第28話「――入浴、それは同志の憩い」

 艦砲射撃はやんだが、距離を置いて大艦隊が布陣している。

 次は魔王城への総攻撃が始まるのか、北の氷山に隠れ住むモンスターたちの掃討作戦になるのか。それはアスミにはわからない。

 わかっているのは、ただ一つだけ。

 スーパーロボットならば、超弩級戦艦ちょうどきゅうせんかんを中心とする大艦隊にも勝てるのだ。


「そう、マジンガーZのパワーは旧米国第七艦隊と同じ! ならば、物理的には可能だ!」


 なお、物理的に、というか現実的にそもそもマジンガーZは存在しないが。

 今、風呂で身体を洗って湯船につかるアスミにとっては、全てのスーパーロボットは自分を支える真実そのものだった。真理であり、夢とロマンであり、己を構成する全てだった。

 まあ、最近ちょっと……異性が気になる少年らしい一面も自覚してはいたが。

 そうこうしていると、大浴場はこの城の幹部たちで賑やかになる。


「湯加減はどうスか、マスター!」

「おう、ウイ。ちょうどいいぞ、サンキュな。……って、もう完全に慣れてしまった」


 ウイの他にも、リルケやナル、ジルも一緒だ。

 混浴がすでに、この大浴場では当たり前になってしまった。因みに避難民たちが使う地下の大浴場は、ちゃんと男湯と女湯に別れている。

 ともあれ、ゆっくりと肩まで湯に浸かってアスミは頭の中を整理し始めた。

 偉大なる魔龍王ロード・オブ・ドラゴンは、最後の力を振り絞って飛んだ。

 そして旅立った。

 残されたのは、彼が最後まで守っていたモンスターたち。それが今、極北の海で凍えている。その救出のためにも、ジルコニア王国海軍の大艦隊を倒さねばならない。

 そのための作戦を考えていると、全裸でナルがやってきた。


「ほらほら、見て見てー、見てよアスミ!」

「おいバカやめろ、ブラブラさせるな! 男の裸なんか見てなにが……ん?」


 アスミは目を疑った。

 褐色の肌も鮮やかなナルの下腹部、へその下あたりに入れ墨いれずみのようなマーキングがある。

 それは、よく見ればゼルセイヴァーの左肩にアスミがペイントした、あのマーキングだった。大きさこそ違うものの109の番号とリルケの紋章を組み合わせたものである。


「ちょ、おま! なにやってんの! バ、バカじゃないか、親からもらった身体を大切にしろっての!」

「えー、いいじゃん。これさ、ボクたち団員のあかし員紋いんもんにしようと思って」

「言い方! インモンっていうな! あと、なんだよその団員って」


 よくぞ聞いてくれましたとばかりに、腕組みフフンとナルは笑う。


勿論もちろん、アスミとリルケを中心としたボクたち……ワン・オー・ナイン軍団だよ!」

「……ダサッ! お前、センスなさすぎだろう。あとなあ、そもそも」

「あ、入れ墨じゃないんだ、魔法で塗ってるだけ。入れ墨って結構痛いんだよね、あれ」

「そ、そうか、まあ……でもなんだ、個人の勝手だからいいけど、インモンはやめなさい」


 そんな話をしていると、身体を洗い終えたリルケとジルがやってくる。

 二人共、アスミとナルを前にしてもタオルで秘所ひしょを隠そうともしなかった。

 もはや家族風呂のような雰囲気で、アスミは二人を見て、ついでにナルも再確認して、美しいとは思う。自分と違って美男美女、ともすれば三者三様の美しさをたたえた極上の美女に見えた。

