第24話「――謁見、それは魔女王の主」

 アスミは証明した。

 巨大ロボットは、戦車よりも強い。

 だが、不満もあるし納得はできていない。

 もし、例えば相手の戦車がアスミの時代、新暦0000年の第七世代型歩行戦車だったらどうだろう。多脚で蜘蛛くものように小回りがきいて、熱核ホバーで高速移動する戦車だったら?

 そう思うと、今日はやはり不完全燃焼だ。


「それに、まだまだゼルセイヴァーには改良の余地がある」


 一人頷き、思考を巡らせる。

 今のゼルセイヴァーでは、火力が高すぎる。必殺の目からビーム、ゼルセイヴ・ビームでは森ごと戦車の全てを溶けた鉄に燃やし尽くしていただろう。

 さりとて、対人兵装を装備するのもなんだか気持ちが悪い。

 歩兵や戦闘車両をあしらうためだけの武器は、今後必要になるとしてもだ。

 鋼鉄のベアリング弾を散弾のごとくばらまく対人地雷クレイモア有象無象うぞうむぞうを薙ぎ払う大口径のバルカン砲。どれもお約束かもしれないが、アスミは気が引けた。

 自然を守るために戦い、なるべく死人が出ないようにする。

 そうして、戦争三昧の大国を止めるのが戦いの目的なのだから。


「どうしました? マスター。なにかお考え事ですか。もうすぐ捕虜が連行されてきます」


 ふと気付けば、すぐ近くでリルケの声がした。

 今、城へと帰還したアスミは何故なぜか、玉座に座らされていた。

 本来この座は、魔女王ロード・オブ・ウィッチたるリルケの玉座である。

 だが、そのリルケのマスターなのだからと座らされているのだ。


「な、なあ、リルケ」

「はい、マスター」


 すでにスライム君に頼んで、アスミはパイロットスーツを脱いでいる。義手を通して伝えた情報は、上下揃いのジャージ。いわゆる部屋着で落ち着くのだが、まさか玉座に座らされるとは思っても見なかったのだ。

 かたわらのリルケも、いつもの威厳ある魔王の装束に着替えている。

 闇夜と暗黒が紡がれ彩られた、あらゆる光を吸い込むような漆黒のドレスだ。


「あ、あの、ここにはやっぱりリルケさんが座るべきじゃ」

「いいえ、マスター。私は既にマスターの下僕しもべ。それはつまり、我が下僕も全てマスターの下僕ということです。……ああ、来ましたね。お疲れ様です、ナル」


 ナルが、一人の男を連れてきた。

 この場には、ウイやジルも揃っている。

 謁見の間と化した玉座の前で、両腕を拘束された男が目の前に膝をついた。

 先程の戦車部隊を引き連れいていた、キマリス・ド・ギュスターヴ伯爵とかいう転生勇者の末裔である。

 生かして捕らえたからには、殺しはしない。

 ただ、必要な情報を聞き出すまでは、自由にする訳にもいかなかった。

 玉座に肘掛けに腰掛け脚を組み、アスミに身を寄せながらリルケが言の葉を紡ぐ。それは本当に、魔王の威厳に満ちた残酷で恐懼に満ちた声音だった。

 アスミは勿論、それが作られた声色だと知っている。

 現実のリルケ、素顔のリルケは恐怖の魔女王などではないのだ。


「さて、人間。忌むべき転生勇者の末裔よ。まずは貴殿とその部下の生命を保証する。その確約を得たくば、我らの求める情報を知る限り話すのだ」


 そう、戦闘において最も大事なのは情報だ。

 アスミはまだまだこの惑星ゼルラキオの現状を知らないし、400年間死んでたリルケもその仲間たちも把握できていない。

 キマリス伯爵は忌々しげに舌打ちして俯いたが、ゆっくり喋り出した。


「なにが知りたい? 部下の命が助かるなら、なんでも話そう。ただ、私にもジルコニア王国に仕える軍人としての矜持きょうじがある。答えられぬことは我が命であがないたい!」

