第16話「――雪辱、それは宣戦布告」

 清々すがすがしい朝の空気を、無数の砲声が引き裂く。

 どうやら早朝でも、敵側は即応体制で攻撃してくるようだ。

 ヒュルルルル、と大気を震わせ、砲弾が無数に降ってくる。

 だが、今のアスミにとっては余裕だった。

 以前の三割の力とはいえ、ゼルセイヴァーはパワーダウンした訳ではない。


「マスター、直撃コース、来ます」

「うん、最初は小口径の大砲だな。こいつは照準砲しょうじゅんほうっていって、測距そっきょデータの取得が目的の弱い砲撃だ。よって、耐える!」


 無数の砲弾が、腕組み仁王立ちのゼルセイヴァーに襲いかかる。

 だが、全くの無傷だ。

 そして、そのダメージが感じられずにリルケが驚く。


「い、痛くありません……マスター、これは」

「リルケとゼルセイヴァーのリンク係数を下げた、でも能力は落ちちゃいない。ただ、!」

「稼働時間? 制限、とは」

「それに……本命の大口径の砲にもっ、耐えられる!」


 ほどなくして、敵側が誤差を修正した直撃弾を撃ってくる。

 それもアスミは、真正面から受け止めた。

 わずかにグラリと揺れたものの、ゼルセイヴァーは耐えた。

 そして、周囲が火の海と燃える中を歩き出す。


「……今回はな、リルケ。装甲にクラッチを設けた」

「クラッチ?」

「ダメージを受ける寸前、オートでリルケとゼルセイヴァーのリンクが一時的に途切れる。リンクを切断することで、リルケへのダメージがキャンセルされるんだ」

「そんな……そこまでして、私などを」

「ただ、気をつけなきゃいけない。来るとわかってる攻撃でしか、クラッチは自動で切れてはくれないんだ。一応、俺かリルケが手動で切ることもできるからな」


 そう、新たなゼルセイヴァーの力……それはクラッチだ。

 ダメージを受ける瞬間、一瞬にしてリルケとゼルセイヴァーのリンクが一時的に途切れる。そのことでゼルセイヴァーは全ての能力がダウンする代わりに、リルケを痛みから守ることができるのだ。

 そして、アスミは生まれ変わったゼルセイヴァーを前へと押し出す。

 全天周囲モニターの隅に、紅いデジタルの数字がポップアップした。


「マスター、これは? 5分? どんどん減っています!」

「今、フルパワーで稼働しているからな! でも、こうしてリンク係数を三割まで落としたから、万が一リルケにダメージが突き抜けても、最低限で済む筈だ! ――行くぞっ!」


 力強く大地を握りしめて、そして蹴り出す。

 黄金の巨神像は、風を切って走り出した。

 そのからくりは、実に単純なものだった。

 リルケは大量の魔力を持ち、マナが弱ったこの惑星ゼルラキオでもほぼ無限の力を発揮できる。いわば、彼女自身が巨大な魔力発電所なのだ。しかも、使うそばから自動的にスキルでMPが回復する。いわば永久機関だ。

 だが、弱点も存在する。

 というか、えてリルケのために弱点を作った。


「戦闘中は、通常時より出るエネルギーが多く、回復するより早く消費するっ! そういう風に変更した! だから、稼働時間の限界は5分! フルパワーコマンドで5分だっ!」

