第23話「――密林、それはエルフの花園」

 眼の前に今、鬱蒼うっそうと茂る原生林が広がっている。

 この森を越えれば、先日破壊した砲台陣地がある。今は砲台跡地というか、ジルコニア王国が放棄したため廃墟となっているが。

 だが、アスミはここにきて森への侵入を躊躇ちゅうちょした。

 戦車の大半は破壊したが、残存兵力が待ち伏せをしていることは明らかだから。

 そんなアスミを股の中に見下ろし、リルケが小首を傾げる。


「マスター、進みましょう。ぼんやりとですが、敵意の反応が多数残っています」

「ん、それなんだけど……待ち伏せしてると思うんだよ」

「では、森ごと焼き払いますか? それも、ちょっと……とは思うのですが」

「ああ、それはまずいよな。環境破壊の戦争野郎たちと戦ってるのに、俺達が自然を壊しちゃなあ」


 それに、この森はリルケの領地でも貴重な資源だ。北方に広がる彼女の土地は、そのほぼ全てが凍土と氷に閉ざされているのだから。

 閉ざされていた、という表現が正しい。

 リルケが死んでた400年で、人類は科学文明を貪るままに戦争を重ね、星のマナは尽きかけている。この地も本来、こんなに温暖な筈ではないのだ。


「待ち伏せしてる戦車は手強い。っていうか、基本的にこの時代の戦車は『』ってのも本来の戦術だからな」


 そう、強力な火砲を搭載し、塹壕ざんごうを突破する戦車によって地上戦は様変わりした。当然のように敵も戦車を持ち、戦車同士の戦いが増えたのだ。中には、戦車を倒すための専用戦車、駆逐戦車なんてものも存在する。