 相手がどう思ってるかはわからないが、劣情が身をもたげることはない。

 本当に、親しい家族や兄弟で風呂に入ってるような気持ちになった。

 だが、リルケはナルをちらりと見てムムムとうなる。


「ナル、それは……いいですね、早速私も自分に同じものをほどこしましょう」

「でしょ? いいよね、アスミが考えたこの員紋……もとい、紋章。ボクたちのはたにしようよ」

「なんですの、まったく……ま、まあ、ナルがそういうのでしたら、わたしもこの身に刻みましょう。団結と信頼の証として、悪くないのではなくて?」


 おいおいやめてくれと思ったが、これが流行はやったらちょっと恥ずかしい。

 そもそも、アスミは転生勇者の末裔たちが恐れる予言の男、ワン・オー・ナインと呼ばれる109人目の転生者らしい。

 あまり気にしたことはないが、あえて大きくゼルセイヴァーにマーキングした。

 ワン・オー・ナインのナンバーを見て、敵がびびって逃げてくれたらいいなと思ったのだ。それに、リルケの紋章は本物の魔王、魔女王ロード・オブ・ウイッチリルケレイティアを示すもの。これもまた、見て驚いてくれればいいし、逃げるなら決して追わないつもりだった。

 決して淫紋いんもんにしてくれという意味ではなかったのだが……困った。


「それにしても、ナル。何百年ぶりですか? セカンド・シフトを使うだなんて」


 湯船に入ってきたリルケは、さも当然のようにアスミの隣で肩を寄せてくる。

 見えてるかもしれないけど、自然と互いに求めた手と手が湯の中で結ばれた。指を絡めてさらに握れば、自然とアスミはリルケの悲しみを知った。

 叔父おじのように慕っていた魔王の死は、流石さすがのリルケにも応えたようだった。

 それでも彼女は、ナルがワン・オー・ナイン軍団と勝手に名付けた勢力の首領しゅりょうとして毅然としている。


「あ、それねー! 400年前の戦い以来かなあ。あの時はセカンド・シフトでもしんどい勇者が沢山いたけど」

「サード・シフトを使わざるを得ない勇者もいましたね。フォース・シフトは」

「ああ、あれはない。使ったことない、ってか、使う相手がいないよ。その先の……最後の奥の手もね」

「魔力の消耗が激しい技です、気をつけてください。……でも、ありがとう」

「ゲオル様とリルケの別れの時間だもの。無粋な人間の攻撃は全部叩き落としてやったよ」


 そして、五人の話題は大艦隊の撃破へと移ってゆく。

 気を利かせてくれたのか、ウイが各種冷たい飲み物や酒、軽食を用意してくれていた。

 少し遅めの、昼食を兼ねた朝食、ブランチだ。

 リルケが取り分けてくれたので、温泉に浸かりながらサンドイッチと冷たい果実酒を口にする。入浴後に改めてとも思っていたが、すでに作戦会議は始まっていた。


「あのさ、アスミ」

「ん? なんだナル、いい手があるか?」

「ゼルセイヴァーって飛べないの?」

「……現状、飛べない。短時間の滞空なら全推力を使えば可能だが、飛んでるとは言えないな。一瞬だけ浮かぶだけがせいぜいだ」

「なら、改良しようよ! ゼルセイヴァーに翼を付けて、空が飛べれば!」


 うんうん、とジルが頷く。

 逆にリルケは、じっとアスミを見詰めていた。

 ほかならぬアスミ自身、安易にすぎる提案に立ち上がってしまう。

 全裸で仁王立ち、腰に手を当てアスミは叫んだ。


「却下! 却下だ、ナルッ! 駄目だ! スーパーロボットにとって、空を飛ぶこと……それは、とてもデカいイベントなんだ!」

「……あ、ああ、そう、なの? でも、軍艦って空からの攻撃には弱いんじゃ」

「駄目だっ! いいかナル! ロボが空を飛んで軍艦を倒す。これはあまりにも当たり前すぎる! その上に、それは……! って話なんだ!」


 ナルが、そしてジルとリルケが同時に首をかしげた。

