第9話 殺人レシピ


 コトっと音を立てて料理が載ったプレートが置かれる。


「お待たせしました。ウサギのグリルです」


 もちろん、反対はした。あなたが作る必要はないと。

 もしくはあなたの手伝いをさせてほしいと。


 しかし元・控えめ系強引女子は私の意見を全て跳ね除け、


「火加減も覚えましたし、大丈夫です。任せてください」


 と親指を立ててウインクをしてきた。そしてキッチンへと向かう。

 もちろん任せられるわけもなくイデアの後ろを追いかけたが「本当にエルンはわたしのことが好きですね」との売り言葉に屈してしまい、来た道を引き返した。


 一時の感情で行動してはいけなかった。今、深く反省している。


「ふぅーー……」


 目の前の料理とどう向き合えば良いか、冷静に考えるために深呼吸をした。

 ぱっと見は普通だ。こんがりと茶色く焼かれており、焦げもアクセントとして付けられている程度。スパイスを使用したのか香ばしい匂いがして悪くない。

 しかしコーヒーの前例がある。見た目・匂いに問題がなかったとしても、別の点で大問題を起こしている可能性はある。油断してはいけないのだ。


「そんな心配しなくても大丈夫ですよ」


 彼女は正面の席に座り、心配そうにする私を励まそうとする。


「2回目の料理なので、きっと美味しいです!」

 

 何の根拠にもならない言葉を使って。


 そして彼女が両手を合わせ始めたので私も従って同じ動作をする。

 冷静に悩んだ結果、答えは見つからなくて。もう諦めるしかない。食べよう。頭で考えてもどうにもすることはできない。食べないと終わらないんだ。


「「いただきます」」


 またしてもイデアが胸元で手を組み合わせ、私の感想を待ち望む。

 朝と同じ光景に同じことが繰り返されるのではないか胃がキリっと痛んだ。


 フォークとナイフを使い、肉を一口サイズへ、そこからさらに4分の1へと切り刻み、フォークに差す。手首を左右に動かし肉の内側をよく観察した。ピンク色は残っていない。きちんと火は通っているようだ。恐る恐る口へと運び、味を確かめながらゆっくりと咀嚼をしようと――

 

「げー」

「えええぇ! 吐き出された!」


 二度あることは三度ある。私の警戒は正しかった。

 今日の最後を飾るに相応しい問題作だ。


 今回は堪えることができずに反射的に吐き出していた。行動を起こした後に「このまま口に入れていれば命の危険がある」と危険信号が脳へと伝わってきた。口元に付着した唾液や食べ物のカスを拭いながら、これは許せまいと「殺す気?」と強めの文句を放つ。


「……あぁ、そういうこと。油断させておいて、やっぱり殺すのが目的だったのね。こうしてじわじわと苦しみを味わわせながらなんて、性格の悪いやり方で」


「違います! わたしはただ、美味しいごはんを誰かと食べたかっただけで」


 家の中で見つけたレシピ本通りに作ったはずだから美味しくないはずはないのですが、と呟きながら自分のお皿に乗っかった料理を口にする。

 すると―― 


「うぇっ……ゲッホゲホゲホ」


 むせるように咳き込み、お皿の端っこに食べたものを吐き出した。


「いい気味」


 自分と同じ目に合わせることができ、怒りの半分が鎮まる。


「どうしてですか! 調味料をかけて焼いただけなのに! 美味しくならないわけがないのに!」


 言いたいことは山のようにあるが二人で流しへと行き、薄めたアルコールで念入りにうがいをした。飲み込まなかったにしても、反射的に吐き出すような肉を口に入れてしまったのだ。念には念を入れても損はないだろう。


「どうして……どうして……どうして……」


 うがいが終わるとイデアが暗い顔をしてぽつぽつと感情を口に出す。

 

「あなたには料理のセンスがないのかもしれないわ」


 だから私に押し付ければいいのに、と付け足す。しかし、


「調理は問題なく進みました。問題は何もなかったはずなんです……」


 二度もひどい料理を作っておいて、そうですねと同意しないのがイデアのすごいところだ。

 原因は何かと自分の調理過程を振り返っている。ただ切って調味料を振り掛けて焼いただけの料理であそこまで不味くなるとは考えられない。

 原因は調理ではなく他のところにあったのではと視点を改める。

 そういえば、と食材のことが脳裏を掠める。これは私がストックしていたものではなかったはずだ。


「イデア、この肉はどこから持ってきたの?」


「先日いただいたうさぎの肉です」


「いただいた? ……あなた、狩れるの?」


「いえ、道端で死骸を見つけたのでそれを。命を奪うなんて私にはできません」


 嫌な予感がする。


「それはいつの話?」


「一週間前くらいですかね?」


 大したことはないという顔をしながら、顎に指をあて首を傾げる。


「一週間前…………」


 調理以前の問題だった。

 それは、口の中に腐った匂いが広がるのも当然の結果だ。


「何かまずかったでしょうか?」


 イデアは恐る恐る伺いを立ててくる。黙り込んだ私を見て普通の事態でないことを察したのだろう。

 

「まずいから、こういうことになったんでしょうね」


「う……」


「食材は時間と共に腐っていくの。生の肉なんて特にそう」


「そ、そうなんですね……」


 知らないなんてことがあるだろうか。


「腐ったものを食べるとどうなるか分かる? お腹を壊すの。最悪、命を失いかねない」


「う……すみません。調理方法以外にも学ぶべきことがたくさんありました…………」


 顔の前で両手を合わせ、謝罪を受ける。

 火加減、ドリップして淹れるコーヒー、食材が食べられる期限。ここまで学ばせてれば、この先の料理はマシになっていくことだろう。


「今日は私が作る」


 冷蔵庫を開き、今ある食材で何が作れるかを模索する。

 玉子がいくつかと、ひき肉、麺、いくつかの野菜。

 イデアが来る前はあと2、3日分はストックがあると思っていたが、食べる人数が増えた……というか食材をダメする人間が増えたせいで明日の朝食までしか持たなさそうだ。


 買い出しに行く街では明日は大きなお祭りがあるから、外出は避けたかったのだが……こうなってしまえば仕方ない。


「明日、買い物にいきましょう」


「言いたいことは分かります。荷物持ちですね! 承知しました!」


 食材の他に、初心者向けの料理本やイデア用のエプロンを一緒に見てもらおうと思い誘ったのだが、口に出していないから当然伝わらない。まぁ、いくつか荷物を持ってもらうことには変わりないため、言葉を付け足すことはしない。


 今日の夕食はボロネーゼに変更となった。

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