第17話「――決着、それは敵対」

 昔、昔、大昔のお話。

 イギリスとフランスの戦争は何度も休戦を挟みながら、実に百年にもわたって続いていました。それを悲劇に思った天使ミカエルは、


《あっ、スペースミカエルね! あいつ、結構趣味がアレっていうかー》


 うっさい、ちょっと黙ってろ、スペースアテナ。


《因みに今、アスミの脳に直接語りかけていまーす》


 いや、そういうのいいから……というか、そのカッコ使わないで、ふりがながバグるから。え? それテレパシーなの? ふーん、まあいいや、話を戻そう。

 天使ミカエルは、フランスの勝利のために聖なる乙女ラ・ピュセルつかわしました。

 救国の乙女は御旗みはたを手に、フランス軍を鼓舞します。

 そして、自らも最前線におもむいてこんなことを言ったのです。


「大砲にさ、鉄片てっぺんとかクギとかギュウギュウに積めて撃てばさ、かなりよくね?」


 そんなんだから魔女って呼ばれちゃうんですね……フランス兵や騎士たちもドン引きだったとか。

 そんなこんなで、対人兵器って怖いよねというお話でした。

 因みにその後、フランス革命で同じことをナポレオンがやってたりしますが、それはまた別のお話。めでたし、めでたし。




 ここまでが、リルケの危機に気付いたアスミの脳裏を0.2秒で駆け抜けた光景。

 そして実際、それはリルケに向けて殺意のかたまりとなって向けられていた。

 小さい砲が一つだけ残っていて、その近くには指揮官らしき軍服姿の将校がいる。戦時中の配慮からか階級章は見えないが、おそらくこの大砲陣地の司令官に違いない。

 その男が、振り上げた手で風きり号令を叫ぶ。


「よーしっ、撃てぇ! 魔王などもう、お呼びではないわい!」


 旧式にも見える小さな砲が火を吹いた。

 そして、飛び出してきたのは砲弾などではなかった。


「危ない、リルケッ!」


 思わずアスミはコクピットから身を乗り出していた。

 リルケは、その周囲の敵兵もろとも撃たれた。

 ぶちまけられたのは、まるで散弾銃ショットガンのように広範囲に飛び散る鉄のつぶて……それらは肌を食い破り、肉を穿うがち貫いて内蔵を引き裂く。それも無数の小さな致命傷となって。

 後の世に作られ、国際的に使用禁止になった対人地雷クレイモアの原理だった。

 敵将の顔に引きつった笑みが浮かぶ。

 そしてそれは、煙が晴れると同時に戦慄に凍った。


「……味方の兵ごと撃つなど、卑劣極まりない。それでもえある勇者のすえですか?」


 なんと、リルケは魔法の障壁バリアで全てを防いでいた。

 光り輝く粒子の壁が、敵兵をも守っていたのである。

 それを見て、敵の指揮官が絶叫に身を震わせる。


「くっ、クソッ! 白兵戦よーいっ! あの女を……自称魔王を名乗るあの女を、殺せ!」


 だが、兵たちはもう誰も動かない。

 彼らの士気はもう、リルケの圧倒的な魔力によって根こそぎ失われていた。

 しかも、部隊を指揮する司令官が、味方をも巻き込んで攻撃するのを見てしまったのである。これでは、命をはって戦えない。命令には従えないとアスミも確信していた。

 そして、静かに凍る無表情で、冷たい眼差まなざしの矢を射るリルケ。


「その腰の剣は飾りですか? 人間はもう、自ら手を血で汚すことすら忘れたのですか」

「くっ、うるさい! ええい、七十二勇家ななじゅうにゆうけが一つ、バルバドス家のグスタフ! 参るっ!」


 剣を抜くなり名乗りを上げて、男はリルケに突進してきた。

 とっさに、アスミは叫ぶ。

 とても心配だったから。

 そう、勝負はついた。

 もう犠牲はこれ以上必要ない。


「リルケ、殺すな! 殺しちゃ駄目だ!」


 その声に、優雅にリルケは振り向いた。

 すぐ目の前に、剣を振りかざした勇者の子孫がいるにもかかわらず。


「イエス、マイ・マスター。ご命令とあらば」


 次の瞬間。ばっさりと背中からリルケが切り裂かれた。

 ように、見えた。

 だが、真っ二つになった死体は静かに透けて、最後には空気に溶け消えた。


「なっ、残像!? 面妖な!」

「これが魔法です、勇者の末よ。かつては人類たちも使っていた、この星のマナによって生み出される奇跡」

「くそう、そっちか! 死ねええええええっ!」


 もはや勝負にすらならなかった。

 死神のような大鎌デスサイズを片手で肩に遊ばせながら、もう片方の腕をリルケは伸べる。

 あっという間にグスタフと名乗った男は、首元を掴まれ宙に吊るされた。

 あの細腕が嘘のような膂力りょりょく、恐るべき怪力だ。

 そして、何の感慨もなく静かにリルケが握力を強める。


「ン、ギ、ギギ、ガアッ!」

「我がマスターに感謝するのです。命までは取りません。即刻武装解除し、持っている情報を渡しなさい。……これでも私は400年ぶりの戦闘で、まだまだ本気を出せていません」

