第15話「――再起、それは男のロマン」

 朝、いつものあたたかな抱擁ほうようの中でアスミは目覚める。

 確か、リルケを見舞いに部屋まで来て、そこで力尽きたらしい。気付けば服も脱がされ、きちんとベッドの中でアスミは眠っていたようだ。

 そして傍らには、そっと見守り微笑ほほえむ美貌がある。


「あ、あれ? あー、寝落ちかあ。っと、おはよう、リルケ」

「おはようございます、マスター。先日は失態をお見せしました」

「いや、いいんだ。俺のミスさ。それも改修してある」

「私のいない場でスキルを酷使こくしするのはお控えください。マナの消費量で体力が」

「大丈夫、一晩寝ればこの通りさ!」


 布団を抜けてベッドから飛び降りる。

 それで自分が全裸なのに気付いて、慌てて足元のプラチナムスライムを呼んだ。

 リルケも全裸だったが、全く恥じ入る様子もなく立ち上がる。

 彼女の着替える気配を背中に感じながら、すぐにアスミはパイロットスーツ姿へと変身した。この日、この朝、この瞬間……ここからまた、新たな戦いが始まる。

 しかし、瀕死に近いダメージを受けたにしては、リルケの声は軽やかだった。


「マスターの寝顔を見ていました。とてもかわいらしいですね」

「いや、ちょっと待って恥ずかしい……恥ずか死ぬ」

「主従でのむつみ合いは恥ではありませんよ、マスター」

「そ、そういう意味なの!? マスターって」

「私は正妻ではありませんが、側室にして下僕しもべ、マスターの剣であり盾です」


 思わずアスミは振り返り、自分とおそろいのパイロットスーツを着たリルケに歩み寄る。

 その手を取って、さらに手を重ねて慎重に言葉を選んだ。


「リルケは魔王なんだから、むしろ逆だよ。俺は魔女王ロード・オブ・ウィッチリルケレイティアが、全人類共通の敵として人間たちを結束させる、その戦いを助けて支える」

「でも、私にそうあれと生命を再び宿してくださったのは……マスターです。さあ、行きましょう。私たちのゼルセイヴァーが待っています」


 大きく頷き、アスミはリルケの手を引いて歩き出す。

 時刻は早朝、ようやく昇り始めた朝日が眩しい。

 朝食を待ってる時間も惜しいし、文字通り朝飯前というやつだ。

 生まれ変わったゼルセイヴァーで、まずは王国の大砲陣地群を潰す。

 決意も新たに中庭に出ると、奇妙な光景が広がっていた。


「ん? なんか……微妙にここ、秘密基地っぽくなってない?」

「昨夜、ウイたちがなにかしていたようですが」


 咲き誇る花々がそこかしこで芽吹く、ここは魔女の庭園。城の中庭はゼルセイヴァーの格納庫であると同時に、かつてここで戦った者たちの憩いの場だったのだ。

 最初は随分と荒れていたが、おそらくウイたちが軽く庭師をやってくれたのだろう。

 等間隔に並ぶ噴水が、冷たい清水を城内の泉に注いでいた。

 毅然と立ったまま、主を待つ黄金のゼルセイヴァー。

 その眼の前に真っ直ぐ、新しく造られた石造りの水路が伸びている。

 そして、いつもの陽気な頭に痛い声が響いた。


「あっ、アスミ! 起きたッスね! リルケも元気みたいでよかったッス!」

「おう、ウイ。おはよう、これはお前たちが?」

「うぃッス! ナルやジルに手伝ってもらって、ちょっとお掃除したッスよ」


 朝日を浴びて今、花園はなぞのに静かに風が吹く。

 北の大地を渡るその気流が、今は不思議と温かい。

 それが惑星ゼルラキオ全体の温暖化現象の結果だとしても、揺れる花々には関係のないことだった。

 みれば、リルケも屈んで草花に目を細めている。

 色とりどりの花びらの中で、アスミには魔女王がたおやかな普通の貴婦人のように見えた。その全身のめりはりに満ちた起伏ですら、ギリシャの女神の裸婦像のように神々しい。


「また、春が来るのですね……この北の地にも」

「ああ。さ、行こうかリルケ」

「ええ、マスター」

「乗り込む時のもさ、ちょっと付け足しといたから。――よっ、と」


 義手のパネルを操作すれば、直立不動のゼルセイヴァー、その胸部のコクピットが開く。同時に、ハッチからケーブルがゆっくりと降りてきた。

 脚を引っ掛け片手でそれを掴んで、アスミが手を差し出す。

 手を握ってくるリルケの、細くて折れそうな腰を抱き寄せ、アスミは上昇した。

 毎回リルケにお姫様抱っこで跳躍というのは、ヒーローのロボ搭乗シーンとしてはあまりいいものではない。謎のチューブを通ったり、椅子自体が動いて地下を移動するとか、そういうのがいいんだ。

