第3話「――降臨、それは目覚め」

 気付けばアスミは、濡れた床の上に倒れていた。

 うつ伏せで肌が感じる冷たさは、硬い石を敷き詰めたものである。

 少し顔をあげれば、赤く染まった自分の顔が見えた。

 どうやら、見た目は以前と全く変わらないようである。


「ふう、ここが異世界……お邪魔します! で、ここはどこだ?」


 薄暗い中、高い天井に並ぶ窓から日が差している。

 だが、人の気配は全く感じられなかった。

 どこか廃墟然としていて、長らく滞留した空気が若干にごって感じる。

 とりあえず立ち上がろうとして、右手を地に突こうとしたが――


「お? おっ、っとお! な、なんだ……あ? 俺の、右手が……」


 バシャリと、血の海に沈む。

 そう、床を濡らす深紅しんくは自分から漏れ出た鮮血のようだった。

 その証拠に、右腕のひじから先が欠損している。

 先ほどスペースアテナと対話していた場所は、あくまで精神的なイメージの世界だったということだ。むしろ、テラドライブという未知の動力炉が爆発したにしては、右腕一本で済んだことを強運に思う。

 なんとか上体だけを起こして、他に怪我はないか全身をチェック。

 とりあえず、やっぱり裸なんだということだけはわかった。


「……痛みがあまりない。つまり、それくらい深い傷で、腕全体が壊死えししつつあるのか」


 アスミは重傷にもかかわらず、妙に落ち着いていた。

 地球を守って戦うはずが、決戦兵器を暴走させて大爆発を引き起こした……しかも、非科学的な空間で異世界へと転生させられたのだ。

 常人のメンタリティだったら、発狂モノのパニック案件である。

 だが、アスミは違った。

 日頃よりロボットアニメを見て育ち、生粋きっすいのロボットオタクとなった彼だから。

 そう、異世界転生などラノベに限らず、

 それに、自衛官を経て地球軍のテストパイロットになった軍人である。その引き締まった細身の身体は筋肉の鎧で覆われ、その中に脈打つハートは誰よりも強い。


「よし、まずは腕をなんとかしなきゃな。……例のスキルを、使ってみる!」


 アスミには今、特別な力がある。

 スペースアテナより授かった、チートスキルだ。

 一つは、この異世界での読み書きの熟知。

 そしてもう一つが、ロボットに関するメカ知識や想像力を具現化できるというものだ。

 早速目を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。

 意識を集中して、脳裏に理想を念じて見えない心のスイッチを押した。

 瞬間、シャキーン! とアニメっぽいSEが響いて、右腕が生えてきた。


「ふう、義手もロボメカ判定OKか。そうだよな、ロボの操縦のために手足を切るアイディアがあるなら、逆もしかりだ。アレックスもそうやって義手義足の研究を元に作られたガンダムだしな」


 鈍色にびいろに輝く銀腕ぎんわんは、指定した通りこの世界の最高純度の鋼鉄でできている。特殊コーティングで錆びる心配もないし、多機能をもたせた万能デバイスでもあった。

 その証拠に、新しい義手には腕時計のように、手首に小さなパネルがある。

 そっと触れて意識を流し込むだけで、空中に光学映像が立体化した。


「よし、いい感じだ。ええと、ステータス確認」


 Pi! と小さく鳴って、立体映像の中からウィンドウがポップアップしてくる。

 そこに数字と文字の羅列があって、恐らくこの異世界の言語だろう。

 それがアスミには、母国の日本語のようにスラスラと読めるのだった。

 その内容は、よくあるRPGロープレのようにアスミという人間の全てを数値化している。


 職業:創甲機師アーマード・マイスター(ユニークジョブ)


 スキル1:機兵建装ロボティクス・ビルドEX


 スキル2:言語完知マイティ・ランゲージB++


 スキル3:----------ブランク


 HP211:MP7


 腕力14:体力21:瞬発力12:知力3:精神力57:運命力88


 いわゆるステータスってやつだ。

 他にもアスミは、義手に通信機能や各種センサーによる探知能力、射撃と斬撃のモードへのモーフィング変形機能を持たせていた。

 続けて、今の段階で閲覧できる情報を次々と映像に出す。

 無数のウィンドウに囲まれながら、全裸でアスミは歩き出した。


「なにかこう、中世の城みたいな感じだな。しかし、生活感は皆無だ……まるでずっと昔に落城して打ち捨てられたような感じだな」


 そう、西洋の騎士物語に出てくるような城だ。

 全盛期の過去には、さぞかし荘厳そうごんで堅固な城塞だったのだろう。

 だが、ところどころ崩れてひび割れ、そこかしこに戦いの跡が点在していた。

 勿論もちろん、白骨化した死体もある。

 どんどん奥に進んで階段を上がり、まるで迷宮のようなフロアを横切る……複雑に入り組んだダンジョンだったのだろうが、壁があちこち崩落しているのでほぼ真っ直ぐに突っ切ることができた。

