第4話「――理解、それは馴れ初め」

 突然の暗転、昏倒こんとうして世界は闇に閉ざされた。

 その中でアスミは、必死に不条理を叫ぶ。


「なっ、なんだ!? これはどういう……スペースアテナ! ちょっと出てきてくれ!」


 頼れる人は一人しかいない。

 そしてそれは、異世界に君臨する一柱うっちゅうの女神だった。

 ニ度三度と呼ぶと、ぼんやりと光りが広がってゆく。

 その中から、見るも優雅な女性が面倒くさそうに現れた。


「はいはーい? あれ、さっき転生した奴じゃん」

「おお、スペテナ!」

「雑に略すな、おいこら」

「アッ、ハイ」

「で? どったの、お? おお? いい義手じゃん、やっぱアタシの授けたチートスキルってば最高って感じ?」

「そ、それが」


 アスミは順を追って冷静に話した。

 どうやらスペースアテナには非はないようだし、なにかあの異世界には秘密があるのかもしれない。

 まず、最初に廃城へと飛ばされ、そこでむくろとなって朽ち果てた女王を助けた。

 いわゆる生体アンドロイド、人造人間のようなロボとしての再構築である。

 その直後、突然全身から力が抜け、気付けばこのザマである。

 それを腕組みウンウン頷き、スペースアテナは口を開いた。


「ちょっちステータス、見てみ? 普通にそれはMP切れでは……ほら、やっぱそうじゃん!」

「いや、HPまで激的に減ってるのだが、これは」

「あ、説明してなかったっけか。チートスキルも使うとMP消費するからね? 因みにMPはマジックポイントじゃないから。そゆ世界はアタシの管轄外」


 そして、ようやく合点のいく説明にアスミが今度は頷く。

 極めて単純でいて、かなりやっかいな事情があるらしかった。


「七大魔王との封印戦争から400年、人間は世界を救って再び発展を始めた。いい?」

「え……魔王討伐、終わってるの?」

「そそ。そして、錬金術から科学を発展させ、この惑星でも産業革命が起こった。それと反比例するように、神秘の力……星が持つマナの力が枯渇こかつしていったの」


 急激に人間の資源開発が進み、火薬や石油の発見で一気に環境は悪化した。

 地球でも一時期そうだったが、あまりにも急スピードで近代科学文明が進歩した結果、マナの力が弱まってしまった。

 マナ、それはこの星自体が持つ生命力。

 それは全て、全生物の自然を愛する気持ちから生まれていた。

 だが今、急激に環境破壊が進む中で人々から信仰心や畏怖いふ畏敬いけいの念が失われている。

 神々は多くが信徒を失いこの星を去った。

 最後に見張り役として残ったのが、スペースアテナという訳だった。


「つまり……あ、いやでも、HPもガッツリ減ってるんだが? バトルなんてしてないのに」

「マナの力、MPは生命力つったっしょ。MPが足りない場合、HP。アンタ、初っ端からチートスキル全開で使い過ぎ」

「あっ、それでか……それでMP、マシーンポイントが減ってロボヂカラが尽きたのか」

「マナポイント!」

「うっ……じゃ、じゃあ、メカニックポイントとか」

「ワンチャンあるんじゃない? みたいな顔すんな、アホ! ちな、HPは?」

「ハードポイント! あらゆる武装や追加装甲をジョイントできる素敵な穴だ! 3mmミリ穴とも呼ばれ――」

「こっちは素直にヒットポイントだっつーの! 0になったら死ぬからな。割とマジで死ぬ」

「……つまり、今の俺は瀕死なのでは?」

「そ、バカスカ大盤振る舞いして、MPもHPも限界までチートスキルに吸われた訳」


 そういうことは早く言ってほしかった。

 とはいえ、改めて義手を使って空中にステータス画面を表示する。

 やはりMPは0で、HPは8まで減って真っ赤に染まっていた。


「でもな、スペテナ。初期パラとはいえ、MP最大値が7っておかしくない?」

「んー? だから、星自体のマナが弱ってて、人間に回ってこないの。他ならぬ人間が惑星環境を壊して、すごい勢いで汚染させてるからね」

「なるほど、20世紀初頭の地球に近いな。産業革命、化石燃料、大気汚染……神秘やオカルトといったものの非存在の証明」

「まあ、あるかないかわからないのは『存在すると仮定する』が本当の科学なんだけどね」

「今や魔法やなんかは過去のもので、剣で戦う時代も終わった?」

「ん、400年前にとっくにね」

「じゃあ、俺はなにをすれば……なにと戦えば」

「……その意味を今は語ることはできない。あ、現実でなんかアンタ、回復してるよ。さあ、帰った帰った。女神も忙しいからさ、スペースドラマの再放送とか見なきゃだし」


 しっしとスペースアテナが手を振る。

 同時にアスミは、突然足元から湧き上がる光条に飲み込まれる。

 最初に、温もりを感じた。

 そして、柔らかさ。

 とてもいい香りに鼻腔をくすぐられれば、それが同じ人間の体臭とは思えない。

 もちろん、人間ならざる恐怖の存在が、アスミを助けたのだった。


「ん、ここは……?」

「ここは私の寝室です。貴方あなたですね? 私を永遠の眠りから呼び覚ました……新たなあるじは」


 目を開けると、薄暗い。

 眼前になにか、重力に逆らう弾力のかたまりが浮かんでいた。

 後頭部も温かく、まるで花園で果実に抱かれている感じだった。

 現実には、天蓋てんがい付きのベッドで女性に膝枕をされている。太ももをまくらに、顔にはたわわに過ぎる実りがたっぷりタプタプに揺れていた。

 思わず飛び退き、立ち上がる。

 お互いまだ、全裸だった。


「お前は、あ、いや、貴女あなたは……さっき俺が再生させた」

「やはりそうなのですが、新たなる主。先程寝室を再建する過程で使い魔を出しましたが……どうやら私は、殺されてから400年が経過しているようですね」

「あ、ああ。ん、俺は寺田テラダアスミ、18歳だ。とある世界から転生してきた、使命を持つ者。趣味はロボアニメの鑑賞、ロボプラモの作成、好きな食べ物はカレーライスだ!」


