第2話「――転生、それは始まり」

 アスミは今、虚空こくうを漂っていた。

 しかし、闇ではない。

 むしろ、溢れ出る光の奔流ほんりゅうに飲み込まれていた。

 なにも見えないのは一緒だが、声がする。


「聴こえますか……聴こえていますか、地球の戦士よ」


 どこか悲しくはかなげな女の声だ。

 恋人のルリナにちょっと似てるかもしれない。

 だからアスミは、瞼を見開き白い世界を見据える。

 光が一際眩しく集束する一点に、そっと影が降り立った。


「地球の戦士、寺田テラダアスミですね?」

「あ、あんたは……」

「わたくしは宇宙女神、いうなればスペースアテナ」

「ふむ」

「……あ、あら? ええと、驚かないのかしら」

「フッ、大昔から人類はロボット技術で宇宙を切り開いてきたのだ。女神がいてもおかしくはない。まして、スペースの枕詞まくらことば嘘偽うそいつわりなど、なぁい!」


 目の前に今、目も覚めるような美女の姿がある。

 そして、そのことにアスミは全く動じていなかった。

 ようやく眼が光の世界に慣れてくる。

 なるほど、よく見れば見るほどに美しい……スペースアテナは、慈母にも似た微笑みをたたえつつ、ちょっと、いや、かなりドン引きしていた。


「え、ええと、話を続けてもいいのかしら」

「ああ、頼むっ! 俺は……俺は、地球を守らなきゃいけないんだっ!」

「そのこととも無関係ではないのですが、現在の地球は完全に膠着状態になりました。あなたが起動させた禁忌きんきの力、テラドライブ……それを搭載した試製00式決戦兵器しせいフタマルけっせんへいき

「テラセイヴァー、だっ!」

「……エ、ア、ハイ。ま、まあ、そのテラセイヴァーの爆発で両軍に甚大な被害が出て、リフォーマーの侵攻も止まったのです」


 やはり、夢ではなかった。

 夢であってほしかった。

 悪夢ならば、起きてラジオ体操をし、アニソンを聴きながらランニングでもすれば忘れられる。ロボソンを歌えば、どんな朝だってアスミには眩しい一日の始まりだった。

 だが、現実には全てが終わってしまった。

 地球を守るどころか、恋人のルリナを含む多くの人を巻き添えにしての、爆発。

 半径500km四方が巨大なクレーターに置き換わった瞬間だった。


「クソッ、そうか……やっぱり俺は、バニシング……爆発、消滅しちまったのか!」

「ええ、そこで相談なのですが、戦士アスミ」

「まだ、俺にできることがあるのか?」

「あります。是非ぜひ、やってほしいことがあるのです」


 スペースアテナは、羽衣のような薄布を纏って近付いてくる。

 そっと白い手で触れられ、始めて気付いた。

 アスミは全裸だった。

 その胸、心臓の鼓動に手を重ねて、俯くスペースアテナは言葉を続けた。


「これより、あなたにとある惑星へと転生してもらいたいのです」

「それは、つまり」

「異世界とも言ってもいいでしぃおう……いまだ戦乱に揺れる青い星」

「これは……オーラロードが開かれたってことか! それとも、魔神英雄伝マシンえいゆうでん!? いや、魔法騎士マジックナイトという線もあるな。うむ、よぉし! 行こう!」

「……も、もう少し考えてもいいのですよ」

「いや、考えたさ……なにより、感じた。バリバリにバリサンなフラグをなぁ!」


 スペースアテナは、やはりドン引きして溜息を一つ。

 その表情は憂いを帯びて、同時に彼女本人の地が出てくる。


「最後まで話聞けってーの! ぶっちゃけ、このまま戦わずに本来の輪廻りんねに戻ることもできんだけど?」

「ほう? 本来の輪廻とは」

「あんた、結構善行ぜんこうとくを積んでるから、輪廻転生で普通に次の生き方が始まるって言ってんの! まあ、ゾウリムシになるかチベットスナギツネになるか、そこはまぁ……でも、かなりの徳だから、また人間じゃない? 普通の平和な世界に人間として転生できそう」


 つまり、とスペースアテナは肩をすくめた。

 先程の地球での命は、終わった。アスミはベストを尽くして生き終えたのだ。

 その先の話は、スペースアテナは話せないらしい。結果として五分五分で膠着状態になった地球軍とリフォーマーとの戦争は、その先は宇宙女神のルール、いわゆるスペースジャッジメントによって制限されているという。

