第25話「――実装、それは優しい暴力装置」
捕虜の全てを解放した日、その夜……星明りの照らす城の中庭にアスミはいた。
そこは天然の
まあ、北国特有の冷たい夜風を浴びれば、人肌が恋しくもなる。
だが、アスミには急いでやるべき重大な仕事があった。
そしてそれを完遂した今、誇らしげに相棒を見上げる。
「よしっ、こんなもんか! ……格好悪いか? すまん、ごめん。でも、ゼルセイヴァー……お前は俺が夢見て生まれたスーパーロボットだ」
だから、常に自分より強いものを倒して、世界と民の平和を守らなければいけない。そうでなければ、スーパーロボットたりえないとアスミは思っていた。
だからこその仕様を、なけなしのMPを使って実装する。
これでもう、ゼルセイヴァーは群がる歩兵に悩まされることはない。
そう思っていると、深夜の中庭に意外な声が響いた。
「ほう、対人兵器の装備か? どんな巨象も
慌てて声に振り向くアスミ。
気配はなかった。
むしろ、誰もいないと安心していたのもある。
だが、仮にも
そう、現れたのは傭兵のアラド・グシオンだった。
「え、えっと、アラドさん、だったっけ? ど、ども、こんばんは」
「ああ、こんばんは。因みにお前は今、この瞬間までで28回死んでいる」
「……28回も見逃してもらった、その意味は?」
「いつでも殺せる相手を焦ってしくじることの方が恐ろしい。お前をもし殺したら、あの魔王は……魔女王リルケレイティアはどう思うだろうな」
「あ、はい……修羅場、ってか世界大戦レベルの大戦争になりますね」
「そういうことだ」
このグシオンという男、それが由緒正しき家名だ。かつてこの星に呼ばれた108人の勇者の末裔、今は72家しか残っていない血統の持ち主なのだ。
その力は、一人の人間として並外れている。
アスミは唯一、自分が負けるとすれば彼一人だと思っていた。
たった一人の傭兵が、無敵の魔女王を動力部とするスーパーロボットに勝るとも劣らない戦いをする。互いに激突すれば、勝敗は五分五分に思えていた。
「で? ワン・オー・ナイン。お前はどんな対人兵装を装備させたんだ?」
「ああ、うん。……それ、直接俺に聞くのか? 敵のお前が?」
「今は契約が切れてフリーの身だ。だからお前はまだ生きてる、違うか?」
「……だよなあ。アラドさんなら一瞬で俺を殺せるもんな」
「そういうことだ。だが、この神像じみた機動兵器はいい。黄金の女神像にも見えて、胸に
「それに?」
「高く売れそうだ。もしお前を殺すことがあったら、コイツはどこぞの王室で調度品になるんだな」
「待って、それは駄目! ロボットを動かさず戦わせず飾るの、俺はいっちゃんヤなの!」
不思議な男だった。
あまりにも危険な傭兵、こうしている今もいつ殺されてもおかしくない。
最低限の警戒はしているのに、不思議と雰囲気が柔らかく弛緩してゆく。まるで、長年の親友と喋っているような気がするのだ。その気にさせてしまう不思議な感覚をグシオンは持っていた。
グシオン家のアラド……警戒すべき強敵なのに、不思議と心を許せてしまう。
そのアラドが、近寄り隣でゼルセイヴァーを見上げる。
「このサイズの機動兵器……人の姿を象っているのは無意味で非効率だが」
「なっ、なにおう! お前、スーパーロボットを根本から否定するようなことを」
「だが、この珍妙極まりない機動兵器は、美術品のような姿をしていても……騎兵や戦車に勝る戦闘能力を秘めている。ふむ、散弾とかか? ミリ単位の鉄球を無数に吐き出す、いうなれば
アラドはどうやら、ゼルセイヴァーの新装備に興味津々のようだ。
そして、それを問われて興奮しないロボットマニアなど存在しない。待ってましたとばかりに、アスミは解説を始める。
「ふっふっふ! 俺とリルケのゼルセイヴァーには、そんな悪趣味なものはないっ!」
「じゃあ、あれか……南の大陸でも最近研究されてる、光学兵器……対人ビームのブラスターとか、レーザー兵器か」
「とんでもない! そんなの浴びせたら人は死んじゃう。人間って、簡単に死んじまうんだ」
「……そう、だな。それをわかってるのか、お前。フッ……妙な男だ」
「まあ、聞いて驚け! 対人兵器は、この路線だっ!」
アスミは義手と一体化した腕時計型のコントローラーを操作する。
小さく
同時に、胸に飾られた六枚翼の天使像から……突如として強烈な突風が吹き出した。一応、設定では風速60mにしてあるし、強弱の調整も可能だ。
ただの強風、空気の渦が逆巻く中でアラドも顔をしかめて腰を落とす。
だが、そんな彼もアスミと一緒に内庭の済へと吹き飛ばされた。
「ど、どうだ! これなら死なない、死ぬリスクも少ないだろ?」
「……フッ、フハハ! フハハハハハハ! お前は馬鹿だな、アスミ!」
