第11話「――懇願、それは祈り」

 雄雌しゆうは決した。

 それはもはや、勝負ですらなかったのだ。

 リルケによって半ば強引に注ぎ込まれたマナが、アスミの想像力と空想力、妄想力を爆発させた。結果、突如として廃都に黄金の巨神が降臨したのである。

 その名も、創星機神デウスXマキナゼルセイヴァー。

 異世界ゼルラキオという瀕死の惑星を救う、魔王のマナで駆動する破壊神である。

 歩行するだけでその速度は、全力疾走する騎馬に匹敵した。

 街の外まで騎兵隊が逃げるのを見送り、戦いは終わったのだった。


「で、だ……ちょっと説明してくれ、ナル」


 城に戻ったアスミたちは、食卓を囲んでいた。

 相変わらず食堂にはいい匂いが広がり、リルケが甲斐甲斐しく料理を運んでくれる。魔王様は今はピチピチピッチリのパイロットスーツではなく、何故なぜかメイド姿になっていた。

 そんな彼女が運んでくれる、ちょっと遅めのブランチを食べつつアスミは問う。

 眼の前には、バツが悪そうにミルクを飲むナルの姿があった。


「ナル、どうしてもっと迅速に逃亡者を保護できなかったんだ? お前なら」

「ああ、できるよ。ってか、ボクなら追手も皆殺しにできた。ボク一人で十分だった」

「けど、お前は俺たちに歩調を合わせて作戦を共有してくれた。お前が保護対象を確保してくれたから、俺たちは」

「ああ、凄いもんだよ。この星を……ゼルラキオを見捨てて逃げた大いなる神々の再臨か、ってね。大したもんだ、あれは」

「うむっ! あれこそはスーパーロボット! 俺の理想のロボ、ゼルセイヴァーだ!」


 若鶏わかどり香草焼こうそうやきを運んできたリルケが「マスター」と、小さくとがめてくる。思わず話の腰を折ってしまったことに気付いて、思わずアスミは咳払いで話題を戻した。

 因みにそのゼルセイヴァーだが、朝日に輝く黄金の巨躯きょくを城門前で屈めている。

 まるで弟ができたように喜んだウイが、今ワックスを賭けてくれてるところだった。


「で、だ……ナル、よければ教えてくれ。お前ほどの魔法剣士ルーンフェンサーがどうして」

「助けなかった、守りたくなかった……そう言ったら?」

「それならそれでいい。でも、理由を聞かせてほしい」

「にゃはは、困ったにゃー? ボクにもね、色々とあるんだよ」

「それはお互い様さ。じゃ、まあいい。話したくなったら話してくれ」


 それだけ言うと、アスミは鶏の脚をもぎ取り頬張る。

 一通り給仕ウェイトレスを終えたリルケも席につき、何も言わずにナルに頷いていた。

 そんな二人の優しさに、思わずナルはうつむきナイフとフォークを止める。


「……無理に聞かないんだ。アスミも、ルリケも」

「いいさ、ナル。いつか話してもらうし、お前のことをわかりたい。それが今じゃないだけだ」

「そうですよ、マスターの言う通りです。……まあ、私にはもうわかっていますが」


 その時だった。

 ごくごく親しい者たちの食堂、魔王のためのプライベート空間に声が走った。

 ドアを開く音と共に、全身をボロ布で覆った女性が現れる。

 目深くケープを被っていても、その声が若い女の瑞々みずみずしさで響き渡った。


「わたくしが教えてさしあげますわ。……まずは感謝を、皆様方。まさか、魔女王ロード・オブ・ウィッチリルケレイティアとその仲間たちに助けられるとは。400年ぶりですわね、我が怨敵おんてき


 優雅でゆったりとした声が、妙に刺々しく脈を打つ。

 そういう言葉をリルケに刺し続けながら、女はケープを脱いだ。

 そこには、美の結晶としか思えぬ造形美が微笑ほほえんでいた。

 思わずアスミは、椅子を蹴って驚きに立ち上がる。


「エ、エルフ……ああ、そうだった。あの騎兵たちが言っていた。本当にエルフだ」


 すぐ目の前にダークエルフのナルがいるのだ、なにも不思議はない。

 そして、なんとなく理解できた。

 エルフとダークエルフ、白い肌と黒い肌。

 よくある話で、アスミの世界ではほぼほぼ克服できた差別がここには生きていた。


「わたくしはハイエルフのジュゼッティル。どうかジルとお呼びくださいまし」

「お、おう。俺はアスミだ、宜しくな! 好きなロボは全部! 好きなジャンルはロボモノ全般! 好きな飯はカレーライスだ!」

「え、ええ……よろしくお願いいたしますわ」


 笑顔で拳に親指を立てるアスミに、ジルは少々たじろいだ。

 だが、すかさず皿のソーセージをフォークで転がしながらナルが口を挟む。


「ハイエルフの女王、ジュゼッティル……かつて人間に魔法を与え、共に戦いボクたち七大魔王の軍勢と戦った女傑だよ。こいつの魔法と弓で、仲間が何人もやられたんだ」


 ナルがガツン! と皿のソーセージにフォークを突き立てる。

 その目に燃える暗い炎は、400年前を決して忘れていなかった。

 だが、ジルもまた己の肘を抱きながら凍える用に言葉を選ぶ。


「お互い様ですわ……闇にしたダークエルフ、汚らわしき眷属けんぞく。同じエルフであっても、わたくしたちとは違う。魔女王の右腕、最凶最悪の魔法剣士ナルティナード……貴方は自分が殺した者たちの数を覚えていて?」

