第9話「――接敵、それは接近戦」

 八脚馬はっきゃくばスレイプニールが、旧市街地を疾走する。

 かつては繁栄を極めた魔族たちのみやこも、今は廃墟の連なる無人の街と貸していた。

 すでに朽ちて石畳が浮いた道で、荷馬車のアスミは揺れに揺れた。


「うおお、凄い揺れだ! それに、速い!」

「マスター、平気ですか? 先行したナルとウイがもうすぐ接敵します」

「あ、ああ! それにしても……その、なんだなあ。リルケ、その格好は」

「マスターとおそろいにしてみました。これが異世界の服……ずいぶんピッチリ密着感の強いいでたちなのですね」

「……すみません、俺の趣味です」

「ならば、なおヨシ、です」


 スレイプニールにくらを乗せて、リルケが手綱たずなを握って鞭を振るう。

 その姿は、スライムに頼んでパイロットスーツに着替えたアスミとおそろいのピッチリピチピチだった。そんな格好のリルケの尻が、ちょっと前で揺れている。

 騎手もかくやの手綱さばきで、魔女王ロード・オブ・ウィッチはかつて支配した街を疾駆する。

 その後ろに繋がれた荷馬車の上で、アスミはコクピットから情報を入手していた。


「ナルは、逃げてきてる謎の人物を確保だ。ウイは……やるぞ、こっちで動かすから思う存分に戦えっ!」

『ウイだけで大丈夫? ボクも手伝おうか?』

『平気ッスよ! まずは追われている人を保護する方が大事ッス!』


 マナの総量が激減したこの惑星ほしでも、仲間同士では通話ができるようにしておいた。コクピットになるはずの操縦席から、微かなマナの回線を中継して相互通話が可能なのだ。

 これくらいなら、アスミのMPでもなんとかなる。

 もちろん、デカい情報のやり取りをすればパンクするだろう。

 だが、ガタガタ揺れる中での空中ウィンドウは、まずはナルが離脱するのを伝えてきた。


「うっし、ナイスだナル! で、だ……ウイ、敵が見えるか!」

『見えるッス! 人が5で馬が5、繰り返す、人が5で馬が5ッスよ!』

「……正確に伝えてくれ、っと。お前の視界をこっちでも見てるけど」

『騎馬兵ッスね。武装した騎兵隊が15騎ほどッス!』

「少数だな、追跡部隊としては小規模だ。だが、まあ……徒歩の人間一人を追いかけるには十分か! よしっ、行くぞウイッ!」


 すぐに中央のウィンドウに、馬にまたがる兵士たちが見えた。

 向こうでもウイを目視で確認したらしく、この異世界の言葉で叫んでいる。

 スペースアテナにもらったチートスキルで、そのののしりを込めた声がはっきりとアスミには理解できた。


『なんだ、このむすめ……鉄でできているのか!?』

『400年前の魔王軍の残党かもしれん、取り囲め!』

『ゴーレムのたぐいとみた! とにかく距離を一定に! 銃の使用も許可する!』

『へへ、まさに無貌むぼうの人形だぜ。目以外、なにもついてねえ顔だ!』


 あっという間に、10騎程の騎兵がぐるりと周囲を取り囲んだ。

 おりしも、大通りの十字路はちょっとした広場みたいな面積だ。

 いかにウイがチート級の戦闘力を持っていても、馬に乗った人間とはスピードが違う。しかも、数で圧倒的に不利だった。

 だが、その差をひっくり返してこそスーパーロボットである。

 小さく等身大でも、ウイはアスミの生み出した戦闘用アンドロイドなのだ。


「ウイ、目からビームはやるなよ! まだ視界が真っ白になる不具合を直していない!」

『了解ッス! って、お馬さんが速いッス! しかも、結構小回りもきいてて』

「訓練された騎馬兵の機動力は、戦車や装甲車が現れるまで陸軍の花形だったからな。だがっ、お前なら勝てるっ! うおおっ、フィンガァァァァ・マグナムッ!」


 なお

 だが、雰囲気は大事である。

 アスミの絶叫とともに、遠く離れた大通りでウイは手と指で拳銃をかたどった。

 そのまま、人差し指の先端がモーフィング変形して銃口になり、弾丸が発射される。

 狙い違わず騎兵の一人を、その心臓を貫いた。

 はずだった。


『アスミ、なんか弾かれたッス! カキーン、って防がれたッスよ!』

「くっ、そうか……映像のCG補正が鮮明になってわかった。こいつ等、胸甲騎兵きょうこうきへいだ! まずいぞ、今のウイの火力じゃ。口径か? それとも初速が足りないのか、ええいくそっ!」


 ――

 それは、地球でも騎兵たちの中で最強の重装兵、もはやそれは人馬一体となった最強の騎士そのものである。

 重い鎧で首から下をほぼ覆い、銃と剣、そして槍などを携行して戦う。

 その機動力を活かした突進は、人類に「塹壕ざんごうを掘って耐える」という消極的な防御作戦しか許さない。そして、互いが塹壕を掘って撃ち合う戦争が固定化すると、静かに歴史の表舞台から消えていったのである。