二人で城壁に叩きつけられながらも、不思議と笑いが飛び出た。
そう、これがアスミの理想の対人兵器。炸薬で無数の鉄球が飛び出すクレイモアでもなく、熱源を探知して自動で撃ち出されるビームでもない。
もともとゼルセイヴァーは、人間を蹴散らし
この星のマナを食い尽くし、科学技術で軍事力を膨張させる現人類への
「まったく、妙な男だぜ。人を殺さぬ対人兵装、そんなものは兵器とは呼べん」
「あ、待てよアラド。もう一つあってな。せーのっ、ポチっとな!」
「ぐおおおおおっ! な、なにを――先に言え、やる前に言えっ!」
今度は、ゼルセイヴァーの胸部から熾天使が水圧を浴びせてきた。その目から、苛烈な水流がアラドに浴びせられる。
目からビームならぬ、目からウルトラ水流。
これもまた、アスミが実装した対人用の装備だ。
古くから、暴徒の鎮圧には水流攻撃が用いられる。
鍛え方が違うのか、これを浴びて尚もアラドは立ち上がった。
「なるほど、風圧と水圧……あくまで近寄る人間は排除するが、殺す気はないのだな」
「そりゃそうさ! スーパーロボットって、ヒーローなんだぜ?」
「だが、先の戦いは見事だった。……南大陸の
「あ、そうそう、それ! その話を聞かせてくれよ。北のジルコニア大陸と違って、南は半世紀先をいってると聞いた。一口に戦車といっても、性能がダンチなんじゃないか?」
アラドは黙って頷く。
そう、今日の昼に捕虜になったキマリスたちから聞いた。
この北大陸は、辺境各地に内乱や内戦を抱えながらも、ジルコニア王国が統治している。その文明は地球で言えば、19世紀末から20世紀初頭……贔屓目に見ても、地球の第二次世界大戦当時のレベルである。
だが、南の大陸に位置するアスラント帝国は、もっと科学技術が発達しているらしい。
その差、半世紀……それは戦闘機に例えるなら、レシプロ機とジェット機ほどの差がある。
「北のジルコニアでは、戦車の主砲は滑空砲だ。だが、南のアスラントじゃライフリングのあるガンランチャーを採用している」
「なるほど。あ! お前の武器も全部南のアスラント製だな? ライフリングの入った対物ライフルなんて、こっちの大陸じゃお前しか使ってないだろう」
「まあな。それに、南じゃ走行射撃の命中率もほぼ100%だし、今はもっと次世代の戦車も開発されている。原子炉で動くレールガンが主砲の超重歩行戦車とかな」
「……なんでそんなもん作るかなあ。えー、マジでー」
「マジだ。だが、お前は戦うんだろう? このゼルラキオという星の生命が尽きる前に」
「おうよ! リルケやジルも協力してくれてる。俺は……今度こそ、星を守りたい」
思い出されるのは、地球での記憶。
スペースアテナに転生させられたが、本当にアスミは地球を守るためにスーパーロボットに乗ったのだ。正式名称よりも心に刻まれた魂の名を思い出す……その名は、テラセイヴァー。
だが、そのテラセイヴァーもこちらの世界に転移してきている。
しかも、その残骸の大半を南の大陸がせしめているというのだ。
南のアスラント帝国が、急激に科学技術や軍事力を高めた理由が今ならわかる。連中は、残骸になったテラセイヴァーを回収し、その分析と解析でオーバーテクノロジーを手に入れたのだ。
「さて、馬鹿も見終えたし、俺は帰るとするか」
「あ、ああ。なあ、アラド・グシオン! お前さ……俺たちの仲間にならないか?」
「おいおい、傭兵を甘く見るなよ。俺は高いぜ? ケツの毛まで抜かれちまうさ」
「それでも構わない。お前の力も凄いが、なんだろう……お前には、俺たちと相反して争う理由がないようにも思える。それこそ金なら」
「その先は言うな。俺もわかってる。だが……俺は戦士、一人の男として思うんだ」
去りかけたアラドは、黄金に輝くゼルセイヴァーを見上げて僅かに微笑む。
「俺は、一人の傭兵として、お前のこの
それだけ言うと、いかにも手慣れた様子でアラドは去ってゆく。リルケの張り巡らせた結界など、意に返さぬような気楽さだ。
だが、去り際に彼は肩越しに振り返り、ニヤリとアスミに笑いかけた。
「突風を出すなら、ある程度は熱風でもいいだろう。軽い火傷で怯む程度にしてみろ。逆に、放水で歩兵を叩くなら……うんと冷たい冷水を浴びせてやれ。温度差で戦意が
それだけ言って、アラドは姿を消した。
アスミは不思議と、この妙な傭兵が敵には思えない……今後戦うことがあっても、その勝敗が最後の結果にならないような気がしていた。
早速アスミは、残ったMPで対人兵器を再設定する。
そうしてふらふらに疲労困憊になって、今宵もリルケの待つ寝所に戻るのだった。
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