第37話「――再起、それは絆と友情」

 空襲の被害はさんさんたるものだった。

 城こそ結界バリアで無傷だったものの、復興が進んでいた城下町が焼け野原になった。見渡すかぎりなにもない、第二次大戦後の日本みたいになってしまったのだった。

 それを歴史の資料で見たことがあるから、アスミは胸が痛む。

 だが、ゼルセイヴァーから一緒に降りたリルケは、その何倍もの苦痛に苛まれているはずだ。


「また、守れなかった……私の失態です」


 血を吐くような言葉にうつむき、リルケは自分の両肘を抱く。凍えるようなその姿に、そっとアスミは寄り添う。肩と肩とが触れる距離で、わずかに体温を分かち合った。


「リルケのせいじゃないさ。今のゼルセイヴァーじゃ、一部の爆弾を落とすので精一杯だった。クエスラさんがいてくれて助かったじゃないか」

「……ええ、おば様のおかげですね。いけません、これはいけません……もっとシャンとしなくては。しっかりなさい、七大魔王セブンスが末席、魔女王ロード・オブ・ウィッチリルケレイティア!」


 パンパン、とリルケは自分で両頬を叩く。

 そして、フンス! と鼻息も荒く仕事にとりかかった。

 その背中を見送り、もう大丈夫だなとアスミは笑みを浮かべる。リルケは、アスミが考えているよりずっと強い女性だ。すぐに指導者の顔を取り戻し、民たちに語りかける。


「負傷者は城へ! 動けるものは皆で、瓦礫がれきの撤去等をお願いします。大型モンスターの方はぜひ、その力をおかしください。いい機会です、城下町を一度再開発します!」


 家を失った者、工房を失った者、行きつけの店を失ったもの……幸い、先程ジルが報告してくれたが、怪我人こそ出たものの死者はいないらしい。

 だが、誰もが死んだ目をして呆然ぼうぜんとしていた。

 まだ火はところどころでくすぶり、黒い煙があちこちで揺れている。

 リルケはその一つへ向かって、手をかざした。


「まずは消火ですね。逃げ遅れた者が埋まっているかもしれません。さあ、今は手を動かしましょう!」


 魔王みずから、かざした手の先に水流を放つ。

 人が浴びても大丈夫な程度の水圧で、あっという間に火種の一つを消し飛ばしてしまった。それでも、まだまだ街は燃えている。

 それを見て、ほかの民も少しずつ動き出した。

 何度でも這い上がる、とりわけオークやゴブリンたちは根性が一味違った。


「まあ、人間のやるこたぁ変わらんよな!」

「俺等だって、エルフの村を焼いたもんなあ! ゴーブゴブゴブ!」

「その時のわびも込めて、ここはオイラたちが率先してうごかねーとな」


 その背を見て、エルフやホビット、ドワーフたちも動き出す。リザードマンやコボルトたちも、我先にと瓦礫の撤去に取り掛かった。

 サイクロプスやワイバーンといった大型のモンスターは、大きな障害物を片っ端から破砕して取り除く。


「思い出したぞ、そうだ……400年前確かに私の村は焼かれた! おーまーえーかー!」

「じ、時効だってばよ! な、な? 悪かったよ、オイラも今じゃ反省してんだ」

「本当かぁ? 嘘だったらポークステーキにしちまうからな!」

「おお、怖っ! っと、そっちを持ってくれ」

「はあ、この高貴なるエルフの私が力仕事か……どれ!」


 アスミは知っている。

 共通の敵、それも大いなる脅威に立ち向かう時、不和が友情に変わるのだ。

 かつて地球も、東西にわかれたり経済圏でわかれたりと、見えない戦争が耐えなかった。中には本当に侵略戦争を始めてしまう大国もあったし、人類の心は全てバラバラだったのだ。

 だが、奴らが来た。

 超弩級の巨大ロボットを操る謎の侵略者、リフォーマーが。

 その壮絶な殺戮と破壊が、人類を一つにしたのだった。


「まあ、敵がいなくなったら……それを考えるのは今じゃないな。さて、と」


 今この光景をアスミは、しっかりと心に刻んだ。

 惑星ゼラルキオのマナは枯渇しかけており、人間たちがこのまま科学の発展を無理に進めれば星の命が尽きる。それを防げた時、彼らはまだ友人同士でいられるだろうか? お互い憎まれ口をたたきながら、先程のオークとエルフは今夜の飲み会の話をしている。

 そこかしこで異種族同士、一つの目的のために手を動かしてきた。

 そして、アスミは突然の風圧に思わず顔を手で覆う。

 指の隙間から、羽撃はばたく白銀の巨龍が見えた。


「はぁい、ワン・オー・ナインのボウヤ? 一番マシな残骸を拾ってきたわよん?」


 その太くたくましい両足が、かろうじて飛行機の原型をとどめた残骸を運んできた。すぐにウイが飛んできて、城の前の大広場へと下ろすように誘導する。


「オーライ、オーライ、ちょい前ッス! あ、行き過ぎ、少し下がって! 心持ちまた前ッスよ」

「面倒だわ、もうここでいいでしょう? アタシでも意外と重いんですもの」

「あ、はい、そこ! そこでいい感じッス! 降ろしてチャブダーイ!」

「……なにこの機械人形の子。全然アタシのこと怖がらないんだけど。まあいいわ」


 アスミたちの眼の前に今、片方の翼を失った巨大な飛行機が身を横たえていた。

 まずは、手を合わせるアスミ。

 これといった信仰もなく、ましてゼルラキオの教会なんて見聞きしたこともない。だが、この中には龍の息吹に焼かれて死んだ軍人たちが眠っている。

 祈ったあとで、すぐにウイが中の死体を運び出してくれた。

 不本意かもしれないが、この城下町の外れにある共同墓地に手厚く葬ることにする。

 そして、フム! とアスミは腕組み唸った。


「うーん、昔の本で見たB-29よりはデカいかな? エンジンは左右の主翼にニ発ずつ、計四発。……うわ、後ろに向かって二重反転プロペラだ。こっちの人類、頭がいいのか悪いのか」

