第6話「――対決、それは創造」

 場所を変えて、城の中庭。

 昼飯もそこそこに、アスミはナルと戦う羽目はめになった。

 もちろん、敵意も殺意も行き交うことはない。

 だが、互いの実力を知りたいという気持ちはアスミも同じだった。

 だからまず、一言断ってステータスを読ませてもらう。


「またかい? キミたち転生者、それ好きだよねえ」

「やっぱり、400年前の勇者たちも?」

「ああ。皆が皆、異常な術や技を使う異世界人だった。その数、百と八人」

「108人か……それが最後には、全員でリルケを」


 ふと、中庭の隅で見守るリルケを振り返る。

 彼女のような常軌を逸した魔王なればこそ、多数で畳み掛けるしかなかったのかもしれない。あるいは、数にものを言わせてなぶるようにじっくり殺した可能性もある。

 どっちにしろ、今は生体パーツてんこ盛りのサイボーグ魔王様だ。

 それに、二度と彼女は殺させない……なんとなく、アスミは自分の使命を考えつつ義手のパネルをタッチした。

 すぐにナルのステータスが空中に表示される。


 職業:魔法剣士ルーンフェンサー


 スキル1:属性付与エンチャントスペルS


 スキル2:二重属性融合タンデムエンチャントS


 スキル3:即席製剣ビルドブレイドA++


 HP874:MP904


 腕力405:体力219:瞬発力711:知力781:精神力320:運命力129


 魔法剣士、ようするに剣で戦いつつ魔法も使う戦士系ジョブだ。この手のキャラは中途半端になりやすく『剣も魔法も使えるが、極めることはできない』という話が多い。

 ルリナがゲーム好きで、戦闘や訓練の合間にスマホでやってたゲームではそうだった。

 だが、気になるスキル名にアスミは身構える。


「属性の付与? 融合……あと、ステータスが高い。リルケが極端過ぎて実感わかなかったけど……この人は強いっ!」

「あーあ、見透かされてるみたいでいつもヤだねえ。もういいかな? ――いくよっ!」


 瞬間、アスミは軍で鍛えられた直感に従い身を投げ出す。

 自分が立っていた場所に、鋭い斬撃が真空の刃となって伸びてきた。そう、いうなれば真空波ソニックブーム……音速を超えた切っ先が放つ見えない断頭台ギロチンである。


「おー、避けた避けた。フフ、ボクもなにせ実戦は久々だからね……手加減に失敗したらごめんよ!」

「あのデカい剣を軽々と……しかも、まだ魔法を見せてこないっ!」

「こんだけマナが薄くなっちゃうとね。でもまあ、見せるよ? ボクの魔法剣っ!」


 大剣を両手で構えて、ナルが精神集中に目を閉じる。

 その姿は完璧な勇者パースでバリッていたので、思わずアスミは目を奪われた。

 やはり、イイ……デカい剣は勇者パースで構えてこそ。

 そう思っていたが、自分もこのままやられる訳にはいかない。


「昨日は確か、義手とリルケをビルドしただけで力尽きた……今でもまだ、HPが少し持ってかれるくらいなら! うおおっ、俺の理想のロボ、その無数の可能性の一つよっ!」


 大きく開いてかざした義手から光が集る。

 あっという間にその中から、細く華奢なシルエットが浮かび上がった。

 それは、ナルの剣がビリビリとプラズマを身にまとうのと同時。


「召喚系の能力か、でもっ! 本体であるキミごと両断するっ!」


 アスミが始めて見る魔法剣。

 それは、文字通りの「魔法と剣」ではなかった。

 その証拠に、剣自体がさらに一回り大きくなり、稲妻そのものとなって伸びてくる。


「そうか! 魔法の属性を剣に乗せることで、剣自体を変化させるのか! クッ、さっきとはリーチも剣筋も違う。それに……それにっ、メカに電気はまずい、過充電はまずいっ!」