 そんなフロアを幾つか上に上がる中で、ながらスマホよろしくアスミは情報を整理した。


「なるほど、ここは異世界。今は聖歴せいれき412年、と。――はくしょーい! うう、少し肌寒いな。全裸は誇れる肉体美だが、流石さすがにこの廃墟は寒々しい」


 さりとて、死体の着衣は既に風化したものばかりで、鎧兜よろいかぶとも錆びついている。

 なにより、死体から追い剥ぎのように着衣を奪うなど、アスミにはできなかった。

 そんなこんなで、どうやら城の最上階と思しき場所にたどり着いた。

 今までは規則的に配置された螺旋階段らせんかいだんだったが、眼の前には真っ直ぐ大理石の階段が上へと伸びている。ビロードの赤い敷物も色褪せてしまって、経年劣化の激しい装飾品の数々はまるで墓石だ。

 だが、ためらわずアスミは歩く。

 そこかしこに倒れた死体の骨は、その骨格は人間ではないようなものまであった。

 そして、視界が開けた瞬間にアスミは絶句した。


「こ、これは……ふむ、あんたがこの城の王様って訳か。戦争に負けたんだな」


 厳粛げんしゅくな王の座に今、白骨化した死体が座っていた。

 そして、その全身に無数の剣や槍が刺さったまま朽ちている。

 破れて隙間風に揺れている着衣から、どうやら女王だったようだ。

 たった一人の女性に対して、あまりにもオーバーキルな刃の数々……その全てが絶命たらしめるような痛撃で、肉体を貫通して玉座にむくろはりつけにしているようだった。


「ひでえな、流石は異世界……容赦がない。これは確かに、転生勇者が必要そうな世界だぜ! ……ファンタジー系のロボも嫌いじゃない、むしろジャンル的には好物だし、さて」


 不意に右手を差し出し、慌ててひっこめる。

 そして今度は、そっと生身の左手を出して白骨に触れた。

 なにか、ファンタジー世界でのチートアイテムそのものな義手では、触れてはいけない気がした。太古に死んだ女王陛下への、アスミなりの敬意だった。

 そっとひたいに触れて、静かに撫でる。

 すでに毛髪もかき消えて、ともすれば触れた反動で粉々に舞い散りそうな死体だった。

 だが、アスミにはわかる。

 脳裏にスキルを念じれば、失われた美貌と勇気、威厳と知性の持ち主がイメージできた。


「あんたは負けて、国は滅んだ。これから土にかえるだろう……だが、それは今じゃない!」


 光が迸った。

 あっという間に、欠損も激しい白骨の全身が黒光りに包まれる。

 同時に、彼女を串刺しにしていた刀剣の数々が全て吹き飛んだ。


「フレーム置換ちかん、再構成……モノコックの箱ロボもいいが、やはりフレーム構造がロボデザインの醍醐味だよなあ。可動がいいフィギュアやプラモなら、ブンドドもみなぎる」


 そして、新たに超合金で輝き出した骨格はやがて……ゆっくりと肉付き、筋肉を帯びる。勿論それは、ケイ素系繊維を用いた人工筋肉だ。内臓の代わりには各種機器が生み出され、心臓ははがねのバイオリアクターだ。

 そう、ロボとしての再生……この場合は、サイボーグだろうか。

 どうやらアスミだけのスキル、機兵建装はなにかと融通が効くチートスキルらしい。

 あのスペースアテナは、思った通りのスキルをアスミに授けてくれたのだった。


「フッ、エヴァだってロボなんだぜ……いいんだよ! 生身の、生前のままの美しいまま、中身だけロボになったって! さあ、甦れ……とにかくすぐ、事情を説明してくれ!」


 そして、玉座の上に花が咲いた。

 大輪の花が満開とばかりに、美の結晶が現れる。

 再生されたその姿は、何故なぜか恋人のルリナに少しだけ似ていた。

 ただ、ほのかに面影おもかげを感じるだけで、少しアスミの雑念が元のデザインに干渉してしまったのかもしれない。あるいは願望、未練や寂しさといったものだろうか。

 だが、蘇った女王は、それはそれは麗しい美貌に満ちていた。


「ん、んっ……」

「お、気付いたか? 大丈夫か。頭ン中も高性能電子頭脳にしてある。記憶は……ちゃんと受け継がれてるはずだが」


 内側から木々が芽吹いて育つように復活した、女王の肉体。

 そのボリューミーな女性的ラインの起伏に、申し訳程度にこびりついていた布が全てずりおちた。

 そこには、美の化身として復活した女王の姿があった。

 長く伸びたツヤツヤの翠髪エメラルドに、端正な小顔は凛々りりしく愛らしい。

 ムッチリと肉感に溢れた全身の全てが、ほどよく筋肉に覆われ女性特有の柔らかさをもたたえていた。


「……ふむ! 成功したようだ。それにしてもいい腹筋だ、ルリナとは大違い、だ、……な? お? あ、あれ」


 ルリナはもっと華奢で小柄で、胸の実りも慎ましい、というか……ロボに例えると胸部装甲が薄くておっぱいミサイルも胸からビームもないような女性だった。

 ただ、抱き心地は最高だった……そう思っていると気付けばアスミは倒れていた。

 身体の力が入らないし、どんどん全身が冷たくなってゆく。


「え、ちょ、なんで? ……ステータス確認だ! ――はぁ? MPが0? HP……8?」


 瀕死になっていた。

 ウィンドウも真っ赤に光っている。

 何故だと思ったその時には、あっという間にアスミの意識は現実から遠ざかってゆくのだった。

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