第34話「――解放、北の地に縫い留められし同胞」
白龍クエスラの導きもあって、無事にアスミはゼルセイヴァーを巨大な氷山に上陸させる。それはもう、天然の気候が凍らせた氷山ではなく、立派な城塞の
ただ、物凄く寒い。
形としてはお城を象っていても、それは絶対零度の氷の建造物。
これを400年、命を燃やして温めた魔王がいたことをアスミは思い出す。
その意思を継ぐためにも、リルケの魔王城に民を迎え入れることが先決だと思った。
「よし、リルケ。俺が降りて話をつけてくる」
「マスター、私も」
「……いや、待っててくれ。これは、俺がやらなきゃいけないことなんだ」
納得はしていないが、自分が最後の転生勇者、108人の本物の勇者のあとにあらわれる……400年後の終焉を導く呪われた勇者、ワン・オー・ナインという自覚はある。
あれこれ言われればもう、納得できなくとも受け入れるしかない。
ただ、それはこの世界に生まれた予言でしかない。
アスミはただ、予言の
だから、極寒に凍える城門をくぐる、
すぐに、広がる大広間に大勢のモンスターが押し寄せて来た。
「誰だ! なにようだ! この臭い……転生勇者! 忌むべき世界の変革者の臭いだ!」
「だが待て、様子が……ゲオル様が決死の旅立ちをして数日……これはもしや」
「いや、そんなことがあるか! ゲオル様のお気持を理解する人間など」
「だが、噂には聞いている……
「ならばもしや!」
この場では、アスミは無力な人間でしかない。
転生勇者、それも予言に呪われた109人目の男ということも実感できていない。
だが、今はっきりと理解できることがある。
それは、自分へと害意を向ける者たちの、怯えて竦む恐怖心だ。
「みんな、聞いてくれ! 魔龍王ゲオルゲヒオスは俺の元へと決死の
周囲が静まり返った。
皆、知っているのだ。ゲオルは神に次ぐ最強の生物、この世の摂理の頂点に君臨するドラゴン。そして彼は、その圧倒的な力を400年もの間、勇者たちから逃れて生きながらえた
そして今、太陽が去った北の大地にアスミは立っている。
本島の太陽が日差す土地、リルケの魔王城に皆を迎え入れるために。
「人間の、それも転生勇者な上に109人目の俺が言っても信じてもらえないかもしれない! でも! それでも! ……黒龍のおっさんが託した未来が
そう、アスミは託されたのだ。
400年もこの地に民を守って、死ぬまで命を燃やした漆黒のドラゴンに託された。この場で生きながらえてきた者たちを、リルケの率いる蘇った魔王軍に導き、本来の生活に戻してほしいと。
その証拠に、人の姿で色気を振りまくクエスラが、うんうんと頷いている、
「俺は今、この世界、ゼルラキオのために戦ってる。そりゃ、生まれ故郷の地球が心配でたまらないし、仲間も愛した彼女もそこにいる。でもっ!」
正直な気持ちをアスミは
ぶっちゃけ、地球が心配で仕方がない。
テラセイヴァーと名付けた決戦兵器は、ようやく目覚めたと思ったら動力炉を暴走させ、星をも砕く勢いの爆発と共にバニシングした。
そしてアスミは、この世界に飛ばされてきた。
呪われし災厄の象徴、終焉をもたらす最後の転生勇者……ワン・オー・ナインとして。
「船も用意してある、俺は……魔龍王ゲオルゲヒオスを看取った一人として、彼の意思を引き継ぎたい! 頼む、一緒に船でリルケの魔王城に来てくれ!」
アスミはもともとは、新兵器のテストパイロットだった。
処世術など知らないし、対する人とは全て馬鹿正直に素直に応じて来た。
だから、駆け引きとか策略を知らない。
ただ、想うままに自分の素直な本音を広げるしかできないのだった。
そして、その言葉は残念ながら……大多数に伝わっても、ごく一部を激昂させる。
「
「俺たちはなあ、400年前にここに避難してきて、ゲオル様に救われてきたんだ!」
「そうだそうだ! 近親者での婚姻を避けての400年……ここにいる全員が最後の生き残りだ!」
すさまじい怒りがアスミを痛打する。
だが、アスミは耐えた。黒き龍の魔王から託された想いが、アスミに無尽蔵の忍耐を与えてくれた。罵倒は痛い、そしてその理由もわかるからなおさら痛む。
だが、そんな気持ちを憤らせる民、魔物の一団を救いたいのだ。
そう思った俊寛、数百年焦がれて燻らした憎悪が爆発する。
「そういうお前ら、勇者がさあ! あたしたちの平和を奪ったんだ! 死ぃねえええ!」
突然、小刀を構えた女の子が飛び出て来た。
多分ホビットの少女だろう。
