第26話「――抱擁、それは囁き合う愛」

 アスミは夢を見ていた。

 とても柔らかくて温かい、甘やかな夢だ。

 それは、かつての地球。

 謎の侵略者リフォーマーに侵略される中でも、必死に抵抗する人類たちのきずなは熱かった。共に戦場を駆ければ、友情も愛情も生まれて、そして消えてゆく。

 そんな中でもアスミは、得難えがたい二つの幸せを手に入れていたのだった。


『よっしゃあ! 正式なテストパイロットに選抜されたぜ! 明日を救うぞ、テラセイヴァー!』

『だからもー、アスミ? この子の名前は試製00式決戦兵器しせいフタマルしきけっせんへいき! そんなダサい名前じゃないわよ』

『いい名前だと思うけどなあ。地球のセイバー、地球の救世主セイヴァー! よーし、主題歌でも作るか!』

『はあ、これだからロボオタクは……ふふ、なんでこんあのをアタシは』


 とても懐かしく、遥か遠い過去のように感じる。

 この時期、人類は各地で惨敗し敗走を続けていた。リフォーマーの巨大な人型機動兵器群を前にして、人類の持つ陸海空の戦力は全くの無力だったのである。

 だからこそ、ロボを持ってロボを制す……ロボットにはロボットだ。

 こうして密かに建造された地球の希望は、アスミとルリナの手でブラッシュアップされるはずだった。アスミが稼働データを取り、ルリナが微細な調整で仕上げてゆく。

 まだ正式名称すらないこの機体は、二人の愛の結晶でもあった。

 と、思う。

 多分そうだ。

 でも、ちょっと自信がない。


『ねえ、アスミ。あのさ』

『ん? どうした、改まって』

『改まるよ! だ、だってアタシたち……そういう仲でしょ。それで』

『あっ、そうだった! パイロットスーツが支給されるんだよな。かーっ、アガるぜ!』

『……バカ。ロボアニメオタク、朴念仁ぼくねんじん。はあ、いいから受け取ってきなさいよ』

『ああ! ルリナも毎日ツナギの作業着だし、今度洋服探しにでも行こうぜ! 廃墟になった街で、結構あれこれ着れるものが拾えるらしいしさ! 二人きりで行こう!』

『そゆとこだぞ、寺田テラダアスミ? ん、でも嬉しい』


 約束が守られることはなかった。

 その後、連日連夜の起動実験を実施したにもかかわらず、試製00式決戦兵器のメインエンジンが点火することはなかった。極秘機密らしくルリナも知らないとのことだが、とても難しい理論のオーバーテクノロジーが使われているらしい。

 一説には、ブラックホールの技術を応用したものだとか。

 だが、アスミの熱い想いに応えてはくれなかった。

 そして秘密基地は敵に察知され、運命のバニシングがアスミを襲ったのだった。


「ん……ルリナ、すまん。でも俺、生きてるよ……こっちの世界は、今度こそ……救って、み? せ、る、って……おお?」


 手の中に柔らかな弾力があった。

 しっとりと瑞々みずみずしく、すべやかでひんやりとしている。

 それはアスミの五指を飲み込むように、たわんで優しく香った。


「……おはようございます、マスター。ルリナという方がマスターの奥方ですか?」


 はっ、と気づいて身を起こすアスミ。

 今、寝ぼけながら揉みしだいていたのは、見事に実ったリルケの胸の膨らみだった。その谷間に埋まるようにして、どうやらアスミは寝ていたらしい。

 この地に飛ばされてきてから、いつも同衾どうきんしている。

 かといって、なにをするということもなく、リルケにも求められない。

 ただ、彼女と抱き合い肌を重ねれば、死んで転生した異世界の不安が安らいだ。

 だが、今のリルケは違った。

 じっとりジト目で、フラットな無表情を向けてくる。


「ルリナという寝言は、初めて聞きました。……とても大切な方のようですね」

「あ、ああ……代わりのない人だった。あんなすさんだ時代に、俺という男を照らしてくれた星だった。な、なんかキモいよな。すまん、おかしい話しちまった」

「なにがおかしいのです? 誰が笑うものでしょうか、そんな心からの言葉を」


 リルケが優しく微笑ほほえむ。

 彼女も身を起こすと、そっとアスミの手に手を重ねてきた。

 そうして指と指とを絡めてくるのを、拒むことはできない。

 生前にルリナという恋人がいたにも関わらずだ。

 その想いもそのままなのに、美貌の魔女王ロード・オブ・ウィッチにはあらがえなかった。

 そして、優しさについつい甘えてしまう。


「私はマスターのめかけでも構いませんし、いつでもお待ちしてます……それなのにマスターは」

「いや、毎日疲れてるからかなあ。ゴ、ゴメン。確かに、女性に、それも絶世の美女と一緒に寝てて、不調法ぶちょうほうだったかもしれない」

「いいんです。私は再びこの世に蘇り、信頼できるマスターと共にこの星のために戦える……それだけで、幸せです。でも、でもっ!」


 突然、リルケはあどけない童女のようにプウ! とほおを膨らませた。

 むくれた彼女が幼く見えて、思わずアスミは面食らってしまう。


「でも、私は待ってるんです! マスター、早く私を傷物キズモノにしてください」

「え、あ、いや、だって」

「マスターのことをお慕いしております……再び私に命を灯してくれた。それだけじゃありません。我らが同胞、魔族やその眷属けんぞくたちを救うために黄金の巨神で戦ってくれる」