「あんたと同じさ、ボクだって知るもんか。……敵は殺した、消えるまで倒した」

「……それが、七大魔王との封印戦争。その時、確かにわたくしたちは敵同士でしたわね」


 不意に、ジルは腰から短剣を引き抜いた。

 即座に反応したナルが立ち上がるや、かたわらの大剣に手をかける。

 だが、ジルは手にした刃を自分の髪に押し当てた。

 きらめく長い金髪を束ね、それをバッサリとその場で切り捨てる。


「魔女王リルケレイティア! 我が美の全てを捧げますわ……どうか救いを」


 静かに茶を飲むリルケは、なにも応えない。

 当然かも知れない、彼女は偉大な魔王であると同時に、一人の女性だ。数多の勇者が自分を玉座に縫い付け串刺しにした、その裏には協力者のジルがいたのである。

 だから、彼女を見もせずリルケは静かにティーカップをテーブルに置いた。

 それは、ジルが短刀を喉に突きつけるのと同時だった。


「我が声を潰して、歌声を捧げますの! 望むなら、目をえぐってこのまなざしも! 耳も、からだも、なにもかも! わたくしの全てを差し上げます……どうか、救いを」


 思わずアスミは、右手を伸ばした。

 届くはずのない距離で、覚悟の刃をジルが己に突き立てようとする。

 いかなエルフでも、喉を切り裂けば死ぬだろう。

 400年前は殺し合いの戦争をしていた両者の中で、アスミだけが部外者。

 だからこそ、互いを繋ぎ止めることができる気がした。


「マルチロール・ハンドッ! そう、それがこの銀腕ぎんわん! 最強のデバイスにして武器!」


 肘から先が射出された。

 なんと、アスミの義手は腕から離れて宙を舞う。

 ナルもリルケも驚きに目を丸くしたが、構わずアスミは腕を打ち出した。

 有線制御なとこに、なんとなく安全策を欲する自分の性格を感じる。

 だが、ケーブルの尾を引きながら、飛び出した手はジルからナイフを取り上げた。

 同時に、その手のケーブルに引っ張られるようにアスミが駆け寄る。


「ジルさん! いけない……命は捨てるものじゃない、使うもの! そして最後に燃やすものだ! そして、

「でも、わたくしはっ! ……400年前、人間に助力し、共に戦い……今は」

「言わなくてもわかる、言わなくていい。辛いことだ……決して許せない! 誰が許したって、俺が! 俺たちが赦さないっ!」

「何度も、何度も……人間はわたくしたちを。我が美の全ては汚され、同胞は今も犯され続けてますわ。どうか、誰か……」


 ジルの話では、400年前の封印戦争でほぼすべての亜人種が人類に味方した。エルフは勿論もちろん、ドワーフやホビットといった面々全てがである。

 結果、七人の魔王は倒された。

 神々えさ見放したゼルラキオの未来を、人類は勝ち取ったのである。

 そう、

 この星の支配者として人類は、それ以外の民族、種族を排除し始めたのである。エルフから魔法を、ドワーフから武具を、ホビットから知恵を得た人間たちは……それにあだを返した形になったらしい。

 そこまで話して、ジルは泣き崩れた。


「う、ううっ! わたくしたちは、この400年……死ねず、若いままに美をむさぼられてきた。ただただ人間たちの性欲のはけ口として! この瞬間、今も! 同胞たちが!」


 やるせない話に、ナルが剣を置いた。

 彼女は、彼女にしか見えない彼は、鼻から溜息を零しつつそっとジルの前で屈む。


「だから言ったろ? 人間なんかの側につくなって。馬鹿だな、ジルは」

「ナル……」

「ボクたち、幼馴染おさななじみなんだ。当時はエルフとダークエルフにも交流があってね。……親同士は、ボクたちが結ばれればと思ってた、でもボクは……男でいられないし。ボクは躰しか男でいられないんだ」

「ふふ、そういう話もありましたわね。でも、ハイエルフの氏族クランは皆が人類との共存を選んだのですわ。魔王は巨悪、倒さねば世界が滅びる……しかし、真実は逆でしたの」


 ジルの涙がぽたぽたと床に落ちてシミを作る。

 そっとナルが肩を抱くと、ジルは声を上げて号泣に天を仰いだ。

 そして、静かにリルケが立ち上がる。

 彼女はそっとアスミに寄り添い、その腕を抱き締めながら堂々と言い放った。


「ハイエルフの女王、ジュゼッティル。私と共に……マスターと共に戦いなさい。立ち上がるのです。かつての敵も今は違う。我がマスターなら、そう仰るでしょう」


 アスミは大きく頷き、ナルが立ち上がらせたジルの手を握る。


「事情はだいたいわかったぜ……男たちの慰みものになってるエルフを解放しよう。全員助ける! 俺達に任せろ」

「……男たちも皆、男娼だんしょうとして世界各地に」

「勿論助ける! とりあえず、さっき騎兵隊を出してきた基地? 駐屯地がある筈だ。そこを潰して狼煙のろしをあげる……エルフの美貌が汚される今は、ここまでだ!」


 アスミには今、ゼルセイヴァーがある。

 その実、急遽ビルドしたため細かい武器はまだまだだし、調整も必要だ。パワーアップを重ねる必要もあるし、スーパーロボットとはいえ一機で果たして全人類の軍隊と戦えるだろうか。

 だが、入室してきたウイが元気よく「ワックス掛け完了ッス! 愚弟おとうとがピッカピッカになったッスよー!」と能天気に笑うので、不思議とアスミは無意味な怯えを脱ぎ捨て前を向けるのだった。

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