その両手が突き出すナイフは、確実にアスミの喉を狙っていた、そうだと思ったときには、もうすでに回避不能でアスミは終わりを見続けるしかなかった。
アスミはテストパイロット、人型の機動兵器を操縦する人間だ。
生身の人と人での戦いには、あまり順応できていなかった過去が思い出される。
「死ねええええええ! 転生勇者! 呪われしワン・オー・ナイン! ゲオル様の仇っ!」
丁度、地球に残してきたルリナに似ていた、
背恰好も見た目の年齢も、なにより燃える決意の瞳がそっくりだった。
だから、アスミは避けれなかった。
みっともなく自分を投げ出し転がれば、避けれるとは分かっていたのに……全く動けなかった。むしろ、動かなかった、
ここで北に雌伏の時を過ごした者たちに拒まれるなら、そこまでと思った、
そして、鮮血が凍れる空気にキラキラと紅い輝きを放つ。
「ック! リルケ! どうして!」
「我が主、マスターを傷付けることは許しません! 皆、聞きなさい!」
クエスラは最初からずっと、腕組み頷いて介入しない。
代わりに、アスミの前で両手を広げてナイフの一撃を受け止めたのは、リルケだった。彼女は深々と刺さったナイフの傷口から、ドス黒い血を流しながら叫ぶ。
「我ら七大魔王が人類に敗北して400年……さぞ苦しくひもじい思いをしたと思いmす! これは七大魔王が一人、魔女王リルケレイティア……そう、私の責任です!」
おびただしい血がリルケの胸からあふれて流れて周囲に飛び散る。
徐の一撃をねじこんだ少女も、その流血にわななき恐れて固まっていた。
だが、出血を周囲にばらまきながらリルケは叫ぶ。
「我がマスター、蘇りし魔女王の主はこの方! 寺田アスミ! 勇者たちが恐れた滅亡のきざはし、ワン・オー・ナインの
今度はアスミが面くらった。
前々からリルケは無防備な自分を押し付けてきたが、その意味がはっきり宣言された。驚きに目を白黒させていると、胸に突き立つナイフを放り捨てて、リルケが寄り添ってくる。常人なら即死の傷に鮮血を遊ばせながら、彼女は優雅に微笑んだ。
「皆様、私は魔女王リルケレイティア。愛する同胞、魔龍王ゲオルゲヒオスの言葉を違えたりはしません。おじ様の守った民は全て、私たちが保護して救います!」
その声に誰もが黙った。
そして、次の瞬間には歓声があがる。
アスミを狙った少女さえ、驚きに狼狽えながら俯く中……友達らしき同世代の子供たちに囲まれ抱き着かれて、ようやく笑顔を取り戻した。
それを許すように、リルケは胸の傷を手で抑える。
「さあ、船を用意しました。最低限の荷物を纏めて、皆で参りましょう! 私の城、蘇った魔王城へ! それが魔龍王ゲオルゲヒオスの……おじ様の最後の願い」
氷の土地に閉ざされていた民たちは、すぐに動き出した。
その瞬間までずっと、クエスラは後に下がって傍観しているだけだった。魔龍王の妃、№2の地位にいたなら取り繕ってくれてもいいような修羅場が終ったのだ。
だが、アスミにはわかった、
この人は……白龍クエスラは全てがお見通しなのだ。
自分ではなく、リルケとその仲間たちによる、新生魔王軍が主体となって民を救う、そんなシナリオを最初からクエスラは狙っていたのだった。
「うーん、かなわないなあ」
「でもマスター、これで極北の民を我が城に迎え入れます」
「……400年前はもっと、沢山の人がいたんだろうな」
「ええ、そうでしょう、人間と同じく、魔物も血が濃ゆくなりすぎることを気にします。近親者同士で交われば、それは危険というのは人間も魔物も同じです」
なるほどとアスミも納得した。
閉鎖された逃亡地での400年、偉大な魔王が一人、魔龍王ゲオルゲヒオスが治めた北の居留地は秩序を保っていた、太陽となって命を燃やす魔龍王、そしてその妃たるクエスラによって、長き時代の中でも血統の間違いを防いできたのである。
ただ、後でフフンと笑っているクエスラは、そんな過去を見せようともしない。
「よし、とりあえず全員で荷物を纏めて船に乗ってくれ!」
今度はアスミの声に、多くの魔物たちが従った。意外なことに、皆がしぶしぶという訳でもなく、待ちに待った高揚感な気持ちを発散させていた。
ここに、400年前の七大魔王の敗北が終った。
新たによみがえった新生魔王軍、その首魁たるリルケの元に新たな力が結集し始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます