見守る。


「相変わらずねえ、ジル。今までのどんなドレスよりも似合うじゃない。なに、転職? 専業主婦かしらん?」

「そういうクエスラ様こそお変わりなく……なぜ、あの時我々を……いえ、それも今は昔ですわね」

「そゆこと。さて! アタシのダーリンは浜辺ね? ちょっと見舞ってこようかしら」

「……これを持っていきなさいな。どんな強い女にも、時には必要でしてよ」


 不意にジルは、指示待ちの一人から酒瓶を取り上げ、それをクエスラに放る。それを見もせずキャッチして、振り返らずにクエスラは行ってしまった。

 愛した者との再会、亡骸なきがらとなった伴侶の元へ向かったのだとアスミにもすぐわかった。

 その背中が消えると、すぐにジルは仕事を再開した。


「リルケ、北の地で潜伏していた者たちは全員保護しますわ。よろしくて?」

「当然、そのつもりです。その、しかし」

「気にしないでくださる? わたくし、自分で好きでこうしてるんですの。マナが弱り果てた今の世では、わたくしは戦力には慣れそうもありませんもの」


 それは謙遜だとアスミは思った。

 恐るべき弓の名手、そしてレイピアを手にすればナルに勝るとも劣らぬ手練れの剣士だ。アスミは以前ジルのステータスを見たが、リルケにこそ及ばない者の高いMPを持っている。

 それでも、彼女は自分の居場所をこの魔王城に見出したようだった。

 改めてリルケも、その手を取って手を重ねる。


「400年前のこと、許してなどとは言えません」

「もちろん、当然でしてよ」

「いつか私も、罪をあらがう時がくるでしょう」


 ――だが、それは今じゃない。

 アスミは心の中でリルケの背にそう叫んだ。

 そして、リルケは前を向く。

 真っ直ぐ見詰めるリルケに、ジルも視線で応えてフンと鼻を鳴らす。


「とりあえず、場内の資材や宝物庫の管理を任せてもらえるかしら?」

「それは構いません、むしろ私からお願いします」

「……敵だった女でしてよ、わたくし」

貴女あなたが城を仕切ってくれたなら、私も助かります。不正や汚職とは無縁なことは知りえていますし……私もまた魔王、金貨一枚でも無駄にしたら」

「無駄にしたら?」


 フフンと笑う余裕のジルだが、割烹着姿なので威厳がいつもの三割減だった。どう見ても「エルフの若奥様」程度にしか見えない。何百年も生きたハイエルフでも、彼女は若々しく瑞々みずみずしかった。

 リルケを知らなかったら、アスミの中で過去イチの超弩級美女ちょうどきゅうにマブいだろう。

 この場合、属性的に「かわいい」の方面なルリナは別枠に隔離する。

 正妻は特別だと思ったら、なぜかリルケの玲瓏な無表情が愛おしく思えた。

 そのリルケだが「ふむ!」と腕組み首を傾げてしまった。


「無駄にしたら……ええ、ええ。許せません。ですが……困りましたね、どうしましょう」

「ちょ、ちょっとリルケ? こういう時は罰を考えておくのではなくて? 火あぶりとか、絞首刑つるしくびとか。魔王ならもっとこう、残酷な……民の前でドラゴンと戦わせるとか」


 海の方でだれかがくしゃみをしたような気がした。

 だが、リルケは不意にさわやかな微笑を浮かべた。


「申しわけない、裏切られる気がしなかったのでなにも考えていませんでした」

「……はあ。貴女、随分変わりましたわよね。昔は非情で冷徹な魔女王ロード・オブ・ウイッチでしたのに」

「そ、そうでしょうか。今でも七大魔王が一人としての威厳があると自負してますが」

「昔の貴女でしたら、わたくし今頃生きてなくてよ? ふふ……まあ、お城は任せなさいな」


 そして、ジルの手配で働いていた者たちが一斉に避難民に駆け寄る。その多数が、以前の戦いで人間から逃げて来た、かつては同じ避難民だった者たちだ。ドワーフやホビット、リザードマンといった亜人に、ゴブリンやオークといった魔物たちもいる。