「ゼルセイヴァーはリルケが乗らないと動かないからな。いわば俺たちの子のようなもんさ。二人で動かして、二人で戦うんだ」

「こっ、ここここ、子! 子供! 愛娘まなむすめ!」

「あ、ゼルセイヴァーって女の子なのか。ザブングルは男の子なのになあ」


 空が白み始めてきた。

 もうすぐ夜が終わるが、まだ数時間は眠れる余裕がある。

 もじもじとリルケは身を寄せてきて、繋いだ手に熱が感じられた。


「あの、マスター……もしや、なにかこう、人間特有の……あ、あれがあるのですか?」

「あれ、というと」

「その、人間たちはかなり男女のいとなみに多様性を持っていると聞いています。もしやマスターもと思いまして。……ど、どのような趣味も性癖も、私は大丈夫ですっ!」


 耳まで真っ赤になって、リルケがグイグイと迫ってくる。

 そのまま彼女に押し倒される形で、馬乗りになられてしまった。

 お互い、一糸まとわぬ全裸である。

 リルケの白妙しろたえなる柔肌やわはだを、差し込む朝日が輝かせていた。

 まるで淡雪あわゆきのようで、触れれば溶けてしまいそうな美しさだ。

 だが、瞳をうるませるリルケに対して、アスミは正直に思っていることを話す。


「……わかった、話を聞いてくれ。リルケ、確かに俺には妙な趣味がある」

「だっ、大丈夫です! たとえどのような倒錯的とうさくてきなことでも、マスターとなら」

「ち、因みに、どのレベルまでいったら、その、倒錯的? よからぬ趣味だと思う?」


 少し考え込んでから、さらにリルケは真っ赤になった。

 両手で顔を覆って首を左右に振れば、たわわな胸が重力を忘れて弾む。


「……言葉にするのも恥ずかしい、の、ですが。………………


 今度は逆にアスミが驚いた。

 自分は汚れてる、そう感じた。

 どうやらリルケの倫理観では、愛し交わる際の手順がとてもシンプルで古風なようだった。えっ、口でしたりされたり、そんなに特殊な性癖だったのか!?

 だが、それはそれとして、思わぬ清純さ、純真さを垣間見せた魔王が不思議と愛おしい。

 だから、正直に全てを打ち明けた。


「俺も男だ、性欲はある。い、一応経験もあるし」

「わ、私は、その、まだ純潔を……嗚呼ああ! 400年も処女だなんて、マスターはさぞかし不快でしょう。私はでも、今という時代になって初めてパートナーを求めているのです」

「そ、そっか。いや、大丈夫! 需要はあるし、俺はそんなことでリルケを勝手に評価したりしないよ。俺たち、相棒だろ?」

「は、はい……そしてマスターの、こ、これは……こうもたかぶる、愛の棒は」

「それがなあ、リルケ。例えばさ、例えばだよ?」


 アスミとて健康な二十代の男子だ。

 まして、眼の前には古代の芸術家が生み出した女神像のごとき美しさが身を寄せてくる。魔族だからだろうか、いつも一緒に寝ててリルケの体温はひんやりとしていた。

 でも、眠気にまどろむ中で、ほんのりぬくもりをも感じてきた毎日だった。


「落ち着いてきいてくれ、リルケ」

「は、はいっ!」

「例えば……こぉ、ゼルセイヴァーで俺とリルケが戦ってて、絶体絶命のピンチになったとするだろう?」

「はあ……その時は私がマスターを守ります!」

「あ、ありがと。でも、その時だ! ボロボロに傷ついたゼルセイヴァーの前に、なんと! 新たなロボが登場する! そう、2クール目後半によくある乗り換えイベントだ!」


 リルケはぽかんとしてしまった。

 だが、喋り出したらアスミは止まらない。


「燃えるだろ、最新鋭の二号ロボ! 乗り換えロマンはオトコの夢なんだよ!」

「え、えっと、それは」

「それだけじゃないぜ! その二号ロボは最強だが、ラスボスを前に負けそうになる」

「そ、そうなんですか?」

「ああ! そういう展開が燃えるんだ! その時……修理されパワーアップしたゼルセイヴァーがやってきて、俺たちは再び乗り換えて初代ロボでラスボスを倒すんだ!」

「は、はあ」

「くーっ! 燃えるぜぇ! ……とまあ、俺ってこういう異常性癖? の人間なんだよ」


 そう、ルリナと愛し合ったし、リルケと今は絶対の信頼で結ばれている。

 でも、基本的にアスミの極端に先鋭化した愛は全て、ロボットとそれに関するもの、ロボットアニメに注がれていた。

 そのことを正直に打ち明けた。

 自分はどうしようもないロボオタで、女の子を大事に思っても上手くできないと。ルリナは苦笑しつつ受け入れてくれたが、普通の女性はキモいと思うし、アスミにもその自覚があった。

 だが、リルケは不意にプッ、と吹き出し笑い出した。


「よくわかりませんが、マスター。マスターはあの子を……ゼルセイヴァーを愛してくださってるんですね」

「当然だ! 我が子も同然、我が身も同じ! あいつとリルケとで俺はやるぜ……この星を、惑星ゼルラキオを救う!」

「なら、私は嬉しいです。私より我が子を愛してくれるマスターを……私は誇りに思うのです」


 互いに寄り添い、肩を抱き合って朝を迎えた。

 だが、次の瞬間に魔王城を衝撃が襲う。轟音と共に激震が走って、新たな戦いの火蓋ひぶたが切って落とされるのだった。

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