 訳がわからない、なにを言われてるのか理解できないという顔をしている。

 だが、すぐにリルケはポンと手を拳で打った。


「ああ、なるほど……そ、それが、その……マスターの性癖? なのですね」

「いや、違う! ……とも言えない。そうかもしれない。でも、こだわりたい!」


 そうなのだ、ロボオタクとしてこだわりたいのだ。

 今、ゼルセイヴァーに飛行能力を与えたら、攻略は簡単だ。高高度から接近して急降下、一撃離脱で一隻ずつ軍艦を沈めてゆけばいい。

 だが、それはスーパーロボットの戦い方ではなかった。

 少なくともアスミにとっては、それは飛行機、軍用機でもできる最適解なのだった。


「いいか、スーパーロボットが飛行能力を得る、これは最高にアガるイベントなんだ!」

「わ、わかったよアスミ……わからないけど、なんとなくわかった」

「そうだろう、ナル! よって、俺はゼルセイヴァーに新しい装備を作る。けど、空を飛ぶのはまだ先だ。……まだ、ジルコニア王国に空の脅威を教えては駄目だ」


 アスミにとっては、南の帝国のことも気になってはいた。

 ジルコニア王国より半世紀科学文明の進んだ国、アスラント帝国。アスミと一緒にこの惑星に異世界転生した、かつての愛機テラセイヴァーこと試製00式決戦兵器しせいフタマルしきけっせんへきの残骸を回収した国である。

 ジルコニア王国も入手したようだが、テラセイヴァーのほぼ全てがアスラント帝国にある。その帝国に今、軍艦が空からの攻撃に弱いと教えるのは愚策にも思えたのだ。


「早速このあと作業に入る。俺はテラセイヴァーに新装備を作るから……ナル、ちょっと頼まれてくれないか?」

「ほへ? ボクが?」

「お前の剣術の腕を、その技量をゼルセイヴァーに載せたい。何百年も研鑽を重ねた魔法剣士ルーンフェンサーに、技の全てを教えてくれってのは失礼だとわかってる。でも!」

「ん、いいよー? 全然オッケマル!」

「か、軽いな」

「ボクたち、同朋どうほうのためにも負けられないからね。アスミが必要だってんなら、ボクは可能な限り協力するよ。それは、リルケやジル、多くの民を助けることにもなるからね」


 ナルはありえないくらい清々しいことを言ってのけた。

 この少女にしか見えない男は、そんなポジティブな性格で400年前から戦ってきたのだ。リルケの副将だった魔法剣士、ナルティナード・オルドスなのだった。


「ナル、お前が長年かけて会得した技、剣術のモーションデータがほしい」

「わかった、任せて!」

「でしたら、そちらの方はわたくしが。ナルの全身の動きを、言語化してデータに圧縮しますわ。ちょっと先ほどゼルセイヴァーを見せていただきましたけど……わたくしたちエルフのルーンと同じ文法でデータが作成できそうですの」

「助かるぜ、ジル! それにナルも!」


 流石はエルフの女王様だなと思った。

 かつてナルの許嫁いいなずけだったハイエルフ、ジュゼッティルは毅然きぜんとして頼もしい。

 それに、心なしかナルに向ける視線が熱く潤んでいた。


「よし、それじゃあみんな! まずは北の海の大艦隊を倒して、極北の民を助けよう!」

「はい、マスター! 私も全力を尽くします。御身おんみにこの肉体も魂も捧げましょう」

「いや、それは今じゃない……リルケは魔王として俺たちを束ねてくれ! そ、その、なんだ……いつか、みんなでまたこうして楽しい平和な時間を過ごしたい。でも、それは今じゃない……! やるぞ、みんな!」


 アスミが拳を振り上げると、皆が立ち上がってその先に手を伸べた。

 重ねた手と手の中で、アスミの拳が熱く燃えてゆく。

 決意の瞬間からもう、既に大海戦の火蓋ひぶたは切って落とされているのだった。

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