 もはやその一撃は、剣と言うよりはムチだった。

 牙をむく毒蛇のごとく、うねるように襲いかかる光。

 その雷がスパークする閃光に、全てが塗り潰された。

 ただ、離れて見ていたリルケだけが「むむっ」と小さく驚きを零す。

 そして、アスミは自分の前に小さな守護神が降臨しているのに気付いた。


「大丈夫スか、マスター! 自分が来たからには、マスターには指一本触れさせないッス!」


 ド派手なトリコロールカラーに塗られた、くろがね戦乙女ワルキューレ

 全身がメタリックな装甲に覆われた、鋼鉄のメカ少女がガニ股で真剣白刃取りしていた。

 信じられないといった顔で、ナルは慌てて剣を構え直す。

 両手で抑えた電気の刃を離すと、人形サイズの戦闘用アンドロイドはポーズを気取って見栄みえを切る。


「何の因果か異世界ファンタジー、思い知らせる鋼の魂! 装甲機嬢メタルメイデンっ! メカルリナ! 見っ、参っ!」


 アスミ自身も驚いた。

 眼の前に、女の子型のロボットが謎のヒーローポーズを決めている。

 もちろん、リルケのようなむちむちの生体パーツてんこもり仕様ではない。スカートからなにから合金製で、唯一長い長い赤マフラーを風に揺らした美少女ロボットだった。

 しかも、別に意識してなかったのに自らメカルリナを名乗った。


「……あれ? ま、まあ、うん……一部俺の想像通りの創造なんだけど」

「さあ、マスター! アイツを叩き潰せばいいんスね!」

「あ、模擬戦だから、適度に頼む」

「任されたッス! じゃあ、半殺しっ! !」

「うわっ、ちょ、ちょと待て、待てって!」

「問答無用っ! ルリルリ、ビイイイイイイイイムッ!」


 ガラス玉のように透き通った双眸に光が凝縮する。

 身構え防御より回避を選んだルナは、その直後に驚き僅かにひるんだ。


「なっ……魔法なのか!? 今、光が……でも、マナの気配を感じなかった!」

「す、凄いぞ、やばいものを造ってしまった……あと、ルリナにあまり似てないっ!」


 そう、メカルリナが目から怪光線を発射したのである。

 それは、あっという間に中庭の一部を薙ぎ払い、修復されたばかりの城壁を切り裂く。

 その威力にナルはドン引きしていたが、すぐにギアを一段階上げてくる。

 アスミにも、ルナが本気を出そうとしているのが感じられた。


「しょうがない、見せるよ……魔法剣を極めた境地、属性融合、って……あ、あれ?」


 だが、なにもしていないのにメカルリナの悲鳴が響き渡る。


「グオオオッ! 目が! 目がぁぁぁぁ! ビームの光が焼き付いて、アイセンサーが真っ白になったッスー! なにも見えないッス!」


 一瞬で緊張感がプツリと切れた。

 今のアスミが一度に使えるMPとHP、それを瀕死になるギリギリ手前まで使って創生した鋼鉄の熾天使セラフ……ちょっと性格や人格に不安を感じていたが、その予感は的中した。

 メカルリナ、自分でもガッカリするほどに馬鹿なAIを搭載したロボットだった。


「あ、あのさ、アスミだっけ? これ……斬ってもいいの? ボク、勝っちゃうけど」

「えっと、いや……まあ、俺はこういう能力の男だ。それがわかってもらえればいいかな」

「まあ、さっきのは凄かった。あんな攻撃、勇者でも回避は難しいんじゃないかな。威力も大魔法並だよ」

「あ、ありがとう。っと、っとお? ……あー、来たか。また来たか。消耗するなあ」


 ガクン、と膝から力が抜けて、アスミはその場にへたり込んだ。

 しかし、城壁や中庭を一瞬で修復したリルケが、咄嗟とっさに駆け寄ってくる。


「マスター! 大丈夫です、私の回復魔法で。それにしても、あれは」

「あ、ああ。俺はこうやってロボとか、それに類するメカを創造できる」

「それで私の肉体も……で、ですが」

「うん。あんなバカロボが出てくるとは思わなかった」


 ツインテールの頭部パーツを揺らしながらメカルリナはもんどり打って身悶え転がっている。そっとアスミに肩を貸すと、リルケはそのままメカルリナに歩み寄った。


「そこな機械人形。この方をマスターと呼んでいいのは私だけです。それと」

「お、おお? 視界が回復しつつあり……うう、目からビームは最後の手段ッスね」

「話を聞きなさい、ええと、ロボット?」

「メカルリナっていうス! 今日からマスターの下僕しもべとして悪と戦うッスよ!」

「ですから、この方は私だけのマスターです。それと、その名……マスターの正妻、奥方の名前ではないのですか? 気絶している時、マスターが寝言で呼んでいました」


 メカ、は余計だがたしかにそうかもしれない。でも、まだ籍も入れてないし、そもそも平和になるまではテストパイロットとメカニックの関係でいると誓った。

 そんなルリナに全く似てないのに、てへぺろ♪ みたいなノリでメカルリナは悪びれない。


「んー、じゃあなんて呼ぶスかねえ。あ、ダークエルフの人、なんかいい案ないスか?」

「は? ボク? いやまあ……ボクと同じく、普通にアスミって呼ぶ? うん、なんていうか……認めざるをえない実力があることはわかったよ、アスミ。疑ってごめん」

「生み出してくれてありがとッス! アスミ、自分は最後のネジ一本になるまで、アスミのために戦うッス!」


 フラフラになるまでリソースを注ぎ込んだのに、外見や戦闘力以外がまるで予想外の出来だった。だが、大きな目しかないその表情に、どこかルリナの面影おもかげを感じた。

 ナルが笑顔で歩み寄ってきたのは、そんな時だった。


「へー、でもアスミには奥さんいるんだ。でも、ボクはいつでもOKだからね?」

「ナル、いけません。マスターはいずれ元の世界に戻るお方。この私が我慢してるのですから、貴方も」

「いやー? 妾腹めかけばらでも子供増えれば感謝されない? 正妻さんも安心するだろうしさ。


 は? 今、なんと?

 情報量が多過ぎて、疲労が倍加したようで頭が重い。

 とりあえず、なんとか腕組みウンウンと頷くメカルリナはぶっ飛ばしてやりたくなった。同時に、すぐ近くに美貌の無表情があって、僅かに照れたように小声で「わかりました、では寝室に参りましょう、マスター」と平然と語りかけてくるのだった。

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