 その誰もが種族や立場を忘れて疲れ果てた同胞を迎えた。


「さあ、病人と怪我人はこっちにならんでくんな! すぐに病室へ運ぶからよ!」

「腹の減っている者はこっちだ! たらふく食えよ! 弱ってるものはおかゆからだ、消化がおっつかないからな」

「寝床は男女別だよ、その代わり種族はごった煮だ。だが、全員に温かなベッドがある。落ち着いてこっちに並んでくれ!」


 避難民たちのお迎え体勢は万全だった。

 アスミたちが戦っている間、後方ではジルたちが勝利を信じて新たな民の受け入れ準備に奔走ほんそうしていたのである。

 これぞまさしく、後顧の憂いナシといったものだ。

 そして、アスミは行き来する者たちの中に意外なものを見て驚く。


「あ、あれ? あの人、人間だよね?」

「そのようですね」

「そのようですね、ってリルケ……落ち着いちゃいるけどさあ」

「ジル、彼は? 見たところ、人間が十名と少しいるようですが」


 そう、人間だ。

 粗末な服を着た若い男女が、十人とちょっと。

 その顔はまだまだ怯えて不安げだが、ジルの指揮に従って多くの亜人や魔物と働いていた。その理由を、おたまを手にあそばせジルが教えてくれる。


「……彼らは、奴隷階級の人間ですわ。大昔と違って、今の王国は捨て石のように奴隷兵を使ってきますの」

「な、なるほど。じゃあ、彼らは捕虜から解放されて国に帰ると」

「奴隷に戻る……なら、いいほうですわね。最悪、殺されましてよ」


 すぐにナルが口を挟んできた。

 先程の戦闘の疲れも見せず、むらがる子供たちの相手をしながら何人かを抱き上げている。男なのに見た目の美貌がやけに優しく温かくて、妙な母性まで感じるほどだ。

 だが、彼の言葉は鋭く意味深だ。


「ジル、人間の中に王国側のスパイがいる可能性は? 暗殺者かもしれないし」


 そう、今アスミたちはこの惑星ゼルラキオの北半球を支配する超大国、ジルラキオ王国と戦っている。星のマナを食い潰そうとする科学文明を適度に弱らせて、人間たちにもっと自然環境を大事にしてもらいたいのだ。同時に、魔物や亜人への迫害と差別をやめてほしい。

 だが、400年という月日は人間を賢く強く成長させ、科学の恩恵が狡猾こうかつさと残忍さを育んでいた。

 もちろん、そのことについてはジルにも懸念があるようだ。


「それが悩みでしてよ、ナル。ただ……では、こちら側への参加を希望した人間全員に、なんらかの魔力的な縛り、呪いをかけておきますか?」

「かつての魔王たちならそうするね。っていうか、ボクでもそうする」

「……人間は知略に長けてますものね。側にいて戦ったわたくしも承知しております」


 ほかならぬアスミ自身、人間の一人としてわかっている。

 人間はエゴと欲の強い種族で、とりわけ利害に敏感だ。まして、自分の命がかかっているとなれば手段は選ばない者も少なくない。

 それでも、アスミは人間の可能性を信じている。

 そして、リルケもどうやらそのようだった。いもの入った大きな籠を運んでいた少女が、ふらついて倒れた。そこに、真っ先に駆け寄ったのはリルケだった。


「今は信じましょう。この子たちを疑い魔術的に縛れば、それは奴隷制度をよしとする今の支配体制と同じです。私が目指す国、私が目指す未来は――」


 その時だった。

 ガンガン! と鍋をしゃもじで叩くウイが悲鳴を叫ぶ。

 その時にはもう、天井の奥……大空が不気味な鳴動に震え始めているのだった。

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