第7話「――混浴、それは団結」

 夜、見上げる星空は見知らぬ星座ばかりだ。

 月なんかは大小二つあって、小さく赤い方はまるで紅玉ルビーのよう。

 ゆっくりと城内の露天風呂に浸かって、アスミは長い長い溜息を零した。


「月を見上げて温泉、か……地球の月は真っ先に砕かれたからなあ、リフォーマーたちに」


 ――リフォーマー。

 巨大なロボット兵器群を用いて襲い来る、宇宙からの侵略者。

 初手から敵は、人類に対して天変地異級の衛生破壊兵器を使用してきた。あっという間に月はバラバラに砕け、無数の隕石となって地上に降り注いだのである。

 しかも、潮力が失われた海は隕石の余波で荒れ狂い、多くの都市が水没した。

 ムーンダスト事件で始めて、地球人類は天敵との戦いのために一つになったのである。


「……ルリナ、そして軍のみんな……無事でいてくれよ」


 一応、アスミの起こした起動失敗による爆発は、敵の多くを巻き込んだ。

 味方も犠牲になったが、そこはスペースアテナにまかせてある。

 三つしか習得できないスキルの一つを失ってでも、大切な人たちを守りたい……その気持だけは今も確固たるもので、全く後悔を感じない。

 ただ、もうルリナに会えないかと思うと、それはとても寂しかった。


「ささっ、アスミ! さっさと洗い場に来るッスよ! このメカルリナが、背中を流してあげるッス!」

「……その名前、やめない? つーか、ルリナのイメージ崩れるから」


 振り返ると、そこにはメカメカしい女の子がキュイン! と腰をくねらせている。先程ナルとの模擬戦のためにビルドした戦闘アンドロイド、自称メカルリナだ。

 リルケの時もそうだったが、どうやら自分のロボやメカに対する設計思想に、時折邪念のようにルリナへの慕情が混じってしまうらしい。


「えっと、テラセイヴァーが試製00式決戦兵器だったから……お前はナンバリング的には、一号機? 初号機かあ。じゃあ、ウイ。初号機の初で、ウイだ。改名しろ」

「オッス! じゃあ、今度から略してウイウイって呼んで欲しいッス!」

「略してないし倍に増えてるし、はあ……まあでも、今日はサンキュな」

「アスミこそ、感謝ッスよ。無敵で最強な自分が爆誕したのは、アスミの力ッス!」


 頭は悪いが、メカルリナ改めウイは気の良い奴のようだ。

 やれやれと苦笑しつつ、湯船から上がったアスミはウイの前で椅子に座る。

 せっせと泡立てたタオルで、ウイはアスミの背中を流し始めた。


「どッスか、お客さん! かゆいとこないッスか?」

「あ、そういうのいいから。てかな、お前は奴隷じゃないし下僕そもべでもない、仲間だ。女の子型なんだから、こんなことしなくていいんだぞ」

「またまたー、嬉しいくせにー?」

「まあ、なんだ……悪くはないけどよ」


 ウイと話していると、調子が狂いっぱなしになる。

 だが、そんな賑やかな二人の間に、さらなる入浴者が現れる。

 湯けむりの中から、スレンダーな細身のダークエルフが現れた。


「おっ、アスミにメカナントカじゃん」

「ウィッス! 自分、新たにウイという名前になったッスよ」

「へー、そっか。うん、それがいいよ。アスミの恋人と同名なんて、その女性が可愛そうだし」

「グヌヌッ! なにを言うッスか。アスミもフォローしてほしいッス!」


 とたんに賑やかになってきた。

 やってきたナルは、大きめのタオルで胸を覆っている。

 男なんだからと思いつつも、ないものが見えるよりも、見えないからこそ感じるエロスに思わずアスミは黙る。というか、洒落しゃれにならない美貌なので、居心地がわるかった。