「そ、それは」

「マスターは殺すなとおっしゃいましたが、なにぶん400年ぶり……加減を間違えそうです」


 流石さすがにアスミが降りていって、そっとリルケの肩に手を置く。

 それでようやく、彼女は恐るべき魔女の仮面を脱いでくれた。

 手を放すと、崩れ落ちたグスタフとやらがが、必死で空気を貪っている。

 周囲の兵士たちは、次々と剣や銃、槍を捨て始めた。

 すかさずチラリと一瞥して、アスミはアスミなりにこの世界の文明を観察する。洞察力を総動員すれば、敵の装備を見るだけでだいたいのことがわかるだろう。


「以前の騎兵隊もそうだけど、やっぱり先込め式のマスケット銃だ。ふむ、地球だと19世紀初頭くらいかな? ただ、大砲は、この残骸は」


 既に全てが破壊された砲台は、どれも炎と煙の中で眠っていた。

 こっちは、第二次世界大戦で使われたものによく似てる。同じ銃砲でも、進化は地球とは微妙にずれているらしい。これは詳しく調べる必要がありそうだ。

 先程の砲撃はなかなかの指揮だったし、命中精度も高かった。コンピューターもないのに、正確に弾道を計算しての砲撃だったと思える。

 そのことについては、リルケが理由を教えてくれた。


「マスター。この男の家、バルバドス家は108人の転移者、勇者の末裔まつえいの一つのようですね。400年前、計算力と予知能力が高い勇者と戦ったことがあります」

「なるほど、その力が子孫のこいつにもあるということか」

「400年で勇者の血筋は72に減りましたが、力は継承されているといってもいいでしょう」


 他ならぬアスミ自身がそうであるように、この地で魔王を倒すために召喚された勇者は皆、神々からチートスキルをもらっている。

 このグスタフのご先祖様は、緻密な計算力、予知能力みたいなものをもらったのだろう。

 今更ステータスを読むまでもなく、アスミはそれよりリルケを気遣った。


「だ、大丈夫だったか、リルケ」

「ええ。かすり傷一つありません」

「びっくりした……寿命が縮んだよ。でも、凄いんだな、魔女王ロード・オブ・ウイッチの魔法は」

「防御魔法の初歩的なものです。ただ、術者の魔力の強さで防御力は変わりますので」


 それだけ言うと、リルケはトゲトゲだらけの魔女王モードから、普段の人間らしい姿に戻った。同時に、アスミと同じピッチリスーツに一瞬で着替える。

 そこにはもう、恐るべき復活の魔王はいない。

 突然美女が現れて、周囲の兵士たちから「おお!」と声が上がる。

 だが、地面に突っ伏すグスタフだけが悔しげに土を叩いた。


「クソッ! ……お前、そこの変態っぽい格好のお前! 転移者、勇者だな!」

「あ、俺? っていうか、どこが変態なんだ、超格好いいパイロットスーツだろう! なんでわからないんだ」

「チッ、ご先祖様の予言は本当だったってことか。い、急いで他の勇家に連絡を――ッ!」


 リルケが容赦なく、ハイヒールの脚でグスタフの頭を踏みつけた。

 綺麗な顔をしているが、その全身から殺意がみなぎっている。あまりの迫力に、先程一瞬で見惚みとれていた兵士たちは、じりじりと後ずさりしていた。


「予言、ですか? 興味があります、話しなさい」

「……クッ、誰が……ってててて、割れる! 頭が割れちゃう!」

「もうすぐ痛みも感じれなくなりますが、どうです? 話しますね?」

「わかった、わかったから足をどけてくれ!」


 リルケはそっと足をどけた。

 それで、身を起こしたグスタフは改めて黄金のゼルセイヴァーを見上げる。そしてアスミをじっと見て、予言とやらの内容を話し始めた。


「察しの通り、俺はバルバドス家のグスタフ。我が家の血筋が受け継いだ能力は、予知と計算能力だ。……まあ、ご先祖様ほどの力が俺には残らなかったがな」

「それで? 予言とは」

「バルバロス家の始祖、最初のご先祖様は七大魔王を倒したあとに、奇妙な予言を残したんだよ。今までずっと、誰も気にしちゃいなかったがな」


 ――いずれ、終末を連れて訪れる……109

 それを当時の者たちは、予言のワン・オー・ナインと呼んで恐れた。

 だが、400年の時の流れが予言を忘れさせ、勇者の何人かは子孫を残せず歴史に消えた。一方で、人類側の救世主として勇者たちは政財界に強いパイプを持ち、今では七十二勇家と呼ばれるまでになっていた。

 それでアスミは、あの旋条痕ライフリングと弾丸の敵を思い出す。


「あんた、バルバドス家か。ははーん、ソロモンの悪魔だな? ……グシオン家の奴はどうした、一緒じゃなかったのか?」

「ハッ! あの傭兵崩れか。逃げたよ、勝てねえ戦はしない主義だとか言いやがってな」

「なるほど、懸命な判断だ。けど、他に70人の勇者がいるとしたら……長い戦いになるな」

「そうだぜ、ワン・オー・ナイン。貴様の進む先は地獄、かつての勇者が今じゃ悪魔みたいな連中のふきだまりだ。俺たち人類の文明兵器を前に、どこまでやれるか、ガッ!」


 むすっとした顔でリルケが、再びグスタフの頭を踏んだ。なんだろう、ほおを膨らませてくちびるを尖らせ、まるですねた幼女のようなあどけなさがあった。彼女は「マスターに無礼です」と、ゲシゲシ何度もグスタフの頭を踏むのだった。

 そんな表情も見せるリルケが、なぜだかとてもかわいいなと思うアスミだった。

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