第12話「――協力、それは理解」

 アスミは決意も新たに、使命を胸に刻み込んだ。

 覚悟が決まった。

 やるべきことが鮮明にわかったのだ。

 七大魔王最後の一人、魔女王ロード・オブ・ウィッチリルケレイティアを再び恐怖の権化ごんげとして君臨させる。その過程で、マナをむさぼる戦争の脅威、科学文明の兵器による環境汚染を止めるのだ。

 惑星ゼルラキオの運命は今、アスミたちの双肩にかかっているのだった。


「と、言う訳で……おっ、いたいた。ちょっとゴメン、ジルさん」


 夕暮れ時、アスミは城のバルコニーでジルを見つけた。

 見れば、小刀こがたなを手に木の棒を削っている。

 なにをしているのかなと思ったが、まともな服に着替えた貴人は優雅に振り返った。バルコニーの手摺てすりに腰掛け、穏やかな風に短くなった髪が揺れている。

 長い長い耳だけがピンと立ってて、まだ警戒感が感じられた。


「あら、貴方あなたは……例の109人目の転生者、リルケのあるじではありませんか」

「いや、まあ、そういう感じなんだけど」

「既にわたくしはハイエルフの女王ではありませんの。どうかジルとだけ……なにかご用事でも?」


 自嘲じちょうのこもった寂しい笑みだったが、女王としてのプライドはまだ健在だと感じた。

 彼女は例えリルケが協力を断っても、逃げ延びたからには戦うつもりなのだろう。

 世界中のマナが枯渇し、魔法という力が弱まってしまったこの時代……リルケたち魔王のような規格外の大物は別として、ジルたちエルフもマナの枯渇に直面していた。

 アスミが手元を見詰めてると、その視線に気付いてジルは木の枝を掲げる。


「弓を作ってますの。エルフは元から弓の得意な種族ですわ。……もう、わたくしのマナでは、この時代に魔法を励起れいきさせることができませんの」

「ジルさんのMPって」

「ステータス、とかいうので数値化して見れるのでしょう? どうぞ御随意ごずいいに」

「……いや、いい。考えてみたら、人間を数値化して見るなんて無礼な話だよな。ナルも嫌がってたし、やめておくよ」


 ハイエルフの女王として、かなり高いステータスなのだろう。

 だが、MPがカンスト寸前のリルケとは恐らく、比べるべくもない。

 それに、魔法が万全に使えていれば、エルフは衰退して人間の奴隷になどならなかったのである。その人間に魔法を教え、転生勇者たちを支えたのもまた彼女たちエルフだった。

 皮肉にもそれが、七大魔王という悪を退けた後に、人類という巨悪を増長させたのである。


「ああ、そうそう。じゃあ、ジル、でいいかな? ジル、これがコクピットに打ち込まれていたんだけど……ちょっと見てほしいんだ」

「こくぴっと、とは? ああ、あの黄金の巨神を操る玉座のことですのね。それで?」

「鉄砲っていう武器を人間が使うの、知ってるだろう? でも、この弾丸……妙だ」


 それは、ゼルセイヴァーのコクピット、ちょうどリルケの太ももとアスミの頭部の間を射抜いていた。くちづけによる粘膜接触で大量のマナを流し込まれたアスミは、リルケのMPを動力として稼働する最強のスーパーロボットを生み出したのだ。

 その過程で、生えて育った装甲が全ての銃撃を弾いた、はずだった。

 だが、一発だけこの弾丸がコクピットに食い込んでいたのだ。

 つまり、誰よりも速く一発で狙撃を行った人間がいるということである。


「拝見しますわ」

「うん。この時代の長銃は、旋条痕ライフリングを掘られたものもあるようだからさ。かなりの工業力があるって証拠だ。でも、弾丸は球状の古いものだった。……リルケが受け止めたのはね」


 だが、真剣なまなざしでジルが精査する弾丸は違った。

 アスミたちの時代の中のような、流線型の弾丸である。そして、薬莢やっきょうに込められた炸薬さくやく撃鉄ハンマーで叩かれて、その衝撃で発射されたものに間違いなかった。

 しかも、奇妙な紋章が刻まれている。

 それに気付いて、ジルははっと目を見開いた。


「……グシオン家の紋章、ですわね」

「グシオン家? え、それって」

「かつて、百と八人の勇者が召喚され、我々は七大魔王を尽く打ち倒しましたわ。その後、400年……今でも、72の勇者氏族が残ってますの。彼らは時に敵対し、時に協力しながら今の国家群を形成していったのですわ」