「殊勝な心がけです。その首一つで残りの全員を助けること、まずはそれをこの魔女王リルケレイティアが約束しましょう。で、マスター。なにから聞き出しましょうか」


 謎は多く、あまりにもアスミはなにも知らなすぎる。

 そもそも、ジルコニア王国なる超大国の北方辺境に、封印されし禁地としてこの土地があるのだ。その外の世界はどうなってるのか。

 まずはそれを問いただす。

 現状、北側のこの大陸にはジルコニア王国意外にはどんな勢力が存在するのか。

 そして、その価格文明のレベルはどれくらいなのか、勇者の末裔はどうしているのか。


「えっと、キマリスさん。まず、俺たちはこれ以上だれも殺さない。そのうえで、可能な範囲で教えてくれ。ジルコニア王国の統治、この北大陸が現在はどのような情勢なんだ?」

「……我らが勇者の末裔、72の氏族のうち28の家がジルコニア王家に仕えている。現状、北大陸はジルコニア王国が全てを平定している……ように見えるが、各地に少数民族の反乱、エルフやドワーフといった古代の種族の動乱を抱えている。複数の内戦を抱えた北大陸の支配者、それがジルコニア王国だ」

「なるほど、わかった……エルフは兵たちのなぐさみものになってたな」

「既に魔法が衰退した今、エルフは脅威ではない。美を貫く久遠くおんの肉奴隷……そんなとこだろう。私も今までそう思っていた。今日、先程、今この瞬間までは」


 ちらりとキマリスはジルを見やった。

 エルフの女王、ハイエルフ……ジュゼッティルはあまりにも強すぎた。こんな星の力が弱まった時代でも魔法を使えるだろうし、弓と剣の名手なのである。

 そのジルが両の拳を握ったまま、無表情でキマリスを睨んでいる。

 無理もない、彼女の同胞は男も女も美しき性欲のはけ口として使われてきたのだ。人間にはありえない美貌、そして不老……長寿なその寿命の大半を美男美女として過ごすのがエルフである。ジルコニア王国は数の減ったエルフを集め、兵たちのなぐさみものにしていたのだ。

 だが、まずはその怒りをアスミは腹の底に鎮める。


「次の質問だ、キマリスさん。109人目の転生勇者……ワン・オー・ナインの予言ってのはなんなんだ?」


 その言葉に、キマリスは目を見開く。何かを話そうとする唇が振るえていた。

 だが、彼は奥歯を噛みしめるように低い声を吐き出す。


「我らが始祖は皆、地球と呼ばれる惑星から召喚されし転生勇者だった。その数、百と八人。それぞれが超常の力を持つ異能の戦士、無敵の救世主だったのだ。だが――ッ!」

「だが? えっと、今は途絶えた血脈もあって、72の氏族なんだっけか」

「左様! だが、七人の魔王セブンスを倒して世界を救った我らに、恐るべき予言が残された」


 ――109人目の転生勇者が現れる時、世界のことわりは激変する。

 そして、109番目の転生勇者とはすなわち、スペースアテナに連れてこられたアスミのことだった。魔王討伐と平和の訪れ、そして産業革命による近代科学の時代が続いて400年……アスミが来たことで、生きながらえてる勇者の末裔、72の血族が動き出したのだ。

 なるほどとアスミは、以前と変わらぬ情報量にまずはこの件を棚上げにした。

 それよりもっと、聞き出さねばならないことがある。


「えっと、じゃあ次ね。キマリスさん、ジルコニア王国の兵力、軍事力が知りたい。騎兵がまだ現役で、極めて初歩的な戦車部隊がある。戦艦や飛行機は? 航空戦力を持っているなら、海軍に航空母艦があったりするのかな?」


 アスミの住む地球は、大昔に何度か世界大戦を起こしている。

 その初期に登場した戦車よりは、ジルコニア王国の戦車部隊は高性能だった気がする。なにより、キマリスの指揮はあの時点でベストな判断だったし、彼が優秀な軍人だというのも納得できた。それは転生勇者の血筋というよりは、彼自身の努力が大きいと思う。

 なら、他の空軍や海軍はどうだ?

