第10話「――創星、それは大地に立つ」

 やむを得ず、ウイを自律モードに戻して操縦席に身を沈める。

 一瞬目をつぶって、すぐにアスミは現状を整理する。

 ウイという圧倒的な単騎の戦力に対して、敵は放置を決め込んできた。ウイなら自身でのオート戦闘でも負けはしないだろうが……問題は謎の逃亡者だ。

 どうも、何故なぜかナルに積極的な護衛や逃走の動きが見られない。

 それでも一応は、二人はなんとか逃げてくれている。

 そして今、アスミはリルケと共に両者の間に割り込んだ。

 逃げる仲間と追う敵と、その狭間にくさびのように己を打ち込む。


「なっ、なな、なんだっ!」

「モンスター!? 何故、400年も経って今頃!」

「それより、あの女は」

「き、綺麗だ……ハッ! いやいや、そこの荷馬車っ! 止まれぇ!」


 あっという間に囲まれ、銃を突きつけられた。

 10騎ばかりの胸甲騎兵が、巧みに愛馬を操りつつ包囲の輪を狭めてくる。

 アスミは操縦席を立ち上がって、義手にそっと触れる。

 Pi! と電子音が鳴って、肘からブレードが長く伸びた。

 それを見た周囲は警戒心に気配を尖らせたが、静かにリルケが名乗りをあげる。


「下がりなさい、下郎共げろうども。ここを七大魔王が一人、魔女王ロード・オブ・ウイッチリルケレイティアの領地と知っての狼藉ですか」


 決して激した訳でもなく、叫ぶような大声でもない。

 だが、静かによく通るリルケの美声に、周囲の騎兵たちは態度を硬直させた。

 それをぐるりと見て、最後にリルケはアスミに座るようにうながす。

 もう、操縦席に座っても意味がないのに。

 これはもう、ウイとのリンクを切った時点でただの椅子だ。

 それでも、リルケは静かに微笑む。


「その、ソージューセキとかいうのは、貴方の玉座のはずです、マスター」

「あ、ああ、でも」

「ならば、腰を据えてどっしり構えてください。言うなれば、そう……立ち上がるべきは、


 一本取られてしまった。

 日頃のアスミの口癖を真似て、そうして颯爽とリルケはスレイプニールから降りた。

 その一挙手一投足が洗練されていて、まるで祝宴に招待された貴賓きひんのよう。だが、彼女は魔王……400年前に世界を震撼させた、七大魔王の一人なのだ。

 その圧倒的な存在感に、騎兵はともかく馬たちが怯えて落ち着かなくなる。

 それを気にせず、リルケは無防備なままで前に出た。


「我が領土に脚を踏みれた理由を教えなさい。沈黙や拒否は許しません」

「う、そ、そそっ、それは」

「それより、リルケレイティアだって? あのおとぎ話の? 馬鹿な」

「封印戦争の伝説は知っているし、今も108の勇者一族、その幾つかは残ってる。だが」

「ああ、アンタ……おい、女! 貴様はいったいなにものだ! 後ろの男は!」


 ふう、とリルケは心底嫌そうに溜息を零して首を横に振る。

 嫌悪もあらわ眉根まゆねを寄せる表情すらも、どこか需要がありそうな美しさに満ちていた。ああいう顔でアレコレ貴人にいたぶられるのも、ちょっと気持ちいいかもしれない。

 だが、リルケは更に語気を強めて、それでいて静かに再度問いただす。


跳梁ちょうりょうの理由を説明しなさいと言いました。この400年で人間は、言葉も忘れてしまったのですか? ……まあ、魔法を忘れたのはよかったですね。宝の持ち腐れですから」

「なにをっ!」

「ま、待てっ! 迂闊うかつに撃つなっ!」


 若い兵士、まだ少年とさえ言えるような騎兵の一人が、銃爪ひきがねを引き絞った。

 だが、発射された弾丸は瞬時に、手を伸べたリルケに掴まれる。

 マスケット銃とはいえ、なまり球粒たまを素手で掴むなど人間業ではない。

 そう、人間ではない。

 この人は、アスミの手で蘇らせた太古の魔王そのものなのだから。


「これが、当世とうせの武器ですか。ふむ……ボウガンのようなものかと思いましたが、これは違いますね。勿論、マナの励起れいきを感じません。硫黄と晶石? 確か、これが……火薬、でしょうか」


 微かにくすぶる臭いを拾って、リルケは弾丸を捨てた。

 やはり、この時代の人間は魔法を……マナの力を使わずに生きているようだ。

 否、使えないとも言える。

 何故なら、マナの本質たるこの惑星そのものを、急激な文面の発展で破壊しているからだ。結果、大気中のマナが枯渇し、星は急速に死へと向かっている。

 だからこそ、蘇ったリルケは立ち上がったのだ。

 再び自分が魔王として君臨し、打倒魔王の旗印の元に人類を統一する。

 戦乱ばかりで資源を食い荒らす人間たちの前に、再び脅威として立ちはだかろうというのだ。


「クッ、まあいい……女! こっちにエルフが一人、逃げてこなかったか?」

「エルフ、ですか?」

「そうだ! うちの駐屯地に割り当てられた女だよ。奴隷以下の分際で逃げ出しやがった。……だがまあ、あんたが代わりになってくれるってんなら、へへへ」


 一人の騎兵が馬を降りた。

 そのまま、ゆっくりとリルケの前に歩み出る。

 背後から見ていて、アスミは気が気ではなかった。

 アスミと同じおそろいのパイロットスーツだが、リルケのものは露出度も高いし、なによりピッチリし過ぎてシルエットは裸そのものだ。豊満な胸の実りも、腰のくびれやどっしりした尻もテカテカに覆われている。

