第5話「――再会、それは試練」

 リルケはすぐに、服? を用意してくれた。

 それを身にまとって、アスミは先程からご満悦である。


「フッ、この全身をぴっちり包む感覚。適度なプロテクター感に、筋肉美をうっすらとかもし出す薄さ。そう、これこそがロボット操縦者のためのスーツ!」


 しかも、リルケが気を利かせて右腕のみ肘から先が丸出しになっている。これは、いつでも義手を通してアスミがいろいろな情報を表示したりできるようにするためだ。

 もちろん、ヘルメットをかぶれば深海も宇宙も活動できる。

 水圧には、200mくらいまでの深度なら耐えれるとのことだった。


「か、格好いい……でも、なんの素材なんだろうな。凄く妙な肌触りだが」

「マスター、食事の準備がすみました。それと、私の客も一人同席しますので」

「あ、リルケ。この服、ありがとな! いい感じだぜ!」

「大変にお似合いです。首から下をくまなく覆っているにもかかわらず、シルエットとしては全裸そのもの。こうした趣味も私は嫌いではありませんのでご安心を」

「え、いや、そういう言われ方は、ちょっと……お約束というかさあ、こういうの」

「私の分もお揃いで用意しておきました。いつか使う時もくるかと」

「そ、そぉ? ……でもこれ、なんで出来てるんだ?」


 そう、ぴっちりパイロットスーツは、美少女や美女が着てこそである。今のリルケは全身から生えた鎧を仕舞い、簡素な着衣にエプロンをかけている。

 魔王にどうやら料理をさせてしまったらしい。

 そのリルケだが、平然と無表情で言い放った。


「……は?」

「スライム上位種、プラチナムスライムを召喚しました。アスミのオーダー通りの服装になっていますが、銀椀の力で何パターンかの組み換えができるかと思います」

「そっかー、スライムかー! って、マヂかよ! なんかほんのりあたたかいのは」

「プラチナムスライムの防御力は高いですし、生命維持のためにあらゆる防衛行動でマスターを守ります。極寒にも真空にも耐え、斬撃や打突にも強い、耐圧耐熱構造です」

「凄いな」

「因みに、私の分も用意してあります。……み、見たいですか? 見たいですよね?」

「え、あ、いや、別に」

「……はあ。そういうところですよ、マスター。さ、食事にしましょう」


 何故なぜ、がっかりされるのかがよくわからない。

 だが、部屋を出ていくリルケを追って食堂に向かった。

 そして、城の変貌ぶりに思わず驚く。


「おお……城が修理されて綺麗になってる!」

「魔法の力です。世界中のマナが薄くなっているので、かなり手間取りました」

「あそこで動いてる、なんか、ガーゴイル? みたいなのは」

「使い魔です。昔は七個旅団くらいの数を召喚できたのですが」

「……魔王なんだねえ、やっぱ。凄いじゃんリルケ」

「そっ、それほどでもありません。だから、そういうとこなんです」


 かすかにリルケは頬を赤らめ歩調を強めた。

 表情は常に冷静沈着な美貌を無表情で飾っているが、意外とかわいいところがある。

そう思いつつ、右手の義手に装備されたパネルにアクセスする。

 確かに項目が増えていて、タッチすれば瞬時にぴっちりスーツが消えた。

 アニメ化された時モザイクを入れる必要もないくらい、一瞬での着替えだった。

 あっという間にアスミのイメージ通り、カジュアルなカーゴパンツにシャツ、そして革ジャンが身を包む。

 肩越しに振り返るリルケも、どこか満足気に小さくうなずいていた。


「それで、お客さんっていうのは」

「私の知己ちき、かつての部下です。私の復活を察して来てくれました。この城の城下町も、昔はそれはもう栄華を極めたものです。今は、彼しかいませんが」


 この地は400年前、人間の軍隊に攻められ滅びた。

 100人以上の勇者の軍団と、リルケは総力戦を挑んで破れたのである。

 ふと窓の外を見れば、確かに立派に整理した町並みが見える。区画整理が行き届いて、巨石建築がずらりと並んでいた。とても美しい都市計画の残滓ざんしで、今は全く生命の息吹を感じず、大半の建造物が半壊している。

