第29話「――月夜、それは静かな愛の時間」

 深夜、魔王城の中庭に月の光が舞い降りる。

 そのやわらかな光は、白妙しろたえのようなリルケの肌を輝かせているようだった。

 アスミより少し背が高くて、まばゆい美貌を誇る魔女王キング・オブ。ウィッチ……リルケレイティアの小顔が、すぐ目の前にあった。

 毎度ながら、いつも緊張してしまう。

 慣れるように言われていても、アスミは毎回落ち着かなかった。

 そして、桜色のくちびるがそっと触れてくる。

 呼吸が重なり、鼓動が激しく脈打った。


「んっ、ん……ふ、ぷあっ」

「あ、あのさ、リルケ」

「もう少し、もう少しだけ……MPの回復はとても大事ですので」

「いやでも、その、今日だけで何度目かっ、て、っっっっっ!」


 七大魔王セブンスが一人、魔女王の膨大な魔力アスミに流し込まれる。

 今夜はゼルセイヴァーの新たな必殺武器を創っているので、もう何度も魔力供給をアスミは受けていた。

 だが、やはり慣れないものは慣れない。

 それに、いつも切なげに瞳をうるませるリルケの視線に、よからぬ気持ちがムクムクしてしまう。それでも、かろうじて二人はまだ、あるじと動力源としてゼルセイヴァーで繋がっていた。


「……その、今回の作業は難しいのですか? マスター」

「いやあ、デカいからなあ」

「そう、凄く、大きです……取り回しが悪くはないでしょうか」

「いや、リルケも生身の時は大鎌デスサイズブン回してるじゃない? それに、ナルのあんなデカい剣を自由自在に使いこなしてる」

「それは、そう、ですが」


 今、アスミがビルドしているのは、剣だ。

 それも、特別にでっかい、常識を遥かに超えた巨大な両刃の剣である。

 おそらく人間ならば、こんなデカい大剣は持て余してしまうだろう。だが、使うのはスーパーロボットのゼルセイヴァーである。

 因みに「世界で初めて剣を持った主役ロボは、グレートマジンガーだったなあ」などと懐かしい思い出にひたり、自分の家に置きっぱなしの映像ボックスが無事かが心配になる。

 まあ、何十回も繰り返し全てのロボアニメを見ているので、よく覚えているが。

 リルケはアスミの頬の汗をハンカチで拭くと、再びゼルセイヴァーに戻っていった。

 今日も今日とて、彼女は上機嫌でゼルセイヴァーの機体を磨いている。


「今日はこのワックスを使いましょう。一角獣ゆにこーん馬油ばゆから作った高級品です」

「……リルケ、あのなあ。そんなピッカピカニしなくても」

「なにを言うのです、マスター。この子はせっかく金色の肉体美で生まれたのです。しっかり磨いておかなければなりません。……そうですよね? 私のかわいいあなた」


 なんだかよくわからないが、リルケは物凄くゼルセイヴァーを大事にしてくれる。

 それは自分を動力炉として動く破壊の化身で、胸に天使像を飾られた黄金の死神だ。

 それでも、まるで我が子のように、我が娘のように親しみを込めて磨いてくれた。アスミは、ロボを大事にしてくれる人はどんな人でも好きだった。

 ああそうかと思った。

 リルケのことが、好きなのだ。

 異性や相棒というよりは、同志。

 共にこのマナの尽きかけた惑星ゼルラキオを救う、唯一無二の仲間なのだ。


「ういーッス! みんなの頼れるスーパー美少女ロボット、ウイちゃんッスよー!」

「おう、ウイか」

「夜食の差し入れッス!」


 デカいトレイにあれこれ載せて、ウイがやってきた。

 気がつけば夜も遅く、丁度小腹が空いてきたところだ。

 さっきからハーッと吐息をかけては胸の天使像を磨いていたリルケも、香ばしい匂いに振り向き降りてくる。


「お疲れ様です、ウイ。とても美味しそうですね」

「そりゃーもぉ! バンッバン食べるッスよ!」

「あ、いえ、そんなに多くは……夜食は肥満の元ですし。これはなんという料理でしょう」

「マスターのいた地球の料理、ワンタンって中華料理ス」

「チュウカ、リョウリ……とてもいい匂いがします」


 大鍋にワンタンスープ、ちょっとした菓子やお茶もある。

 ウイというロボ、実は戦闘より家事の方が向いているのではないだろうか?