「どーぉ? なんかわかりそうかしら。はー、久々に本気出したら疲れちゃったわ、アタシ」


 気づけば隣に、肩やら首やらをコキコキならすクエスラが立っている。

 彼女もボロボロの爆撃機を見て、ふーんと興味なさげに目を細めた。


「ちょっと、普通じゃない数だったわよね」

「150機ですからね」

「それもさあ、まさか人間ごときが雲の上を飛ぶなんて思いもしないじゃない?」

「それが人間の怖いとこなんですよね、えっと」

「クエスラでいいわよん? それとも、おば様って呼ぶ?」

「や、それは……おばさんて歳でもなさそうだし」

「やーね、ボウヤ。歳の話はしないの! それで?」


 とりあえずアスミは、義手の機能を使ってサイズや全備重量などを割り出してみる。ジルコニア王国の科学力は、だいたい大戦中の地球と同じくらいだろう。

 だが、このどでかい爆撃機は見過ごすわけにはいかない。

 今のところ、クエスラが飛んでって蹴散らすしか対処のしようがないのだ。そのクエスラも、高度一万メートルまで上がるには時間がかかるし、その頃には大半が爆撃を終えて撤収しているのだ。


「ボウヤ、あのキンキラ人形に羽根でもつければ? 飛べればまた話は変わってくると思うのだけど」

「それなんですけどね、クエスラさん。こぉ、ロボに背負いもの……それも翼ってのは、もう王道中の王道で!」


 思わずアスミは熱く語ってしまった。

 スーパーロボットの背中には、多種多様な装備が追加されることがある。巨大な大砲やミサイルポッド、プロペラントタンクや追加のスラスター。中でも、飛行用の翼は鉄板中の鉄板である。

 アスミの知ってるロボットアニメでは、天使のごとき翼を持つロボットまでいるのだ。

 だからこそ、安直に翼をポンとつけて飛ぶ、そういうのは避けたかった。


「な、なんだかわからないけど大変なのねえ」

「まあ、そうそうこだわりばっかり言ってもいられないですけどね」

「でも、いいんじゃない? あの子が……リルケが随分可愛がってるみたいだし、あのキンキラ人形。で? ……どこまで進んでるのかしらん?」


 急にクエスラがにたりと笑う。そうして、ぐっと近づきアスミの顔を覗き込んできた。近くで見るとやはり若々しくも見えて、ゆやめく女の色香がただよってきた。


「どこまで、とは」

「やーねぇ、リルケとの仲よ。もう抱いたかしらん?」

「とっ、とと、とんでもないですよ! 一緒に寝てるだけです!」

「はぁ?」


 クエスラは露骨に変な顔で離れる。

 そう、まだアスミはリルケに手を出したりしていない。いたしてないのだ。男女の仲になるには、あまりにリルケは美しく、そして無防備過ぎた。魔王特有の価値観なのか、局所的に羞恥心が欠落しているのである。

 確かに、誰に見せても恥ずかしくないボディだ。

 太鼓の彫刻家が大理石から生み出した、女神像か天使像といった肢体である。

 ともに風呂に入り、同じとこで眠る。

 最近すっかり慣れてしまってて、アスミもそれが自然に思えていたのだった。


「はあ、このままじゃあの子、また処女をこじらせたまんまだわ」

「ま、また?」

「そうなのよ。アタシもダーリンも色々とイイ男を紹介したんだけどねえ」

「その、交際にいたらなかった、と」

「だって、あの子は魔王、魔女王よん? そんじょそこらの男じゃ見向きもしないの。そこんとこいくと……ボウヤ。アンタ、見込みあると思ってさあ」


 以前、リルケは言っていた。

 自分は妾でも構わないと。なぜなら、寝言でルリナの存在がばれてしまったのだ。でも、彼女は潤んだ瞳で切なげに身を寄せてくる。

 正直、脈はあると思う。

 彼女をただの『ゼルセイヴァーの動力炉』だと思ったことは一度もない。心から信頼し合えるパートナー、戦友だ。


「ま、アンタのペースでいいからさ? 早くあの子を女にしてやんなよん?」

「は、はあ……考えときます。っていうか、クエスラさん自分で楽しんでますよね」

「歳を取るとねえ、若いの同士をくっつけるくらいしか楽しみがないの! ってか、歳の話すんなっていったじゃーん!」

「ち、違っ! そっちが勝手に言ったんじゃないですかー!」


 話が弾む中で、ふとアスミは思い出す。

 そうだ、そうだったよとアイディアが湧いて出た。

 すでにゼルセイヴァーには、があるじゃないか、と。

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