「そこまでして……以前だったら永遠に最強の力を振るえたと思いますが」

「リルケのフルパワーを全部突っ込めば、確かに常時最強なんだけどね……出るエネルギーよりMPの自然回復のほうが強いから。でも、そこにリミッターをかけたんだ」


 リルケの魔力を全て注げば、ゼルセイヴァーは無敵だ。

 だが、仮にクラッチがオートで切れない攻撃、アスミが反応しきれない攻撃に襲われた時……ゼルセイヴァーが無傷でも、そのダメージはリルケに貫通する。

 出力を30%程度にすることで、その痛みをかなり緩和できるのだ。

 ただし、フル接続ではないので、MPの自然回復は消費には追いつかない。

 だから、完全なフルパワーは5分しか発揮できないのだ。


「なぁに、アンビリカルケーブルが切れたと思えばいいんだ! いくぞっ、リルケ!」

「え、あ、はい……はいっ! マスター!」

「うおおっ! たかが大砲陣地にっ、ロボット兵器は負けない! 何故なぜならばっ!」


 次々と砲弾が降り注ぐ中、前へ前へとゼルセイヴァーは走る。

 そして、不思議な光景にリルケが目を丸くしていた。

 敵へと近付く程に、被弾が少なくなるのである。逆に、次々と背後に着弾する砲弾で、荒れ地はだんだんと酷さを増して崩壊してゆく。


「マスター、これは」

「ジルの弓と同じさ。大砲の弾は基本、放物線をえがいて飛んでくる」

「! だから、回避よりも全速力での前身で」

「そう! 弧を描く弾の軌跡の、その内側へと突っ込めるんだ!」


 敵は大きくわけて、二種類の砲を使い分けている。

 小口径で連射の効く照準砲で距離を調節し、本命の大火力大口径の大砲を打ち込んでくるのだ。だが、そもそも照準砲に当たらなければ、距離の誤差修正はできない。

 単純な話だが、大砲では高速移動するロボットに致命傷を与えられないのだ。

 敵も気付いたのか、降り注ぐ砲弾の範囲が広くなる。

 まるで面で圧する対人地雷クレイモアの如く、無数の砲弾がゼルセイヴァーに注いだ。

 だが、前進を続けることで、相手に照準の隙を与えない。

 そして――


「なによりっ! このタイプの大砲の弱点っ、それはあ!」


 アスミが気迫を叫ぶ。

 一瞬、先日迂闊に放ったビームで、焼かれてしまった村が肉眼で確認できた。

 魔女王ロード・オブ・ウィッチリルケレイティアの誇り高い戦いに、汚点を残してしまった。

 逆境と混乱の中で、気持ちの弱さが出てしまった結果である。

 だが、今はもう違う。

 アスミ自身が強くなる以上に、彼のスキルでゼルセイヴァーは何度でもパワーアップするだろう。どんな男もヒーローにしてくれる、それがロボットなのだ。

 ゼルセイヴァーは大きく身を屈めて、その反動で空中へと舞い上がる。

 あっという間に、砲弾が次々とすれ違って地面を沸騰させた。


「マスター、敵の陣地が見えました。あの山の向こうです」

「ああ! ……悪いな、空の敵を撃つのは対空砲とか高射砲で、お前たちの大砲では無理だっ!」


 そう、すでにアスミは先の戦いで見破っていた。

 というより、仲間たちからの事情の説明、このリルケの領地の立地を知って予想したのである。北の果てにあるこの領地は、北大陸のジルコニア王国、その最北の地なのだ。

 そして、例の大砲陣地は、魔女王が滅びたあともこの地にふたをしてきた。

 万が一にも魔王が復活したら、そういうための備えなのだと思う。

 必定、魔王と闇の軍勢は大半が地上軍だし、この世界ではひょっとしたらまだ飛行機がないのかもしれない。

 産業革命を果たしたとは聞いているが、実際にはどれだけのものかはまだまだ未知数だった。


「リルケッ、対ショック防御だ! なにかにしっかり掴まれ! 着地するぞ!」

「は、はいっ! ――では、マスター! 失礼します!」


 突然、頭の上にリルケが抱きついてきた。

 それで視界が狭くなったが、大きな胸の谷間からモニターが見える。

 地上がグングン迫って、一足飛びにゼルセイヴァーは山を超えた。

 同時に、残り時間が1分を切る。

 迷わずアスミは、ゼルセイヴァーを身構えさせた。両手を握って腰元に引き絞り、グッと背筋を伸ばしたゼルセイヴァーの瞳が真っ赤に燃える。


「必殺っ! ゼルセイヴッ、ビイイイイイイイイイイイムッ、ッタア!」


 まばゆい閃光が、大地を引き裂いた。

 ずらり並んだ大小さまざまな大砲が、端から順に大爆発してゆく。ゼルセイヴァーは目からビームを放ちながら、ぐるりと首を巡らせた。

 一つ残らず大砲を破壊したのは、画面が真っ白になってなにも見えなくなったのと同時だった。


「……忘れてた。ああ、ウイの目からビームも改良してやらないとな。なにも見えない。ってか、リルケ、ちょっとごめん、どいて。本当に物理的に見えない」

「す、すみません、マスター。なにかに掴まれと言われたので。でも」

「ああ! 奴らの大砲陣地はこれで無力化した」

「では、あとは私が」


 ハッチが開くと、眼下に唖然あぜんとする兵士たちの姿があった。

 当然である、彼らから見ればゼルセイヴァーは黄金の破壊神、バケモノだ。

 そして、誰もが立ち尽くす中へとそっとリルケは飛び降りた。

 優雅に着地するや、光と共に全裸になって、そして鎧が生えてくる。露出の際どいその装甲は刺々しく、これぞまさに魔女王という威厳に満ちていた。

 最後にマントをひるがえして、彼女はどこからともなく巨大なサイズを取り出す。


「控えよ、人間! 我は魔女王リルケレイティア! 星のなげきに代わって、今ここに復活を宣言する。怯えてすくめ、七大魔王の恐怖を思い出すがいい!」


 パニックは起こらなかった。

 もう既に、相手は戦意を失っていたのだ。

 そこへダメ押しの復活宣言、叩きつけられるは暗黒時代の再来と絶望だ。

 今、高らかにリルケはうたう。

 再び魔王として、人類全ての敵になると。


「脆弱なる人間よ、科学とやらも所詮しょせんはこの程度。再び群れて、哀れな団結を見せるがいい」


 おーおー、あおるなあ。

 アスミはコクピットから見下ろし、得意げに振り向くリルケに拳を向けて親指を立てる。どういう意味のポーズかわかったのか、リルケも同じ仕草を返して微笑んでくれた。

 こうして見ると、漆黒の鎧に身を包んだ魔女王は、まさしく魔族そのものだ。

 同時に、その怜悧な無表情はアスミにだけ笑みをくれるのである。

 そう思って見惚みとれていると、不意に殺気がアスミの背筋を擦過さっかした。

 悪寒おかんを感じて叫んだ時には、リルケへ向けて恐るべき罠が迫っていたのだった。

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