 超大国ジルコニア王国は今、どれだけの軍事力を持っているのだろうか。

 それを聞かれたキマリスはしかし、即答する。


「我が祖国をおとしめるような情報は開示できない。知りたくば我の首を斬るがいい!」

「あ、うん……それは、ちょっとなあ。嫌だよ。武人系キャラ押し通されたら、まいっちゃうな。キマリスさんさ、帰れば家に家族もいるだろうし、部下にも慕われてたじゃん」

「……妻と三人の息子がいる。だが、軍人として信念を曲げるわけにはいかん!」


 すぐ横で見ていたリルケが、ちらりと視線で語りかけてきた。

 アスミにはそれが「まあ、じゃあ殺しますか?」というクエスチョンに感じた。だから首を横に振って玉座から立ち上がる。

 体温を惜しむようにリルケが手を伸べてきたが、そっとそれを避けて歩み出た。

 ひざまずくキマリスの前にアスミもまた、目線を並べて片膝をつく。


「さっき、あんたと戦ってだいたいはわかってる。確認したかっただけさ」

「……ぐっ、ぬぬ……貴様……呪われし、ワン・オー・ナイン」

「そういうの、結構俺的には燃えるんだけどね。でも、無理に答えなくていいし、返答を拒んで死ななくてもいい。次で最後の質問だし、終わったらみんなで帰ってくれていいよ」


 ただし、今後亜人やモンスターをみだりに殺すようなら、真っ先にジルコニアの王都を灰燼かいじんに帰す、灰すら残さず地図から消すとアスミは言った。

 勿論、ハッタリだ。

 無辜の民は殺せないし、今のゼルセヴァーの火力ではちょっと難しい。

 だから、最後の質問をしてキマリスに手を差し伸べる。

 自ら立ってキマリスを立たせると、手に手を重ねてアスミは本音の本心を吐露した。


「あんたのような武人と戦えたことを誇りに思う。以後のあらゆる自由を保証するし、決して殺したりしない。仲間にたのんで、生存兵は王国に帰ってもらう」

「き、貴様は……貴様は本当に、第八の魔王とさえ言われたワン・オー・ナインなのか?」

「わからないんだよねー。ただ、帰ったら王様にでも伝えてくれ。もう、この星は……惑星ゼラルキオは持たない。身勝手な開発と戦争を繰り返していたら、星自体が滅ぶ」

「……なんと。いやしかし……」

「ま、心の片隅にでもとめといて。それで……南大陸の話、知ってたら教えて」


 そう、この惑星ゼルラキオは南北にわかれた巨大な大陸で形成されている。北大陸の大半はジルコニア王国が支配しているが、反抗勢力は各地に点在しているらしい。

 では、南大陸は?

 この異世界の半分、南に広がる大陸にはどのような事情があるのだろうか。

 それを問いただした問、キマリスは苦悶に唇を閉ざして目をつぶった。

 だが、それでも最後には、アスミの誠意に誠意をもって応えてくれたように思えた。


「これは、独り言……あくまで独り言。南大陸はそのほぼ全てがアスラント帝国によって支配されている。そして、悔しい話だが……アスラントの軍事技術は、我らジルコニアの半世紀先をいっている。……奴らはあれを掘り出し、研究してものにしたのだ」

「あれを? あれって」

「異世界から飛来した謎の機械、全知全能の兵器……破壊されててもそれは、それ自体が技術と知識の宝物庫! 我らジルコニアにも破片はあるが、あれは……」


 そして、アスミは驚きに目を見張った。

 突然の話に驚愕し、以前の過去が脳裏に蘇る。自分が本来、母なる地球を守るテストパイロットだと思い出さされる。

 そう、キマリスは言った。

 巨大な人型のオーパーツ、

 その名は、テラセイヴァー。

 朽ちて破壊された姿で南大陸に突如現れた、オーバーテクノロジーの塊だ。

 その残骸を調べ尽くしたアスラント帝国は、ジルコニアの半世紀先をゆく技術力を蓄えつつあるという。

 アスミは突然の愛機との再会に、見れなく触れれられない伝え話の中で血を熱くするのだった。

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