 きょとんとした女性もまた、立ち上がる。

 見事に過ぎる黄金比の結晶体、そんな裸体を隠そうともしない。


「私は七大魔王が一人、魔女王ロード・オブ・ウイッチリルケレイティア。どうか主は、リルケとお呼びください」

「七大魔王……貴女は魔王だったのか」

「昔の話です。ゆえに、こういった姿で以前は振る舞っていました」


 よく見れば、翡翠ひすいのような髪の上に角が生えている。

 それが鹿のようにバッ! と広がるや……リルケの全身に鎧が生えてきた。

 鎧と言うには露出が激しく、むしろドレスのようなデザインである。

 最後に彼女は真紅のマントをたなびかせると、うやうやしく頭を垂れる。


「新たな主へと忠誠を誓います、マイ・マスター。なんなりとお命じを」

「魔王さんは……リルケさんはなにか、望みはないのかい?」

「どうかリルケ、とだけ。この哀れな骸に鼓動と息吹を吹き込んでくれたのは、貴方様なのですから……マスター。望みなどとうに、400年前に置いてきました、が――」


 まるでアニメに出てくる悪の女幹部で、それ以上の威厳と美貌に満ちていた。

 それでいて、優しい声音にはアスミへの全幅の信頼が感じられる。

 彼女は「ふむ」と形良いおとがいに手を当て考え込む。


「マスター、妙ですね。星のマナがなぜこうも希薄なのです? 今にも消え入りそう……このままでは、この惑星は死んでしまいます」

「ええと、スペテナさん、ってか、スペースアテナの話では」

「アテナ……あの戦の女神は今も健在なのですか? 封印戦争の最後には、神々たちは星の海へと立ち去りました。こうして人間の、人類の世が始まったのです」

「うん、それで錬金術……科学で発達した人間社会の、その文明が無秩序に広がっている」

「ああ、なるほど。理解しました、マスター。早速再び、人類を滅ぼしましょう」

「ちょ、まっ! 待ってリルケ、その話なんだけど」

「人類は害悪、この星に取り付いた寄生虫です。……それをゆるしたのも宿主たるこの星ですが。そう、人類は愛されている……あんなにも傲慢ごうまん不遜ふそん、エゴと欲の塊なのに」


 ぼんやりとアスミにも、事情が見えてきた。

 かつて、大きな戦争があった。

 人類を悪とみなす七人の魔王が、この星の明日を、全生命の大自然を守るために立ち上がったのだ。

 だが、結果的に敗退した。

 人類もまた当時は魔法を操り、エルフやドワーフといった種族が人間側についたのだ。

 神々はすでに人間の世が来ると予言し、加護が弱まる中で去っていったのだ。


「私は、七人の中でも最後まで抵抗した一人です。結果、無数の勇者を英雄、魔王殺しにしてしまいました。フフ、流石に一人で百人もの勇者と戦うのは骨が折れました」

「……それでも、貴女は戦った。この星の明日のために」

「それしか、未来に残せるものがなかったのです。たた戦うだけが取り柄の、マナの塊である悪魔……それが私、そして七人の魔王」


 多分、この惑星を一つの生命体として見るなら、彼女たち魔王はキラー細胞のようなものだ。人体にはびこるバイキンや細菌、病原菌を見つけて駆除するのである。

 だが、そんな免疫細胞が暴走すれば、それはいわゆる人間のガンみたいな病だ。

 それでも構わず、人間という地球で一番の病原菌を彼女たちは駆除しようとした。

 しかし、この惑星自体は既に、肉体の全てを人類に渡すことをよしとしていたのだ。


「さて、マスター。いかがしましょう。とりあえず、そうですね……私はお腹がすきました。マスターはいかがです?」

「ん、そうだな。そういえば……あ! あと、服! なんか着るものないですか!」

「……今気付いたのですが、そうですね。マスターは全裸です。レディの前ではいささか問題があるというもの。我が魔力、マナの力で服を用意しましょう。……なにか好みは?」

! いかにもパイロット的な、ヘルメットをつければ宇宙でも活動できるスーツだ!」

「理解に苦しみます。が、善処しましょう。少し知覚と発想を頂戴しても?」


 そう言うと、そっと歩み寄ってリルケはコツン、と額をアスミの額にぶつけてきた。

 互いの肌が吐息を感じるくらいの密着。

 眼の前に今、際どいどすけべアーマーの魔王がいる。

 自然とルリナのことを頭から追い出したが、どこかリルケにはルリナの面影があった。

 やがて「大体わかりました」とリルケが微笑む。

 そして、ようやくアスミは全裸の肌寒い時間から解放されるのだった。

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