 だが、眼の前で兵士がいやらしい手つきをしていても……冷静にいつものリルケが振り返る。相変わらず無表情な美貌が、やっぱり静かにアスミに事情を説明してきた。


「マスター、事情が少しわかりました。逃げていたのは女のエルフです。ならば、ナルも面白くはないでしょう。それでも、引きずってでも逃げてくれたのは僥倖ぎょうこうでしたね」

「あ、ああ……あ! そうか、ナルはダークエルフだから」

「どの種族にも民族闘争はあるのですが、エルフや人間のそれは根深いものです。それと」


 もう、次の瞬間にでも兵士の手がリルケに触れそうだった。

 へへへと下卑げびた笑みを浮かべた男は、その手に余るほど大きな乳房を揉みしだこうとしている。

 その態度が全てを語っていた。

 逃げたのは女性のエルフ、つまりそういうことだ。

 なにがあったのかを瞬時に理解したアスミに、決然とした怒りが燃え滾る。

 それを察したかのように、リルケはすっ、と手をかざす。

 そして、指をクン! と天へ向けるなり叫んだ。


「マスター、イメージを! 貴方の想像力……創造力を今こそ現実に!」

「え、あ、でもMPが」

「心配ありません! 私のマナを存分にお使いください。!」


 それは、突如地面から岩盤の刃が突き出てくるのと同時だった。

 リルケに手を出そうとしてた兵士は、あっという間に串刺しになって空へと吊るされる。さらに第二、第三の土牙グレイブ屹立きつりつし、その鋭利な先端は男をただの肉塊に変えた。

 これが、魔法……マナを触媒として放たれる、条理を無視した術式だ。


「くっ、やりやがったな!」

「撃て、撃てぇえええええ!」

「あの馬鹿、色気を出すから……おいっ、援護の傭兵はまだか?」

「アイツ、まさか報酬だけもらってトンズラかよ!?」

「いいから今はあの女だ! 奇っ怪な術を使う、気をつけろ!」


 あっという間に、死の都に鉄火場が広がる。

 そんな中、銃声を連れてリルケがアスミの胸に飛び込んできた。

 まるで疾風のように、銃弾よりも速く。

 まるでそよかぜのように、軽やかで柔らかく、そして。


「おっ、ととと、リルケ。結構重い、くないね! うん、ドスンと来たけど!」

「なにか言いましたか、マスター。さあ……私のマナをお使いください」


 突然のそれは、接吻キス

 首に手を回してきたリルケは、操縦席のアスミに唇を重ねてきた。

 互いの吐息が行き交う中で、舌と舌とが味わいを混じえる。

 次の瞬間には、膨大な力がアスミに注ぎ込まれてきた。

 それは、脳裏に描いた理想の姿を具現化し、アスミ自身のMPをまったく消費せずに周囲の空間を覆ってゆく。

 襲い来る弾丸は全て、突然アスミのスキルで現れた装甲に阻まれた。

 みるみる育ち伸びる草木のように、合金製の複雑な構造物が周囲を覆っていた。

 一瞬見えなくなった敵は、次の瞬間には周囲をぐるりと囲む全周囲モニタに映っていた。


「ん、んっ、ふ、ぷあ! ふう……どうでしょうか、マスター。マナは足りたでしょうか」

「ほえ……はっ! あ、危ない、あやうくとろけるとこだった! ――これは!」

「星のマナが尽き果てようとも、我が身にたぎるマナは絶えずあふれる泉のごとく。それを粘膜を通すことで、他者へと分け与えることができるのです。そしてこれが」


 そう、これが。

 これこそが。

 先程の騎兵たちはもう、遥か下の方に騒いで見える。

 それを見詰める双眸がヴン! と光れば、即座にアスミは操縦桿を握った。

 毎日コツコツ、最大MPが7のままでやりくりする予定だった。だが、数千というレベルのマナを瞬時に注入されたおかげで、一瞬でアスミのイメージが力になって顕現した。

 流れる鼻血も構わずに、アスミは静かに猛り昂ぶる。


「リルケ……って、リルケ? あの、どこへ」

「私の席を後ろに用意しました。この子はマスターが生み出し、私のマナで駆動します」


 そう、屈んで片膝を衝く機神が姿を現していた。

 その黄金に輝くボディは、朝日を反射して眩くきらめいて見える。

 騎士にして魔神、竜にも似たフォルム。

 全身が黄金でできた神像は、胸に六枚翼の熾天使が飾られている。


「なあリルケ、この惑星は……この星は、なんていう名前なんだ?」

「――ゼルラキオ。神々が去った今も、あおく輝くみどりの星」

「ゼルラキオ……よし、決まったぜ! うおお、立てっ! ゼルセイヴァアアアアア!」


 無数に折り重なって入り乱れる、複雑なメカニカルノイズ。

 全高20mもの巨神が、ゆっくりと立ち上がる。

 その姿を見た敵兵たちは、我先にと乗騎の馬首をひるがえす。


「今こそ爆誕! 創星機神デウス×マキナ! その名はっ、ゼルセイヴァー! ……で、あの、リルケさあ……なんで、そうなるの? こう、もうちょっと」

「私のせいではありません。マスターの想像するこの子の心臓部、貴方の玉座がこのような形を求めて望んだとしか」


 立ち上がる威容は既に、歩くだけで騎兵を追い散らしてゆく。

 圧勝……勝負にすらならなかった。

 そして、何故かアスミの操縦席は今……後方少し上に座るリルケの股の間にあるのだった。いわゆる幸せコクピットだが、とても恥ずかしくて振り向けないアスミだった。

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