第30話「――海戦、それは漢たちの浪漫」

 早朝、払暁ふつぎょうを待っての出撃。

 大陸の最北端たる岬から、ゼルセイヴァーは大海原へと飛び出した。

 春なれども、まだまだ北の海は荒れて霧が立ち込めている。

 だが、だからこそチャンスと言えたし、徹夜のアスミはテンションが高かった。


「うおお、いっくぜええええええ! リルケ、あまり無理に魔力を絞り出すなよ!」

「はいっ、マスター! しかし、これは」

「サーフィンは陽キャの領域だがなあ! ロボでやるなら話は別だぜっ!」


 そう、二人の乗るゼルセイヴァーは今、冷たい北の海を疾走していた。

 風を呼んで左右に揺れながら、ゼルセイヴァー自身の推力へ前へとアスミたちを押し出す。今、ゼルセイヴァーはスラスターの光を流星のように引きずって海をせていた。

 勿論もちろん、本来ならこんなことはできない。

 いかなスーパーロボットのパワーでも、海を走ることは無理だ。

 だが、足元には今……巨大な必殺の刃が波濤はとうを切り裂き大海を断ち割っていた。


「マスター、前方に艦影! 凄く、大きいです!」

「おっしゃ、このままぶち当たる!」


 そう、この世界にはまだないスポーツらしいが、アスミが選択した手段はサーフィンだ。ただ、波に従い岸へと向かうスポーツではない。これは戦い、ガチバトル……徹夜で鍛造した、超巨大な刃に乗っての特攻にも似た沖への進撃だった。

 もともと自重を支えて数秒間の滞空を可能にするスラスターである。

 自然の物理法則に叶った足場があれば、一気に黄金の巨体を大海原に疾駆しっくさせた。

 そして、目の前に巨大な巡洋艦が迫ってくる。


「リルケ、進路このまま! ラム・アタック! から、直接乗り込む!」

「了解、マスター! 誤差修正、このままブチ当てますっ!」


 多分、艦隊の外苑を守る重巡洋艦だと思う。

 その黒光りする巨大な艦影へと、真っ直ぐゼルセイヴァーは突っ込んでいく。

 サーフボード代わりにした大剣が、容赦なく艦尾を突き刺し貫いた。

 その瞬間にはもう、空へと飛翔したゼルセイヴァーは艦の上に着地している。

 スーパーロボットが突然降ってきて、そして降り立った艦は揺れに揺れた。

 そして、アスミは身を声にして全力で外部スピーカーに叫ぶ。


艦橋ブリッジを潰すっ! 十秒でだ! みんな、逃げて飛び降りろっ!」


 現実には十秒以上、拳を構えてゼルセイヴァーは停止していた。

 海兵を皆殺しにする必要はない。

 これは勿論、リルケが望む人道的な戦いであり、アスミも犠牲者を増やしたくなかった。

 だが、同時に二人は思っていた……戦場からの生還者は多ければ多い程いい。そうして命からがらに逃げ帰った者たちは、恐るべき魔王の下僕しもべ、大いなる黄金の巨神騎の噂話をまき散らすだろう。

 民の間で、復活した魔王の脅威が膨らむほどにアスミたちには都合がいい。


「マスター、背後に熱源! 敵艦の主砲が回頭しています!」

「サンキュ、リルケ! とりあえず、砲塔を潰す!」


 重巡洋艦の艦橋前で、ゆっくり舳先へとゼルセイヴァーが振り返る。

 なるほど、敵も海軍の最精鋭、ジルコニア王国の海の防人さきもりである。

 本来、軍艦が砲塔を180度回転させ、艦橋側に向くことはない。

 だが、瞬時の判断で海兵たちはその選択肢を選び取った。よほど艦長たち士官の腕がいいのか、海兵たちの信頼関係が厚いのか。

 だが、黄金の破壊神はそんな健気な反撃を無に帰す。

 あっという間に、回転する砲塔を右足で踏み締め、そのまま船底まで踏み抜く。

 この時点で沈没、撃沈は避けられなかったが、アスミは手を抜かない。

 不本意ながら、絶対的な絶望を王国側に植え付ける必要があった。


「そうら、時間だ! ちゃんと逃げてろよっ!」


 ゼルセイヴァーが振りかぶった金色の拳が、軍艦の艦橋を木っ端みじんに粉砕する。

 その時にはもう、先程のラムアタックと踏みつけの浸水で、艦は傾いていた。

 その時になってやっと、敵の大艦隊が臨戦態勢でサイレンを響かせる。


「遅いっての! リルケ、剣は!」

「制御中、跳ぶ先に合わせます!」

「おっしゃあ、次に行くぜ! このまま進んで、敵の旗艦きかんを叩く! それで勝負は決まりだ!」


 再び凍り付いた海へとアスミは愛騎を押し出す。

 ターンして戻ってきた巨大な剣に乗れば、あっという間に加速が増して波間を切り裂いた。因みに寺田アスミ、リアルではサーフィンはおろかあらゆる運動が駄目である。

 だが、ロボへのこだわりは常人を凌駕する変態の域に達していた。

 大艦隊を前に、空から攻撃する?

