第22話「――塹壕、それはつわものたちの墓穴」
その夜、作業は極秘裏に行われた。
アスミはゼルセイヴァーが使うサイズのスコップを作ったし、他にもオーガやサイクロプスといった、いわゆる避難民の大型モンスターたちも手伝ってくれた。
そして今、日が昇る。
だが、アスミたちはその朝日も刺さぬ地の底にいた。
深夜の突貫作業を指揮してくれたのは、ジルだった。
その声が、凛として静かに響く。
「皆様、ご苦労さまですわ! これより敵軍を待ち伏せし、この場で
そう、また戦車部隊が攻めてくるであろう、魔王城とその城下町の南に広がる大平原。そこに今、東西に半島を分断するような長い長い溝が刻まれていた。
それはまさに、ゼルセイヴァーでもすっぽり入れるサイズの
塹壕を突破するために開発された兵器、戦車。
それを倒すためにアスミが考えたのは、塹壕を掘るということだった。
そして、ジルは言葉に熱を込める。
この場には今、弓を携えた多くのエルフが集結していた。
中には、ハーフエルフやダークエルフも混じっている。
「皆様、既に星のマナは枯れ尽きつつあり、もはや我々が太古の魔法を振るう力もありません。ですが……それでもまだ、戦わなければいけませんの」
ジルもまた、自作の弓を背負っている。
エルフは長寿で魔力が高く、さまざまな魔法を駆使して戦う森の民だ。
同時に、弓矢の扱いにも長けた種族である。
だが、戦車にできなくて弓矢にできることは存在する。
そして、演説は次第に熱を帯びていった。
「かつて400年前、七大魔王との封印戦争で……わたくしたちエルフは人間側に付きましたわ。また、自ら
事実だ。
この惑星ゼルラキオの真実である。
そして、その歴史を今は全ての者たちが背負っていた。
それが覚悟、歴史を否定するものに未来は訪れない。
「そして、人類が勝利して400年……わたくしたち亜人は迫害され、人間との間に生まれたハーフエルフもまた忌み嫌われましたわ。人間たちは科学を発展させ、今度は自分たち人類同士で戦い始めた。この愚挙に星は今、泣いています。その涙を止めるのが、わたくしたちですの!」
巨大な塹壕の空気を揺るがすように、誰もが拳を振り上げ足踏みに地が揺れる。
「いずれわたくしたちエルフも滅び、魔物も消えてこの世界は人間のものになるでしょう。ですが、それは今ではありませんわ! 今日、この日この時この瞬間は……絶対に人間の横暴を許してはいけませんの! さあ、同胞たち! 肌の違いを乗り越え、弓を手に!」
アスミは少し、驚いた。
エルフの女王ジュゼッティルは、どちらかというと内政や調整役に力を発揮するタイプ、いわゆる文官型だと思っていた。
だが、今この場を支配するのは、偉大なるエルフの女王。
森の民を率いるハイエルフの戦士、それがジルだった。
コクピットの中で、ふふふとリルケも笑みを零す。
「私が死んでいた400年間、ジルは全然変わりませんね。彼女は強いですよ。強かった……難敵だったからこそ、味方になるととても頼もしい」
「そうです、ジル様は気高きエルフの長……魔法がなくとも大丈夫なのです!」
スプライトのチャリスも、周囲を飛び回りながら語気を荒げる。
アスミとしても、頼もしいの一言だ。
それに、勝利は確信できた。
ただ――
「それ、俺の決め
ゼルセイヴァーの新設された各種センサーが、振動と磁気反応を拾う。
それは、百を超える鋼鉄の獣が疾駆する音だった。
同時に、見張りに外に出ていたエルフたちが戻ってくる。
報告を受けたジルは大きく頷くと、自ら弓に
「皆様、敵の攻撃はけっしてここには届きません! ですが、わたくしたちの矢は届く……今こそ風に耳を傾け、空気を肌で読むのです。イメージなさい……敵が見える
排気ガスを撒き散らすエンジンの音と、大地を削るキャタピラの悲鳴。
それがすぐ近くでピタリと止まった。
敵兵たちが混乱する声がしっかりとスピーカーに入ってくる。
『キマリス伯爵! これ以上の前進は不可能です……や、山が! 丘が一晩で!』
『その奥は渓谷になっています! こ、これは……巨大な塹壕!』
『我、前進不能! 前進不能、指示をこう!』
『おのれぇ……これが予言されし災厄、ワン・オー・ナインの仕業だというのか』
そう、巨大なロボットサイズの塹壕。
それは、通常の戦車が突破できる規模を超えていた。
ゼルセイヴァーが乗れるサイズの戦車があれば別だが、そんなものは存在しない。あるとしたらもう、それは地上戦艦とでも言うべき規模の化け物だろう。