「なるほど、じゃあグシオン家ってのは」

「久しく聞かぬ名でしたが、とある勇者の末裔でしょう。恐らくあの男の……ええ、ええ、とても弓が達者で、誰もが魔弾の射手ザミエルと恐れた男の子孫ですわ」


 どうやら人間社会で嬲られる日々が長かったらしく、ジルは世界の状況にも詳しそうだ。そのことを少し教えてほしいと願い出ると、ジルは快く承諾してくれた。


「ええと、地図があればいいのですけれど」

「ああ、それなら待って。今、出すから」


 早速右腕の義手を操作し、立体映像を空中に浮かべる。

 ジルはびっくりしたようだが、そこまで大げさな仰天もない。恐らく、400年前には同じようなことができる魔法があったのかもしれない。

 惑星ゼルラキオには、大きく分けて二つの大陸があった。


「こちらが北ゼルラキオ大陸。今この魔王城がある場所は北の果て……ここですの」

「へえ、随分と辺鄙へんぴな場所なんだな、ここ」

「……この季節でこんなに暖かいのがおかしいのですわ。ただ、寒さの厳しい土地ながらも、ここでは魔物も平和に暮らしていたと聞いてますの」


 なんと、今アスミたちがいるリルケの領地は、北にある大陸の最北端だった。

 言ってみれば、地球ならすぐ側に北極がある土地である。

 しかし、今は春なのかとても過ごしやすく暖かい。

 本来ならばまだまだ寒く、種蒔きの時期も先だという。


「温暖化現象、なのかなあ」

「人間たちは燃える黒い水を使って、電気を起こしますの。あの黒煙は、空を汚していますわ。大気のマナもこんなに弱くなってしまって」

「はは、人間て奴はしょうがないよな。俺の故郷でもそういう時期があった。いつかは万物の霊長たる人類によって、この惑星も終わりをむかえるかもしれない」


 そう言って、アスミはスキルを励起させる。

 イメージするのは、ファンタジーなロボ世界ならあって然るべき武器だ。

 最大MPが7しかなくても、人間サイズの武器一つなら余裕である。


「でもジル、

「アスミ……そ、それは?」


 アスミの義手が光を帯びて、やがてその中から白銀に輝く弓が出てくる。

 矢もついでに何本か造ったが、流石さすがに大量には無理だった。

 ちょっと貧血のような状態でふらつきながらも、アスミはそれをジルに渡す。


「この弓を使ってみてくれ。そして、共に戦ってほしい」

「これは……なんて綺麗な。流麗で力強く、なによりも神々しい」

「で、まずはじゃあ、この北側の大陸を一掃する。一番近い人間の軍事拠点を……ジル? え、えっと、気に入らなかった?」


 手すりを降りたジルは、弓を捧げるように両手で持って片膝を突いた。

 まるで祈り願うような、恭しくも厳かな空気が静かに震える。

 祝詞のりとのように彼女は、静かに想いを歌った。


「月の女神アルテミス、どうか力を……わたくしたちエルフに、再び森の民として生きる道をお示しください。……驚かせてしまってごめんなさい、アスミ。素晴らしい弓ですわ」

「あ、ああ。アルテミス? えっと」

「今は去りし神々、その一柱いっちゅう。我らがエルフの多くが信仰する神ですわ」


 脳裏でスペースアテナが「勿論もちろん、今はスペースアルテミスよん?」と笑った。

 そのイメージを頭から振り払うと、アスミはなにか気にかかったが、まずは情報の分析と整理を開始する。

 立ち上がったジルは、迷わず立体映像の地図に白い指で触れた。


「ここはジルコニア王国。このすぐ南に広がる国ですわ。わたくしたちは、ここの最北の基地から逃げてきましたの」

「へえ、ジルコニア……ここってやっぱり、勇者の子孫が?」

「ええ。72氏族が一つ、バルバドス家……今はバルバドス王家が支配する国ですわ」


 ――ジルコニア王国。

 この北大陸で最も大きな国で、しかし周辺国に比べて少しだけ科学文明の発展が遅れているらしい。それでも、石炭を燃やして電力を作り、次々と新兵器を開発している。

 そのためにドワーフたちは強制労働を強いられ、ホビットたちも働かされていた。


「ドワーフたちの鍛冶の技術、そしてホビットたちの手先の器用さ……全て、まわしき兵器を作るために利用されてますわ。そんな彼らも救いたいですの」

「だな。まあ、俺とリルケたちに任してくれ! ジルも助けてくれるし、俺達は勝つっ!」

「ふふ、どこからそのような自信が」

「スーパーロボットに乗るからには、少しくらい自信過剰な方が良い。ナイーブで弱気だと、リアル系っぽくなってしまうからな!」


 アスミの言葉の半分も理解できないようだったが、ジルは笑った。

 ようやく素顔の、心からの笑みを彼女は見せてくれたのだった。

 だが、そんな穏やかな時間はすぐに終わりを告げる。

 けたたましく叫んで飛び込んできたのは、ウイだった。


「アスミ、大変ッス! 城内に避難するスよ! もうすぐリルケが結界を――」


 ウイの声を爆音が塗り潰した。

 そして、眼下の街に火柱が上がる。

 敵の攻撃が、直接城下町を焼こうとしていた。


「こ、これは……この音、砲撃か! そうか、そうだよな! !」


 ヒュルルルウ、と空気の尾を引いて、破滅の砲弾が降り注ぐ。

 かなりの規模の大砲撃で、あっという間に廃墟だった市街地が燃えてゆく。

 リルケの作った街、魔物たちの楽園……それはまるで、廃墟となって朽ちるままの最期すら許されぬかのように、火の海になっていった。

 同時に、城を薄い水色の光が覆ってゆく。

 リルケの結界によって城だけは直撃を免れた。

 だが、一人の魔女王が夢見た楽土は、その死さえも完璧に殺され尽くしたのだった。

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