 そうした対戦車戦の基本は、実は待ち伏せである。


「遮蔽物になりそうな地形に潜んで、主砲を俯角ふかくに構えて集中砲撃。これが怖い」

「フカク、というのは」

「ああ、主砲が上方向に角度を取るのが仰角ぎょうかく、逆に下げると俯角だ。つまり」


 リルケは「ふむ」と唸るや、形良いおとがいに手を当て考え込む。

 その姿を見上げれば、思慮深く理知的に見える美貌は胸の谷間でハッとする。どうやらなにかに気付いたようだ。


「例えばそう、小さな丘とか、そういう地形の奥に身を隠す。そして、例の火を吹く長竿ながざおだけを出して攻撃するのですね。ちょうど、そう……こういう感じで」

「あ、うん……だいたいあってる」


 見下ろしてくるリルケが、たわわな胸の双丘の上に手を隠し、そこから人差し指だけをアスミに向けて突き出す。物わかりが凄くいいのに、どうにもこの人は羞恥心が鈍い。

 けど、理解力は抜群で、つまりそういうことだ。

 あと、竿っていうのはちょっと辞めてほしい。


「今、森に入れば……こちらから攻撃できないポジションから、一方的に砲撃を受ける」

「大丈夫です、この子は耐えます。出力を調整してるので、私にもダメージは届かないでしょう」

「いざとなったら自動でクラッチが切れるしね。問題は、どう倒すかだなあ」

「ゼルセイヴ・ビームでは火力が高過ぎて森が危険ですね」


 だが、悩みはすれども選択肢は一つだ。

 静かにアスミはゼルセイヴァーを前進させる。

 レーダーの反応はあるが、とにかく目視では全く敵が見えない。

 そして、レーダーの精度もイマイチで、ここは一度本気で改修する必要があった。

 あとは、こうした時に使う「程々の火力の武器」も装備させたい。

 そんなことを考えていた時だった。


『今だっ、全車! 撃てぇい!』


 センサーが裂帛れっぱくの声を拾った。

 同時に、前方180度全てから砲弾が襲い来る。

 もろに直撃を被ったが、そこはやはり出力を抑えていても魔王の玉座である。ゼルセイヴァーは傷一つつかない。さりとて、反撃にちょうどいい武器もなかった。

 一両ずつ踏み潰してやってもいいが、逃げ遅れた人間は圧死するだろう。

 もともと戦車は、突然の攻撃に車外へ迅速に出られるようにはできていない。

 激しい砲火と黒煙にまみれつつ、とりあえずゼルセイヴァーは腕組み不動の構えで耐えた。


『撃ち方、やめっ! ……や、やったか? 目標を確認するんだ!』


 あーあ、言っちゃった。

 アスミな内心、それは死亡フラグだから言わないほうがいいぞと思った。やったか! はロボットアニメでは必ずと行っていいほど『やれていない』というのがお約束である。

 そして、密林の中で空気が清浄さを取り戻した、その時。

 威風堂々、傷一つないゼルセイヴァーの金色が木漏れ日を拾って輝いた。


『くっ、駄目かっ! なんてやつだ……金巨神め!』

『キマリス隊長! やはり奴は、忌まわしきワン・オー・ナインは! ――っぐ!』


 動揺した戦車兵の一人が、突然黙った。

 そして、喉から血を溢れさせたまま砲塔の上に突っ伏す。

 キマリス・ド・ギュスターヴ伯爵なる勇者の末裔が、息を呑む気配が伝わった。

 そして、典雅てんがな声が響き渡る。


『森は我が民の地、民そのもの……観念なさい! その鉄の箱から出てくるのです!』


 ジルだ。

 いつのまにか、周囲の木々、枝という枝にエルフたちがいた。

 皆、手製の弓を手に持っている。

 そして今……ゼルセイヴァーの肩にエルフの女王が降臨していた。ジルは白銀に輝く弓を背負い直すと、すっと跳躍。そのまま、先頭の赤い戦車に着地する。

 やはり、デコボコした地形のくぼみを利用し、車体を隠しつつ砲を突き出している。

 軽い身のこなしでジルは、そのTの字になった砲の先端に立った。


『なっ! き、貴様は!』

『我が名はジュゼッティル、エルフの中のエルフ、ハイエルフの女王なり!』

『なっ、あ、あの……封印戦争で勇者たちと戦った、あの!』

『それも今は昔。よくも同胞をなぐさみものにしてくれましたね。死を持って償いなさい!』


 ジルは腰のレイピアを抜いて構えた。

 基本的にはエルフは、魔法や弓といった遠距離攻撃を好む。だが、もうすでにこの惑星のマナは枯れ果て、魔王レベルのMPでもなければ魔法攻撃は難しい。

 だが、ジルの手慣れた所作や構えに、思わずアスミはモニター越しにステータスを確認する。義手の手首にPi! と音が走って、視界にエルフの女王の全てが映り込んだ。



 職業:エルフクィーン(ユニークジョブ)


 スキル1:魔弾の射手ザミエルシュートA++


 スキル2:精霊魔法エレメンタルマジックEX


 スキル3:ハイエルフの叡智えいちEX


 HP352:MP1,487


 腕力101:体力121:瞬発力812:知力818:精神力865:運命力219



 リルケほどではないが、強い。

 特に、このMPなら魔法が、それも最高ランクの精霊魔法が使える可能性がある。だが、今の彼女は流麗なる剣士。優雅に赤い砲身を歩いて、レイピアの切っ先を敵へ向けて構えた。

 応じるように、一人の漢が出てきてヘルメットを捨てる。

 例のキマリス伯爵とかいう戦車隊長だ。

 壮年のがっしりした体つきに、強面の髭面である。


『エルフ風情ふぜいが……我が転生勇者の血統に楯突く気か!』

『そう、かつて108人の勇者たちが、わたくしたちエルフと共に魔王と戦いました。ですが、その勝利の先にあったのはなんです? 何故なぜわたくしたちは奴隷のごとき扱いを』

『兵の慰安にはうってつけだった、それだけだろうな。運命さだめだと思ってうけいれるといい。その美貌と不老長寿は人間にとっては、嫉妬と羨望せんぼうの塊なのだから!』

『運命ならば切り開きましょう……さあ、お相手よろしくて?』


 伯爵が腰の拳銃を抜いた。

 まずいとアスミが思ったが、頭の上に柔らかい感触がむんにょり乗っかってくる。前のめりに決闘を見守るリルケは、余裕の表情だった。


「マスター、心配なきよう……森の中でエルフが負けることはありません」

「でも、相手は銃を持ってる」

「それでもです」

「あと……なんでジルさん、あんなに薄着、っていうかビキニアーマーなの!」


 そう、まるで下着か水着だ。

 世にいう、ビキニアーマーとかいうやつである。

 防御力は勿論もちろん、見た目だけはゼロに等しい。

 だが、それがエルフたちの戦いの装束らしかった。


「エルフは森の中では、肌であらゆる森羅万象しんらばんしょうを感じ取ることができるのです」

「そ、それで、あのエグい露出なの?」

「ええ。森の中でエルフと戦う、これは七大魔王でも骨の折れる難儀なものです。なにせ、巨大な魔物の腹の中で戦っているようなものですから」


 だが、リルケはフフンと小さく笑う。

 まるで「まあ、私なら負けませんが」とでもいいたげだ。

 そんな魔女王ロード・オブ・ウィッチ様は、遠慮なく上から密着してくる。

 互いのパイロットスーツ越しに、柔らかな体温が頭に浸透してきた。

 そして、決闘は一瞬でケリがついた。


『なっ、なにぃ!? ばかな……剣で銃弾を切り払っただと!?』

『風が、空気が、緑が教えてくれますわ。さあ、覚悟なさい!』


 伯爵は弾が切れてなおも、カチカチと無我夢中で銃爪ひきがねを引き絞っていた。

 だが、放たれた弾丸は全て、ジルのレイピアによって弾かれる。周囲の戦車兵も、機関銃を使うことすら忘れて恐怖に凍っていた。

 これが、森の女王……エルフの女王の恐るべき力。

 最後に彼女は、伯爵の喉元に切っ先を突きつけ、降伏を迫るのだった。

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