そして、敵の戦車部隊が足を止めた、その時だった。
天へと狙いを定めて、ジルの声が走る。
「皆様、今です! 狙うは戦車長! 火矢の部隊は鉄の気配の前面へ!」
エルフたちは森の民、風と語らい大気の歌を聴いて生きる種族だ。
たとえ魔法が使えなくとも、彼女たちには弓矢の技がある。
そして、目視できぬ相手の気配を、空気を通して察する力があった。
無数の矢が空へと放たれる。
それは上空で翻って、停車した戦車部隊へと降り注いだ。
言うなれば、
あっという間に悲鳴が響き渡る。
計算通りだとアスミは思ったし、首をかしげるチャリスをそっと肩に招く。
「大変! 兵隊さんたち大混乱してるよ? でも、なんで? 戦車って鉄の箱なんでしょ? その中にいれば安全なんじゃ」
「この時代の戦車は、事あるごとに戦車長が外に顔を出す必要があるんだよ」
「ほへ? どうして」
「勿論、各車で無線の通信はできる。だが、進軍や停止、現状確認や突発的なトラブル……こうした局面では、外に顔を出して目視をしなきゃいけないんだ」
そう、第二次世界大戦中の戦車は、まだまだ発展途上の兵器なのだ。
そのため、戦車長はほぼ常に外に身をさらさねばならず、結果的に狙撃される危険があった。実際、史実の第二次世界大戦での戦車長の死因第一位は、歩兵による狙撃である。
そして今、勇者の末裔たる指揮官と顔を合わせていた者たちに、矢の雨が降る。
その半分は火矢で、塹壕を前に立ち止まった戦車群の前に炎の壁を作った。
『くそっ、弓矢だ! こんな原始的な……!』
『65号車、戦車長が
『火だ、すぐに燃え広がるぞ! キマリス伯爵! ここは一時後退を』
恐らく、先日見事な連携を見せた戦車部隊の指揮官、それがキマリス伯爵なる人物だろう。ジルコニア王国に血を残した400年前の転生勇者、その
だが、今は生かして返さない。
ここぞとばかりにアスミはゼルセイヴァーを立たせる。
「いくぞ、リルケ! チャリスもしっかりつかまってろよ!」
塹壕とは、掘った土を前面に積み上げて山にする。
結果、掘れば掘るほど山が高くなり、防御力が高まるのだ。
まだ敵には、ゼルセイヴァーは目視できていない。
そして勿論、このまま隠れてちまちま戦うつもりはなかった。
アスミにとってゼルセイヴァーは愛機である以上に、亜人や魔族の希望たるリルケ、
ゼルセイヴァーは腕組みスラスターを蒸して上昇する。
それは敵から見れば、炎の中に浮き上がる黄金の
「くっ、ここは!」
「ど、どうしました? マスター」
「ガイナ立ちのロボは、デンドンデンドンって例のBGMが必要だった!」
「わ、訳がわかりません……が、前面に敵戦車部隊。全車両マルチロック、こうですね」
ずらりならんだ戦車の全てに、モニター上のマーカーが光って重なる。
腕組み佇んだまま、ゼルセイヴァーの瞳から苛烈な光が迸った。
それは現在、唯一にして絶対の必殺技、スーパーロボットのお約束だった。
「うおおっ! ゼルセイヴッ、ビイイイイイイイイイイムッ!」
アスミの雄叫びと共に、光が一瞬で全てを薙ぎ払う。
ワンテンポ遅れて、敵の戦車は次々と爆発した。
目からビームが出る、これぞスーパーロボット。
そして、ビームの照射時間と威力を調整すれば、リルケに負担をかけることなく複数の敵を同時に薙ぎ払うことができた。
ニ度、三度と死の光線が行き交う。
リルケがロックオンしてくれた順に、効率よく戦車が鉄屑となって爆散する。
『撤退、各車個々に応戦しつつ撤退! 作戦をプランBに切り替える!』
『了解! 前車、キマリス伯爵の言葉に続け! 後退』
『以前もやった三段撃ちにて下がれ!
よく見れば、一両だけ真っ赤に塗られた戦車がいる。
恐らくあれがこの部隊のフラッグ車、指揮官が搭乗している戦車だろう。キマリス・ド・ギュスターヴ伯爵……かつて救世主として召喚されし、転生勇者の末裔。
素直に武人の気骨をアスミは感じ取って、敬意を評した。
あえて、攻撃を辞めて一歩を踏み出す。
火の海となった平原を今、炎の照り返しに輝く金巨神がゆうゆうと歩いていた。
これ以上の犠牲は無用、殺傷は最小限……ゆっくり、追い立てるように歩く。
敵軍は例の三段撃ちを駆使しながら、統制の取れた動きで森へと消えてゆくのだった。
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