「お前なあ、男なんだから胸まで隠さなくていいだろ」

「あっ、見たい? なんだ、アスミそういう趣味もあるんだ」

「今や男の娘オトコノコは市民権を得たエポックメイキングな属性だ! それに、進暦しんれきの国際憲章には心身両方の男女平等がちゃんとうたわれている」

「へー、いい国なんだね、アスミの故郷は。……僕は結構苦労したよ。リルケに会うまではね」


 そう言って、ナルは少し遠い目で月を見上げた。

 どこか寂しげで儚げだったが、アスミの視線に彼はニシシと生意気な笑顔を返してくる。


「ま、アレコレうるさい奴は全員、剣とコイツでわからせてきたけどね、色々っ!」


 突然ナルが、ご開帳とばかりにタオルを左右に開く。

 ほっそりしてても骨格は男子、それなのにくびれた腰や浮いた肋骨がなまめかしい。

 そして、ナルは全裸でも使だった。


「お、おおう……その、なんだ。立派なもんだな……クッ、なんだこの敗北感」

「ふふ、アスミのもかわいいよ? 食べちゃいたいくらい」


 のスキルがほしい、そういう気持ちが直撃したアスミだった。

 それでも、打ちひしがれながら背中を洗われてると、すぐに新しい声がやってくる。


「メカルリナ、でしたか。お下がりなさい。マスターのお世話は全て私がしますので」


 やっぱりかと思ったが、リルケが堂々と現れた。

 彼女はその女神像もかくやという豊満な美体を隠そうともしない。基本的に華奢きゃしゃでしなやかなのに、局所的に肉付きがよくてムッチムチしている。

 かといってバランスは黄金比のかたまりのように調和して、月明かりに輝いて見えた。


「ちょ、ちょっとリルケ! 隠して、裸を隠して! せめて胸とか股間とか!」

「なにを驚くことがありますか、マスター。魔女王ロード・オブ・ウィッチリルケレイティア、人に見られて恥ずかしいものなどなにもありません」

「こっちが恥ずかしいの! あと……恥じらいも少し持って。そ、その、色々困るから。綺麗過ぎて直視できないし」


 アスミの言葉に、無表情なリルケがポッと頬を朱に染めた。

 それでようやく、彼女も持ってるタオルで前だけを隠してくれる。


「……申し訳ありません、マスター。いささかはしたない姿だったようです」

「そ、そんなことないけど、まあ、助かるよ。こう、生理現象というか、男はつい」

「お任せください、そうした劣情の処理も私が! マスターには心に決めたルリナ様というお方がいますが、せめてこちらにいる間は私をお使いください」

「あーもぉ、だから! 使うとか言わないの! ……女の子には優しくしたいっての」


 だが、きょとんと小首を傾げたたリルケは、そのままウイからタオルを取り上げ背を流し始める。機械らしく無駄のないリズムでテンポよくこすってくれるウイとは違って、リルケの手は微かに熱くて緊張が感じられた。

 並んで身体を洗い始めたナルも、ニヤニヤと締まらない笑みを向けてくる。

 それをさらに並んでウイが真似るので、余計に恥ずかしさが加速した。


「うんうん、凄いよアスミ。七大魔王の一人をこうもかしずかせるなんて。リルケもなんか、少し雰囲気変わった?」

「……一度は死んだ身、そこに改めて吹き込まれた生命の息吹き。第二の生を捧げる方として、マスターはふさわしい殿方。……それに、生き返ったからにはやらねばならぬことがあると知りました」

「それねー。あ、リルケがまずかったらボクが処理してあげるからね、アスミ。今まで出したことないような声を叫ばせてあげる♪」


 迷惑千万、御免被ごめんこうむる。

 だが、そっと背を熱い湯で流しながら、リルケは語り出した。


「この400年、私が死んでいる間にこの惑星のマナはこうも無惨に食い散らかされてしまいました。これというのも、人間が錬金術、科学を乱用するからです」


 それも、戦争のために。

 今、七大魔王という天敵を撃退した人類は、この星で文明の絶頂期に突入しようとしていた。地球でいうところの、19世紀末くらいだろうか。産業革命によってエネルギー事情が激変し、飛行機や船の性能向上が世界を狭くした。

 そんな中、我が世の春を謳歌する人類たちは……どうやら戦争に夢中らしい。

 アスミも幼少期、学校で習ったことがある。

 中世を脱した人類は地球でも、帝国主義の名のもとに侵略と征服を繰り返した。この惑星でも、天敵を撃退した人類は人間同士で醜い覇権争いをしているのだという。


「マスター、どうかわがままをお許しください。私は再び、今度は唯一ただひとりの魔王として……人類の天敵をやります」

「そ、それって」

「散り散りになって滅びかけている同胞たちもいるのです。今も、私の使い魔は世界各地で情報収集を……マスターの銀腕に情報共有されるようにマナのバイパスを設けました」

「ん、ありがと。で、これからは」

「再び人類を脅かし、殺戮します。まずは人類の数を減らし、この星の負担を減らして、マナの現象を食い止めます。そしてこれが本題なのですが」


 突然、背後からリルケがアスミを抱き締めてきた。

 熱い密着感に、全身の血液が中心線へと集まりかける。

 寺田テラダアスミ、18歳。女を知って久しいが、初めてでなくとも理性が瞬時に沸騰する。

 そんなアスミの耳元で、赦しを乞うようにリルケは呟いた。


「魔王という唯一にして共通の敵として私を倒すため、もう一度人類には団結してもらいます。その際、化石燃料や火薬で動く武器……兵器と呼ばれる機械はこれを全て、叩き潰します」

「リルケさん……」

「七大魔王最後の独りとして……私がやらねばならぬことです。でなければ、この星はいずれマナが尽きてしまう。だからこそ、たとえ独りでも」


 思わず立ち上がったアスミは、振り向いた。

 その股間を隠していたタオルが、男を主張する自分自身にひっかかって戦旗せんきのように風に揺れる。それでも構わず、驚くリルケをぎゅっとアスミは抱き締めた。


「独りじゃない……リルケさんは魔王、そして俺のスキルで生体サイボーグになった身……不死身の肉体はいつか、孤独な平和を得るかもしれない。けど、!」

「マ、マスター? あの、それは」

「ようやく理解したぜ……俺がこの異世界に転生した訳がな! つまり、ソレスタルビーイングやダンクーガノヴァをやれってことだな! やろう、俺たちで!」


 やるべきことは感じていた、それが言語化されて理解にいたった。

 改めてアスミは、この星での使命を胸に刻んだ。環境破壊を繰り返しながら戦争を続ける人間たちに、再び魔王の威厳を示して全ての敵意を集める。魔王には剣と魔法でしか勝てないと思い知らせるために、あらゆる兵器を撃滅する。

 そのためにこそ、燃えたぎるアスミのロボット愛はこの地へ運ばれたのだと。

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