 だから、アスミの選択肢は二つだ。

 一つ、このまま予定された輪廻の道へ戻って、平和な世界に生まれ変わること。

 そしてもう一つ……スペースアテナの願いを受けて、戦いの地へおもむくこと。


「……戦いが、戦争があるんだな? この宇宙のどこかで」

「そうなんよ、それがまた侵略された地球と無関係じゃないっていうか……ちょっとあんた、聞いてる? 今になって考えてんの?」


 そう、一瞬の思考、黙想と熟考。

 そして、腕組み目をつぶった、その瞬間にはアスミはえていた。


「ルリナと結婚して子供は三人! 一姫ニ太郎いちひめにたろう! 女の子が一人で男の子が二人だ!」

「あ、いや……一姫二太郎ってそういう意味じゃ」

「海の見える丘に白い瀟洒しょうしゃな一軒家を建てて、家族で末永く幸せに暮らすっ!」


 それは謎の侵略者リフォーマーに奪われた未来。

 いや、未来ですらない夢だった。

 そして、アスミは断言する。


「……そんな平和を夢見て憧れた。手が届くなら掴みたい……!」

「つ、つまり」

「スペースアテナ、俺を戦いの星へ……救いを求める異世界へ! ……そのかわりっ!」

「あー、ハイハイ。最近そういう転生者増えたよね。ま、あたしも構わないけど」


 寺田アスミ、18歳。地球軍少尉、機動兵器のテストパイロットだ。

 一通りの乗り物は操縦できるが、なにせ行く先は異世界である。そして悲しいことに、アスミにはメカの整備と操縦以外のスキルがなにもなかった。

 炊事洗濯、掃除に書類仕事……いつもルリナに世話を焼いてもらっていたのである。

 そう、スキル……異世界に行くからには、いくばくかのスキルが必要だった。


「まず、言語だ。これから行く異世界の読み書きができるようにしてくれ」

「そこからくるかー、熱血バカかと思ったけど結構頭使ってくるじゃん?」

「当然だ、それと」

「あ、一応これもスペースジャッジメントだけどね。スキルは三つまでだから」

「わかった。では、二つ目……!」


 具体的には、アスミが持つ知識……膨大なロボットモノコンテンツで登場する、ありとあらゆるロボットやメカの技術を駆使できるようにしてほしいのだ。

 つまり、ビルダーとしてロボットを建造し、パイロットとして乗りこなす。

 異世界を救うために戦うならば、アスミにできる戦い方は一つしかなかった。


「はぁ……なんつーか、男の子ってそういうの好きよね……いいわよ。で、最後のスキルは?」

「最後はスキルじゃない。これは、頼めるかどうかわからないが……俺のテラセイヴァーが爆発した余波で死んだ、全ての人間を生き返らせてほしい」

「……は?」


 スペースアテナは目を点にした。

 そして、何度もまばたきをしたあと、突然腹を抱えて笑い出す。


「ちょっと、なにそれ! プッ! アハハハハ! 自分のスキルが一つ減るよ? っていうか、それ以前に……数千人の命を生き返らせるのは、スキル一つ分に釣り合わないくらいでかい。それなのに、フフッ」

「お、おかしいか」

「ええ、とっても。でも、気に入ったわ。やってあげる……ただし、覚えておいて頂戴。あなたがやろうとしていることは、地獄の侵略戦争で負けそうな地球に、他の輪廻転生の可能性があった死人を生き返らせるってこと。この意味、わかる?」


 わからいでか。

 熟知している、はっきりと分かる。

 戦況は膠着状態だというが、リフォーマーの使う超巨大ロボット兵器を前に、地球軍は全く歯が立たない。頼みの綱のテラセイヴァーこと、試製00式決戦兵器ですら役に立たなかった。

 テラドライブ搭載型の超弩級兵器ちょうどきゅうへいきは、失敗作だった。

 そして、その失敗が星の地図を書き換えても、戦争は続く。

 その地獄の中に、一度解放された人間を再び放り込もうというのだ。


「少なくとも、ルリナなら喜んでくれる。俺の女は、地獄の底で這いつくばってでも、生きて生き抜き生き切る、そう望む女なんだ」

「あ、そ……いいわよ、それじゃあ」

「ああ、やってくれ! 異世界転生……アタック! アタック! アタック! 俺は聖戦士せんし!」

「なにそれ、あーもぉ暑苦しい。けど、嫌いじゃないぞ、そゆの。じゃあ、行ってらっしゃいな」


 そしてまた、光が周囲を包んだ。

 全身が燃えるように熱くて、あっという間に意識が吹っ飛んだ。

 スペースアテナの姿が遠ざかり、果てしなく奈落の底へと上昇する感覚が続く。上下も左右もわからないなかで、アスミは一人の女性のことを思った。

 三つ年上で、いつも口うるさくてお節介で、そして温かくて優しく、ちょっと天然。

 それはルリナ、ルリナ・ムンゼン。

 アメリカ海軍で人型機動兵器の研究をしていた軍属の技師だった。

 地球が一丸とならねば勝てぬ、それでも勝てなかった戦いでアスミが出会った運命だ。


「ルリナ、お前はそっちで頑張れよ……俺はっ! 俺を待つ異世界を救ってみせる!」


 決意を叫べば、いよいよ周囲が眩く燃えてゆく。

 白炎の中でアスミは、ドサリと重力に捕らわれ落下する感触に痛みを感じるのだった。

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