第13話「――敗北、それは驕り」

 すぐさまアスミは、城の中庭へと走った。

 勿論もちろん、お気に入りのアニソン、ロボットアニメの主題歌を熱唱しながら。

 そこにはもう、かろうじて結界で城を守り終えたリルケが待っていた。


「マスター、先程の攻撃で旧都市部の七割が更地になってしまいました」

「なんてことだ……行こう、リルケ。ジルの話だと、南に少し行った場所に人間の……ジルコニア王国の軍事拠点があるらしい」

「ええ、存じています。400年前からその土地は最前線でしたから。では」


 今、ゼルセイヴァーは片膝を突いてうつむいている。

 黄金に輝く神々しいその姿は、胸部の天使像の奥にコクピットへのハッチがある。六枚羽の熾天使セラフを避けるようにして、アスミはよいしょとよじ登ろうとした。

 こういう細かいところまで考えが至らなかったのは、緊急事態だったからだ。

 今はジルへ弓矢を作ってMPが疲弊しているので、後日昇降装置をビルドしよう。

 そう思った時には、ふわりと温かな香気に包まれていた。


「失礼を、マスター。操縦席まで飛びます」

「へ? あ、いや、ちょっと」

「なにかこう、階段のようなものを後で用意させましょう」


 なんと、リルケにお姫様抱っこされてしまった。

 そのまま彼女は、温もりと柔らかさを浸透させながら地を蹴る。

 ふわりと浮かんで次の瞬間、アスミはコクピットのハッチが開く中へとそっと降ろされた。これはもう、スーパーロボットのパイロットとして最高に格好悪い瞬間だった。

 それがわかるのか、下で見ていたウイやナル、ジルも必死で笑いを隠している。

 プルプルと震える肩に、アスミも切ない思いでいっぱいだった。

 だが、リルケは全く動じていない。


「さ、マスター。巨神を起動させます」

「お、おう。あsて、気を取り直して……ゼルセイヴァー、発進っ!」


 雄々しく立ち上がる黄金の騎士像。

 まだ武器らしい武器も少ししか内蔵されていないし、あの時咄嗟とっさにスキルでビルドしたので、かなり趣味的な部分が多い。その実、見た目など趣味そのもので、金ピカのスーパーロボットという存在自体が兵器としてはナンセンスだった。

 だが、これでいい。

 これがいいのである。

 リルケのマナによって、無数の駆動音が折り重なって紡がれ広がる。


「なるほど、砲撃……この距離へ正確に着弾させるだけの技術があるんだな。だがっ!」


 ゼルセイヴァーが僅かに屈んだ瞬間、ジャンプする。

 夕焼けに燃える茜色の空に、まばゆきらめめきが跳んだ。

 そして、唖然あぜんとする。

 空から見下ろす全てが、黒煙の中で燃えていた。

 風化し朽ちた都市は今、遺跡になることさえ許されずに消し飛ばされていた。

 かすかに背後で、リルケが唇を噛む気配がした。

 その屈辱が、アスミの魂に怒りを添加させる。


「あの小山の向こうから撃ってきてるな! 行くぜ、リルケッ!」

「仰せのままに、マイ・マスター。我がマナの全てを捧げます」

「うおおっ、燃えろゼルセイヴァー! 黄金の炎となって、敵を――」


 着地と同時に、さらなる加速でジャンプしようとした、その時だった。

 すぐ足元に敵の砲弾が炸裂する。

 かなりの火力で、とても原始的な初期の大砲とは思えない。

 すぐにアスミは、自衛官を経て地球軍のテストパイロットとなった知識を総動員する。確か、座学の講義でこういう授業は沢山受けてきた。

 大砲、それは人類が初めて手にした兵器。

 銃や剣、弓といった武器とは規格が違う。

 兵器と武器の違いはなにか?