 メイドロボに改修するかなと本気で思ってしまうアスミだった。

 ともあれ、手を洗って皆で床に座って中心にトレイを置く。

 他の面々もいればよかったのだが、ナルやジルは別の仕事で自室にいる。二人は今、ゼルセイヴァーのために剣術データのモーションサンプリングを取ってくれてるのだ。

 しかも、そういう時間に二人を閉じ込めた理由は他にもある。


「今頃はナルも、少しはジルと打ち解けてるとよいのですが」

「ああ、二人って昔は許嫁いいなずけ同士だったんだっけ?」

「はい、マスター。400年前はハイエルフたちは人間側に、ダークエルフたちは魔王側につきました。私たちの戦争が、二人を引き裂いてしまったのです」

「でも、今は同じ仲間だ。人類の横暴は、これは止めなきゃな」


 ウンウンと何故なぜか自信満々でウイがうなずく。

 アスミは改めて、ウイにあとでナルたちにも差し入れしてくれるように頼んだ。


「了解ッス! んで、マスターは今回はなにを創ってるんスか?」

「剣だよ、大剣。それも、超弩級ちょうどきゅうのバカでかい剣だ」

「燃えるおとこのサンライズパース! ってやつッスね!」

「それな! やっぱ、スーパーロボットといったらクソデカソードだよな」

「そうッス、地球をバックに月面で最終決戦する時に構えるアレなんスよ!」


 何故かといえば何故だろうか、でも当然と言えば当然である。

 ウイとは話が妙に合う。

 当たり前だ、自分から生まれた分身のようなもの、妹とさえ言えるロボットだからだ。そのウイが急に、肘で小突きつつ小声をひそめてくる。


「ん、な、なんだウイ」

「マスター……リルケはかなり疲れてるんじゃないスかね。ほら」

「あっ……え、お茶飲みながら寝てる?」

「今日はドラゴンが飛んできて、しかも400年前の仲間だったからスねえ。辛い別れの日だったんスよ」

「だな」


 とても穏やかな、ともすればあどけない可愛さに満ちた寝顔だった。

 ワンタンに舌鼓を打ちつつ、お茶を飲んでいたリルケが値落ちしている。

 それはまるで、この世を去った神々が残した神話の遺産のような美しさだ。このままフィギュアケースに入れて飾りたい、そんな1/1スケールの魔王がそこにはいた。

 無理もないと、そっとアスミは立ち上がる。

 リルケはゼルセイヴァーの動力炉で、この城を統べるカリスマで、あらゆる民を受け入れる君主なのだ。人間たちが忘れかけた、400年前の世界を震撼させた魔王なのである。


「ちょっと俺、寝室に送ってくるよ」

「ういッス! んじゃ、自分はナルとジルに差し入れをば」

「俺はちょい徹夜気味になるしな……リルケには先に休んでもらわないと」

「マスター、やさしみ……そろそろでも、いいんじゃないスか?」

「ん? そろそろって」


 フフンと笑ってウイがいやらしい顔になる。

 もともとゆるくてニヤニヤしてるので、通常の三倍くらい張り倒したい顔になっていた。


「マスター……マスタアアアアア! 抱けーっ! 抱けっ! 抱けええええええッス!」

「な、なんだ突然! でかい声出すな、リルケが起きちまうだろ」

「もう、なんなんすかマスター。童貞なんスか」

「どどどど、どっ、どう、童貞ちゃうわい!」


 おもわず、地球での恋人を思い出す。

 こんなしょうもない男を受け入れ、テストパイロットとメカニックとして、鋼の絆で結ばれた仲だった。今はもう、遠い宇宙の果から無事を祈るしかない。

 地球の命運は今、残されたルリナたちに託された。

 アスミはアスミで、このゼルラキオを救わねばならない。

 もし、万が一にも再会する日が来た時……胸を張って抱き合えるように。

 だが、ウイは滅茶苦茶不満そうな顔をしていた。


「もうアレなんすか、マスター。SEXしないと出られない部屋とか必要なんスか」

「い、いらねーよっ! つかなんだ、お前ちょっとおかしいぞ!」

「いやあ、いっつも『ちょっと行ってやらしい雰囲気にしてくるッス!』って思ってて……でも、マスターはリルケとは、その、ほら、あれじゃん? ねえ?」

「……いいだろ、別に。俺は……まだ、ルリナのことは忘れられない」


 でも、リルケを知ってしまった。

 毎夜毎晩、肌を重ねて体温を分かち合う中で、アスミの想いは大きく膨らんでいた。

 リルケが自分を信頼し、好意をよせてくれているのも知っていた。

 だが、この星ではアスミは異邦人……しかも、呪われしワン・オー・ナイン、109人目の転生勇者なのだ。400年前から予言されし、特別な人間らしいのだ。


「なあ、ウイさ。俺はスペースアテナにこの星に連れてこられたけど……意外と俺って、このゲルラキオでは異物っていうか、邪魔者なんじゃないかって」

「んなことねーッスよ! あれスか、ワン・オー・ナインとかいうの気にしてるんスか!?」

「いや、なんか……このまま戦争ばっかりしてるこの星の人間と戦って、それって」

「いいんスよ! 大正解、大正義ッス! リフォーマーが攻めてこなかったら、地球だって環境破壊で滅んでたかもしれないッスよ。この星も、その入口にいるんス!」


 意外なほどにウイの言葉が響いた。

 熱くて燃えてて、心の奥にグサリと刺さった。

 それでアスミは、改めて腕の中に抱くリルケを見下ろす。

 なんて美しい寝顔だろう。

 むにゃむにゃと寝言を紡いでいるが、本当に美貌のビスクドールみたいな異次元の可憐さがあった。妖艶ようえんな情婦にも見えるし、清らかな聖女にも見える。

 そして、その全てが完全に調和した美しさ、それがリルケなのだった。


「まあ、うん……俺さ、結。ロボオタだし、リルケにはもっとふさわしい人がいると思う」

日和ひょるッスねえ、マスター。まあでも、今は眼の前の敵が肝心ッスからね」

「そゆこと、とりあえず寝室に寝せてきたら、戻ってくるわ」

「うぃッス! じゃ、自分はナルジルコンビに夜食出したら、コーヒーでもいれてくるス」

「お前……そんなに気の利くいい奴だっけか?」

「そりゃもー、創った人が創った人スから!」


 テヘペロと笑って、ウイは行ってしまった。

 心配しててくれて、見守ってくれてったんだなと思う。

 アスミもまた、静かに寝息で胸の膨らみを上下させる、安らかな眠りの魔王様を寝室に運んでゆくのだった。

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