「ウイ、射撃じゃ拉致があかない!」

『ならばやはり、目からビームしかないッスね!』

「だから駄目だっての。それに……廃墟とはいえ、旧市街地は壊したくない」


 その言葉に、肩越しに振り返るリルケが小さく頷いた。

 ここは、この街と城はリルケの故郷、彼女の統治した国だったのだ。

 それが今は朽ちて滅び、人間の騎兵隊が無断で入り込んでいる。

 ならば、容赦なく分からせるしかない。

 騎兵隊の中でも最強を誇る胸甲騎兵といえども、ロボには勝てないと。


「ウイ、敵の銃はわかるか? 詳細な分析を!」

『長銃、発砲音から察するに旋条痕ライフリングのあるものッス。弾丸は先込め式!』

「微妙に進化してる銃だな……よし、ウイ! お前は残念だが瞬発力は低い。射撃には耐えつつ、焦れて斬り掛かってきた敵から」

『ああして、ああッスね!』

「そうだ、こうしてっ! こうだ!」


 左右の手で握った球体へと、念を込めてタッチし操作する。

 鋼の乙女たるウイになら、ある程度の射撃は全く効かない。さりとて、ウイがその手で放つフィンガー・マグナムでも火力が心もとなかった。

 それを双方が理解して共有することで……格闘戦が始まる。

 その証拠に、抜刀した胸甲騎兵が一人、突撃してきた。


「馬はそのままに……騎士には悪いが、ブッ飛んでもらうっ!」


 巧みな操縦技術で、ウイの細く華奢きゃしゃな肉体が躍動する。

 馬上から振り下ろされた刃を避けつつ、空中へと華麗に彼女は舞い上がった。同時に、天を仰ぐ敵兵の顔面へと強烈な回し蹴りを叩き込む。

 半分はオートだが、操作感は極めて良好だった。

 ウイとの一体感は、かなりの反応速度が両者を結んでいる証拠である。


『っしゃ、オラァ! まず一騎ッス! クーッ、今日もターンピックが冴え渡ってるッスよ!』

「いや、そんな機能はつけてない、っていうか距離! 距離をとられないようにしないと」


 主が落馬したことで、一匹の馬がいななき立ち上がる。

 その後に逃げ出したので、もうそっちはOKだ。

 同時に、スピンしながら四つん這いに着地したウイは、そのまま銃撃を避けつつ石畳の上を転がっていた。

 すかさずアスミはイメージ通り次のターゲットへとウイを吶喊とっかんさせる。

 あっという間にハンマーパンチが装甲ごと二人目の胸甲騎兵を叩きのめした。


『いよーし、絶好調ッス! ここで最強必殺技、アレで一気に勝負をつけるッスよ!』

「目からビームは駄目だからな! こっちでトレースできなくなるからな!」

『うィス! このウイ様の最強のっ、このナイスバディなボインが! Eカップの108cmがうなってえるッス! ウオオオッ!』

「え? いや、そんな武器……ついてるか、これか? よしっ、行くぞ!」

『必殺っ、オッパアアアアアアイッ、ドッ、リイイイイイイルッ!』


 突然、ウイの胸部装甲、見事に実った鋼鉄の長乳が変形した。

 そして、母性の象徴は全てを穿うがち貫くドリルへと姿を変える。

 金切り声を歌うドリルが回転し、敵にも焦りと恐怖が伝搬してゆくのがアスミにも伝わってきた。


「よ、よし、ウイ! そ、その……お、おっ、おっぱ……いや、まあ、ドリル! ドリルでどうするんだ!」

『オッパイ・ドリルは最後の必殺技ッスよ! そして、最強なんス!』

「お、おう。それで? ええと、どこを押せば飛ぶんだ」

『飛び出さないッスよ? 発射したら自分、ツルペタになっちゃうどころか、大穴空いちゃうスから』

「え? ドリルが飛び出すんじゃないの? ――あっ、もしかして! くそう、造ったやつ頭やばいだろ! って、そりゃ俺か! ウイ、突撃っ!」


 不気味な金属音を高鳴らせるウイは、怯んだ胸甲騎兵の一人につかみかかった。

 たとえ重装甲の騎兵といえども、鋼鉄の戦乙女ワルキューレにハグされれば命はない。しかも、死の抱擁は左右一対のボインなドリルで身体を貫かれることになるからだ。


『ウイウイッ、ブリーカアアアア! 死ねぇッス! ハニワ幻人全滅ッス!』

「……うわ、グロ……でも、効いてる! まさに必殺技、必ず殺す技!」

『さあ、どんどん抱き殺すッスよお! ……って、ありゃ?』


 指揮官らしき胸甲騎兵の一人が、槍を手に指示を飛ばす。

 そして、一騎当千のウイは瞬時に無力化されてしまった。


『このゴーレムもどきはいい、私が直接相手をして足止めする!』

『しかし隊長!』

『大丈夫だ、お前たちは逃げた女を追えっ! バカデカい剣を背負った、ダークエルフと逃げた方に戦力を集中!』

『了解! 隊長、ご武運を!』

『そいつ、飛び道具は大した事ないし、動きはそこまで速くないです! 隊長なら!』


 瞬時にアスミは、レーダーの光点を見やる。

 まずいことに、要救助者を連れて走るナルは離脱しているが、酷くスピードが遅い。

 当然だ、ここまで逃げてきた人間はもうフラフラなのかもしれないし、それならそれでナルが担いで走ればとも思った。

 だが、そうしないということはなにか事情があるらしい。


『アスミ、この隊長さん強いッス! タイマンで全然勝負がつかないッスよ!』

「やられた……敵の目標はウイの撃破じゃない、逃げてる謎の人物の捕獲だ。だったら、数の優位を活かして二手にわかれる。ウイは適当に足止めすれば……クソッ!」


 すぐに察してくれたのか、スレイプニールを操るリルケが大通りへと荷馬車を走らせる。

 レーダーになってる光学ウィンドウには、もう自分たちのすぐ目の前に10騎を超える数の騎兵隊が迫っているのだった。

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