 それは規模や大きさ、殺傷能力だけではないのだ。


「ととっ、敵の砲兵の測距能力そっきょのうりょくは高いぞ。やるなっ、勇者の末裔まつえい! だがっ!」


 先程の砲撃で、ゼルセイヴァーの脚が止まる。

 飛行能力がないので、全身のスラスターを駆使しても長距離ジャンプがせいぜいだ。相手はその、着地の瞬間を狙ってきたのである。

 一応は直撃を避けたが、初撃からかなりの砲撃精度だ。

 そして、そう思った瞬間に衝撃が機体を揺らす。


「マスター! 敵の直撃を受けました! ――ッ、ァ」


 基本的に大砲による砲撃は、撃てば撃つほどに命中精度が上がる。

 正確に照準を修正しながら撃てば、最後には命中するという訳だ。そして、二射目で当ててくるというのはかなりの兵の練度である。

 だが、そんな攻撃でゼルセイヴァーは傷一つつかない。

 そう、ゼルセイヴァーだけは。


「なんの、無敵の装甲をなめるなよっ! この金色の輝きを恐れぬならば、かかってこい!」


 再び空中へと飛翔しようとして、わずかに機体がバランスを崩す。

 激しい砲撃の波状攻撃は、ただデタラメに当ててきているだけではなかった。

 すぐにアスミは、機体とリンクした義手からデータを得る。


「口径の違う多数の大砲が混じってる……小口径の速射型と、大口径の攻城砲こうじょうほうだ」

「マスター、音から察するに人間たちのその武器は30から40個ほどかと」

「レーダーやセンサー関係も充実させなきゃな、今後」


 今はリルケの鋭敏な魔族としての感覚に頼っている。

 それはそれで頼もしいが、リルケへの負担が多いのはアスミにとっては大問題だった。

 このゼルセイヴァーの動力炉にしてメインコンピューター、それを全部リルケがやってくれているのである。

 そして、この時はそれだけだとアスミは思っていた。

 黄金の巨神ゼルセイヴァーは、無敵のスーパーロボットだと盲信していたのである。


「とにかく、止まっていては駄目だ! なるべくランダムに、斜め前への移動を交えて進めば!」


 だが、ゼルセイヴァーが踏み出す一歩の、その先に火柱が屹立きつりつする。

 敵は小口径砲の連射で、リアルタイムの測距を行っているのだ。その際、命中率は問わない。ゼルセイヴァーがどこに動こうが、砲弾をばらまいておこうというのである。

 まさに今、アスミとリルケは地面に縫い留められたも同然だった。

 そして、本命の大口径砲が直撃弾を繰り出してくる。

 かなりの手練てだれ、優秀な指揮官と熟練兵のやり口だった。


「ダメージがないとはいえ、これでは動けないな」

「マスター、何かこちら側も飛び道具を、っ、ん! んっ!」

「リルケ? どうした、大丈夫かリルケ!」

「へ、平気です。さ、マスター。私などに構わず敵を――」


 次の瞬間、数発の砲弾が連続して直撃した。

 同時に、コクピットに小さく悲鳴が響く。

 どうにか噛み殺そうとして、抑えきれずに漏れ出たその声は……鮮血をオールビューモニターにわずかに散らした。

 慌ててアスミが振り向くと、リルケは手の甲で口を拭って血を隠そうとした。

 だが、彼女は苦しげにあえいで吐血していたのだ。


「ま、まさか……そういうことか! クソッ!」

「わ、私は大丈夫です。マスター、存分にそのお力を、っく!」


 次々と命中弾が炎と黒煙を撒き散らす。

 そして、回避した先にも小型砲の砲弾が雨と注いで、すぐに大型砲の一撃を呼んでくるのだ。そんな中で立ち往生するままに、とある真実が明かされた。

 恐らく、ゼルセイヴァー自体のダメージがなくても、

 マナを供給してゼルセイヴァーの動力炉となった彼女は、痛みを感じるのだ。

 完全にリンクしているので、ゼルセイヴァー自体が無事でもリルケは違ったのである。


「くっ、俺は……俺はなんて迂闊うかつな!」

「い、いえ……私が、望んだの、です……私の、マナを、マスターのために」

「駄目だっ! リルケ、誰かを犠牲にして動くロボットなんて……リルケ?」


 不意に、視界が狭まった。

 上部後方に座っているリルケが、痛みに耐えきれずに失神して落ちてきたのだ。ぴっちりとしたおそろいのスーツからせり出す。豊満に過ぎる胸が顔面を覆う。

 同時に、マナの供給が切れてゼルセイヴァーの出力がダウンした。

 そして、アスミは察した。

 自信が過信を呼び、傲慢ごうまんさに化けて、そして負けた。

 完全敗北、完敗だった。


「クソオオオオオッ! 待ってろリルケ、今のところは後退だ! もう一発も喰らわせない!」


 幸か不幸か、地形を変えるほどの砲撃によって、周囲には煙が充満していた。

 それで敵側の命中率も少し落ちる。

 アスミはせめてもと機体の両腕でガードを固めつつ、ゆっくりと後退を始める。

 同時に、リルケを抱き寄せ自分の膝の上に横たえた。

 見れば、端正な美貌は汗に濡れて、呼吸も粗く乱れている。

 全て、アスミの失策が原因だ。

 奇跡のスーパーロボット爆誕に浮かれて、その構造やシステムのチェックを怠ったからだ。そんな自分が許せなくて、ついアスミは憤りに荒れる。

 ゼルセイヴァーは後方に大きくジャンプすると同時に、恐るべきその力を解放した。


「せめてものお返したっ! これ以上は当てさせるかよっ!」


 ゼルセイヴァーの瞳がグン! と輝き、苛烈な光がほとばしる。

 ウイのものと同じで、目からビームでモニターが真っ白に染まった。

 それが収まり、砲撃が密集する地獄から抜け出たアスミは、見た。

 薙ぎ払われて、空中で爆発する無数の砲弾。

 そして、砲撃してくる敵基地を守るように広がっていた丘の一部が、まるで騙し絵のように切り取られている。間違いなくそれは、今発射した唯一の反撃、ビーム攻撃だった。


「……クソッ、ゼルセイヴ・ビーム! 数少ない現時点での内蔵武器! その初回がこれかよ……必殺技クラスの凄いビームが……スーパーロボットの目からビームが、くっ!」


 無様だった。

 アスミ自身の過失で、自分をマスターと慕ってくれる女性に大ダメージを与えてしまった。事前に少し調べていれば、この危険なシステムの欠点を修正できたかもしれない。

 ロボットアニメの主人公になった気分で、なにもかも見えなくなっていたのだ。

 同じ用に盲目と化していたゼルセイヴァーは、視界を取り戻してゆっくり後ずさるのだった。

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