 そこで400年、廃城を守っていた部下がリルケにはいるというのだ。

 その人物は、これまた修復された賓客用の食堂で二人を待ち受けていた。


「お久しゅうございます、リルケレイティア陛下。魔女王ロード・オブ・ウイッチ第一の腹心、ナルティナード・オルドス、参上いたしました。……400年ぶりですね、陛下」


 そこには、美しいエルフの少女が恭しく膝をついていた。

 褐色の肌に短く切りそろえた銀髪、ダークエルフだ。背には巨大な剣を背負い、やや軽装の動きやすさ重視な鎧姿にマントを羽織っている。

 魔王の部下だから、ダークエルフの剣士でも驚かなかった。

 リルケもまた、静かに表情を崩す。

 400年ぶりの再会でも、二人にはすぐに信頼と友情が蘇った。


「よく来てくれました、ナルティナード。その忠節に感謝を」

「どうか、今まで通りナルと及びください。ってか、それでいいよね、リルケ。じゃないと、キミのこともリルケレイティア女王陛下って呼ぶよ?」

「ふふ、それはこそばゆいですね。……ありがとう、ナル。この地を守護してくれていたのでしょう。400年もの間、ご苦労さまでした」


 すぐに三人はテーブルに座った。

 焼き立てのパンに熱いスープ、主菜メインは肉料理でシンプルな丸焼きだが食欲をそそる。

 リルケはすぐにアスミのことを紹介してくれた。

 興味津々といった表情で見詰めてくるナルは、見た目はアスミと同年代か、少し下か。どこか少年っぽさの残るボーイッシュな美貌が愛らしい。

 もちろん、何百年もアスミよりは年上なのだが。


「っと、そういやそうだった。あの、リルケ。ちょっと貴女あなたのステータスを見てもいいか?」


 食事をしつつ、なにげない言葉にリルケが頷く。

 だが、反対にナルは「ああ? 呼び捨て?」と片眉かたまゆを跳ね上げる。

 瞬間、美少女エルフから殺気が放出されてアスミを八つ裂きにする。瞬時に死のイメージを脳裏に叩き込まれて、思わずアスミはビクリと身を震わせた。

 それでも、どうにか殺意の塊による圧壊を避ける。

 すぐにリルケが、両者をとりなしてくれる。


「ナル、この方は我があるじ、私のマスターです。この身を朽ちたむくろから再生し、鋼の心臓を与えてくれたのです」

「えー、なにそれ! ちょっとちょっと、リルケ、その話をもっと詳しく」

「ええ、それではまず……この城が最後を迎えた400年前の封印戦争からかいつまんで」

「あ、そこはいい。ってか、ボクも一緒だったじゃん。……負けちゃったけどね」

「ええと、私は最後に勇者全員と動じに戦い、玉座を守れず死にました。それで、つい先程現れたアスミに救われたのです」

「ふーん、つまりあれか……400。神々もなに考えてるんだか」


 こうして見ると、改めてリルケの美貌にアスミはドキリとする。

 やや年上に見えるが、可憐な少女にも見えるし、微笑めばあどけない童女のようにも見えた。それでいて毒婦のような妖艶ようえんさと、えもいわれぬ危険な魅力が微かに香る。

 対してナルも、とても明るく快活で、酷くリルケになついて見えた。

 この短い時間ですぐ、アスミはナルがリルケの友にして忠臣だと見抜いた。

 それはそれとして、と義手のパネルを操作してリルケのステータスを見る。

 瞬間、むせてかたわらのグラスから水をガブ飲みした。


「なっ、なんじゃこらあああああああああ! ……え、嘘。なんで負けるの、これで」


 笑みを交わして再会を喜ぶリルケが、半透明な光学ウィンドウの向こうに眩しい。

 しかし、そんな彼女を数値化したステータスは、えげつない現状を浮かび上がらせる。


 職業:魔女王(ユニークジョブ)


 スキル1:全呪文刻印スペリオールA+


 スキル2:MP常時回復オートマナチャージA++


 スキル3:七大魔王の絆セブンス・ソウルC


 HP5,047:MP9,427


 腕力688:体力425:瞬発力610:知力980:精神力914:運命力35


 まさしくラスボスにふさわしいステータスだった。

 今のアスミなど、リルケの前では村人Aですらない。しかも、女神スペースアテナの話によれば、この惑星は科学文明の発達と共に星の生命力、マナが弱ってきているという。それなのに、彼女が持つMPがの総量はアスミの千倍以上だった。

 また、どうやら彼女は勝手にMPが回復するらしい。

 さらなるパネルタッチで詳細を読めば、スキル2のMP常時回復A++は、この星の意思と無意識下で融合しているため、無限にマナを得ることができるという。

 ぶっちゃけ、この魔王を復活させてよかったのかと疑念がよぎる。

 自分を主としてかしずくこの美女は、間違いなく破滅の元凶たる魔王なのだ。

 そうこうしてると、ドス! っとナルが中央の皿の肉にフォークを突き立てる。


「で? アスミ、だっけ? キミ、どれくらい強いの? 今、見たよね……読んだよね、リルケのステータスを。転生勇者ってそういうことするよね、何度も見てきた」

「あ、ああ、そうなのか?」

「そう、不躾ぶしつけに人を数字で見て、弱ければ蹂躙じゅうりんし、強ければ集団で叩く。……そうやって七大魔王の世界を徐々に蝕み、人間はこの星の覇者になったんだ」


 ナルの言葉に怒気がこもる。

 そんな彼女の手にそっと手を重ねて「ナル」とリルケが優しく微笑んだ。

 どうやら、400年前の封印戦争とやらはそこまで苛烈を極めた激戦だったらしい。

 ナルはリルケには愛想のいい笑顔を向けるが、アスミへ注ぐ視線は鋭く熱い。


第二魔王師団だいにまおうしだん、副師団長ナルティナード・オルドスが問う。寺田テラダアスミ……キミの力を少しボクに見せてよ。正直、リルケが主と呼ぶにふさわしい男か、ボク気になるんだよね」


 来た、来た来た! 来たかと思って身震いした。

 これはいわゆる「お前のことはまだ仲間としてみとめてないんだからねっ!」というイベントである。ゲームはもちろん、ロボットアニメではよくある展開だ。因みに「へっ、参ったぜ……お前も今日から俺たちの仲間だ」的なことを言う斜に構えたキャラは、その数話後に必ず死ぬ。いわゆる死亡フラグである。

 だが、アスミはそれも熟知していたし、ナルに不快感も嫌悪も感じなかった。


「いつか貴女にもわかってもらえる、だから今はその挑戦を受けよう。そして、覚えておくんだ……いつか俺らは平和を掴む。たとえそれが今じゃないとしても!」


 アスミに断る理由はない。

 そして信じている……自分自身が弱くても、彼が信じて奉ずるエンタメはいつも教えてくれた。弱くてもいい、弱いままでもいい……ただ勇気があれば、その力は必ず応えてくれる。それがロボットというものだと、アスミは今も胸の奥に信じているのだった。

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