 だが、今回は無難にケーブルに掴まって上昇するシンプルな機能を付けていた。


「おっ、もう起きてるんだ。ジル、今から出撃みたいだよ?」

「まあ、早いんですのね。では、わたくしは朝食の準備でもしておきましょう」


 起きてきたナルやジルも、ゼルセイヴァーの放つ金色の光に目を細める。

 ハッチを閉じて、それがモニター越しの光景になったところで、アスミは気付いた。

 ゼルセイヴァーの前に真っ直ぐ、広い水路が外へと通じている。そのまま城壁の下へと注いでいるが、その周囲だけ城壁が不自然な色だった。

 新しい。

 周囲が背景画なのに、そこだけセル画みたいな、といえばアニメっぽい説明だが、ようするに動きそうな印象がある。

 すると、突然全天周モニターの片隅に小さなウィンドウがポップした。


『声は聞こえていて? アスミ、それにリルケも』

「あれ、ジル……どうした? ってか、なんで」


 背後でリルケも、不思議そうにそのウィンドウを見詰める。

 ぐっと前のめりにすがめるので、自然とたわわな胸の重みがアスミの頭上でたわんだ。


『今、ウイを通じて話しかけてますわ。なんでも、男の子ってこういうのが好きなんでしょ、とのこと……まったく、訳がわからなくてよ』

「あ、うん。えと、ウイにはあとでよく言っておくよ。ゴメン」

『謝る必要はありませんわ。皆で待ってますので、次こそ勝利を』

「ああ! って、なんだ? どうしたんだ、これは――」


 その時だった。

 眼の前に伸びる真っ直ぐな水路が、その透明度が白く凍りながら溢れそうになる。

 水量が増えて、しかもそれは瞬時に凍り始めた。

 そして、その近くで大地に両手を突くナルの姿が見える。

 彼は見上げると、ニヤリと笑って拳に親指を立てた。


『ナルは魔法剣士ルーンフェンサー、しかも二重属性融合タンデムエンチャントの使い手ですの』

「ああ、そういえばそんなスキル持ってたな」

『この水路を剣に見立てて、氷の魔法を付与すれば』

「……まじ? この水量が一気に凍るの?」

『ナルくらいの腕になれば、造作もないことですわ。さらに』


 氷の魔力で生まれた、それはまるで凍土に刻まれた滑走路だった。

 そして、さらなる魔法の付与で、点々と誘導灯のように光が灯る。

 氷と光、二つの属性の魔法を同時に付与する……これがナルのスキル、二重属性融合だった。

 さらにウィンドウがポップして、ウイの笑顔がドアップで映り込む。


『人力カタパルト、接続OKッス!』

「え、ちょっと待て、お前なにやってんの」

『ジルが弓の練習をしてるのを見て、思いついたッスよ。電磁カタパルトや蒸気カタパルトがなくても……を作って、ゼルセイヴァーを打ち出せばいいんス!』

「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」

『少しでもリルケの負担を減らすッス! 戦場までは、ンギギギギギッ! 自分の女子力で!』


 周囲の画像を拾えば、確かにゼルセイヴァーは雪車そりのような板に載せられている。

 そして、背後には中庭の横幅いっぱいの巨大なスリング状の装置ができていた。なんとも頭の悪い機構だし、そもそも女子力ってそういう意味じゃない。それでも、ウイのマシーンパワーが高トルクで弓の弦を大きく引っ張り絞る。

 ガクン! と小さくゼルセイヴァーが揺れた。

 さらには、眼の前の城壁が左右に割れて「やっぱりか!」と思わずアスミのテンションが沸騰ふっとうする。


『ニシシ、男の子ってこういうのが好きなんスよねえ! わかる、わかるッスよ!』

『では、アスミ、そしてリルケ……よくて? ゲート、オープン。方角誤差修正。ゼルセイヴァー、発進! どうぞですわ!』


 強力な加速に襲われ、Gの衝撃がアスミを操縦席に圧縮してきた。

 小さくリルケが「クッ!」とうめき声を殺すのが聴こえる。

 ようするに、氷と光の魔法で造られた滑走路から、超巨大なパチンコで打ち出されたのだ。普通の人間なら何十人という人力が必要だろうが、ああ見えてウイは怪力アンドロイド少女である。

 あっという間に、ゼルセイヴァーは朝の空へと飛び出した。

 確かに、リルケのマナを全く消費せずに戦場に行けるので、効率がいいといえば、そう納得するしかなかった。なによりテンションが上がるの効果はいなめない。


「では、この子に魔力を……マスター、全機能解放、出力を……おや?」


 背後でリルケが、ほんわりと温かく光り出した。

 彼女の持つ膨大なMPは、絶えず回復しながらゼルセイヴァーへと注がれている。その量が以前と違うのに、彼女は感覚的に気付いたようだ。

 振り返るアスミは説明しようとして、慌てて眼の前の股間から視線を逸らす。


「……リミッターをつけた。リルケの魔力が全部そそがれると、リンク係数が高すぎてゼルセイヴァーのダメージがもろにリルケに返ってくるから」

「しかし、それでは」

「前回の三割、30%の出力にダウンしてるけど、これなら激しい痛みも返ってこない。それに、そもそもダメージの反動をなくすように改良したんだ」

「マスター……そんな、私のために」

「それでも、ロボは勝つ! ロボットは最強だからね!」


 重力に囚われ、静かにゆっくりとゼルセイヴァーが着地する。

 そこは、以前砲撃の猛攻にさらされた荒れ地だ。今もそこかしこにクレーターがあって、荒涼とした大地には草一本生えていない。

 まさに死の大地、そしてそこには再び殺意が飛んでくる。

 すぐにアスミはレーダーとセンサーで、無数の砲撃音と迫る砲弾を探知するのだった。

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