 それなら飛行機でいい、ロボットである必要がない。

 ロボットだからこその恐るべき痛撃を与えるために、アスミは心と体を惜しまないド変態だった。


「マスター、右に小さな軍艦が……密集しています、その数は3!」

「駆逐艦だ、あれは見逃す! ほっといてデカいやつを狙うんだ!」

「放っておくんですか? なにか、あの艦から小さな熱源が沢山……」

「駆逐艦は魚雷攻撃が得意だからな。だが、避けるっ! そしてぇ!」


 速力に優れる駆逐艦が、連携して魚雷を発射してくる。

 その雷跡がはっきりとモニターに表示される。

 だが、波に踊るゼルセイヴァーはただの洋上艦とはまるで別物だ。アスミの巧みな操縦と、リルケの供給する魔力がアクロバティックなマニューバを演じさせる。

 波に乗ってゼルセイヴァーはジャンプ、そのまま全ての魚雷を受け流す。

 同時に、空中で姿勢を制御して一回転するや、再び大洋を奔り出した。


「カットバック・ドロップターンッ! 決まったぜ!」

「しかし、マスター。あの敵は追ってきます」

「ほっとけ、生かしておくんだ。この戦い、大量の犠牲者が極寒の海に放り出される。昔から、敵の駆逐艦を数隻救助要員として残す。これは海の男のポリシーだぜ!」

「……マスター、海の男だったんですか。でも、分かります。御心のままに!」

「いやまあ、艦これとアズレンしかしらないけど、なっ!」


 この海は地獄だ。

 極北の極寒、惑星ゼルラキオの頂点に位置する北の最果てなのである。

 殺さぬように敵艦を撃破しても、海に投げ出された兵隊たちの大半は死ぬだろう。

 わかっている、避けようがない。気遣い気をつけても、戦いだからしょうがない。

 だからこそ、古来より多くの先人たちが守ってきたおきては守りたい。

 それでいくばくかの命が助かるなら、アスミにとっては小さな希望に思える。

 そして、目の前に巨大な戦艦が迫る。

 向こうはすでに、測距そっきょデータを計算して主砲をこちらに向けていた。


「マスター! 一際巨大な軍艦がこちらに大砲を」

「そびえる城のような威容だな! こいつが超弩級戦艦ちょうどきゅうせんかん、王国の旗艦だ!」


 恐らく、45cm砲クラスの三連装砲塔さんれんそうほうとうだろう。それが艦橋を挟んで前に二つ、後に一つ。真横から突っ込むこちらに向かって旋回する。

 大昔に地球でも一世を風靡ふうびした、大艦巨砲主義の権化ごんげが迫った。

 だが、怖くはない。

 主砲の直撃を受ければ、上手くクラッチが自動で切れず、リルケにダメージが貫通するかもしれない。だが、その心配を切り捨てる……絶対に当たらない、避けるという覚悟と決意があった。


「悪い、リルケ。俺を信じてくれ……一時的にリミッターをカットする」

「それがなにか? マスター、既にリミッターを解除しました。フルパワー、いけます」

「お、おう。けど、被弾すれば」

「痛いだけです、マスター。その痛みさえも私には……マスターとの大切な、きずなっ!」


 発砲、敵戦艦の主砲が一斉に火を吹いた。

 のみならず、周囲を取り巻く艦艇の全てがゼルセイヴァーを包囲していた。

 オーバーキルに過ぎる火力が、圧倒的な物量で降ってくる。

 だが、その時にはもうゼルセイヴァーは海の上にはいなかった。

 足場になってる巨大な剣を蹴り上げ、その反動で自らも推力全開でジャンプする。

 登り始めた太陽の中に入ったアスミは、気付けばリルケと共に叫んでいた。


「取った! 必殺ゥ!」

「マスター、装剣! 敵の直上、死角に入りました!」

「うおおおっ! ゼルセイヴ・ソォォォォォドッ!」

「スッ、ラアアアアッシュ!」


 それは余りにも巨大な大剣、蛮刀ばんとうだった。

 ゼルセイヴァーがまるまる隠れてしまえるほどの盾にして剣、そして海に浮かべれば潮風を切り裂く。この一撃をフルパワーで振りかぶって、アスミとリルケの気持ちが一つになる。

 対空砲火も届かぬ高高度から、ゼルセイヴァーの真っ向唐竹割からたけわりが炸裂した。

 敵の旗艦が真っ二つになって、そのまま誘爆の炎と共に前後に沈んでゆく。

 そして敵兵は見ただろう。

 業火の中から浮上する、恐るべき黄金の魔王騎を。

 その姿、荘厳にして流麗、しかして本質は破壊の権化、殺戮マシーンだ。


「リルケ、周囲は」

「何故でしょう、散開して逃げ出してゆきます。これは」

「海軍では、艦隊の旗艦がやられた時は一度態勢を立て直す必要がある。なにせ、指揮官が乗ってる船だからな。……多分、やっちまったかもしれない」

「生死の際は戦場の常です、マスター。一番大きな軍艦を倒したので、これで無駄な犠牲は――ッ! こ、これは! 背後より熱源、先程の魚雷なようなもの、その数は8!」


 戦いは終わってはいなかった。

 洋上艦が旗艦の爆沈で遠巻きに陣形を立て直すのとは逆に……海底より殺意が送り込まれる。そしてアスミは思い出した。

 かつて地球で各国が覇権をかけて海軍力を争っていた時代。

 その時から既に、海の王者は洋上艦、超弩級戦艦ではなくなっていたのである。

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