第8話 おまじない

「整えるって……切るってことですか?」


 昼食を食べて、少し眠くなった時間。

 今日は良い天気だからと外へと出て庭に置いたテーブルセットで日向ぼっこをしているとイデアがやってきて近くに座ってきた。 「一番好きなごはんはオムライスになりました」とくだらない報告を受けながら、心地よい風にあたっていた。

 塔の周りに植えた花の匂いを乗せた風は彼女の前髪をなびかせている。

 こうして顔が見えるようになっていればいいのに、と思ったところでとある改善策を思いついたのだった。

 

「そう。前髪を切るってこと」


「どうしてですか?」


「どうしてって……。私の料理を食べたときに顔が見えないと反応が分からないでしょ」


「わたしが作りますから大丈夫です!」


「……本当は殺したいの?」


「今朝のはたまたまです! 火加減に気を付けると覚えたので、夜は楽しみにしていてください」


 あとコーヒーはドリップする、ですよね? と当たり前の知識をドヤ顔で披露する。

 ……あれ、何か今怖い言葉を聞いたような。


「え。夜?」


 私の言葉をスルーし、イデアは話を元に戻す。

 晩ごはんの話が凄く気になるが、それは見張っていればいいとして、深く追求するのは辞めた。


「切っちゃったら元に戻るまで何日もかかりますよね? もし似合わなかったら……」

 

 そうなったときのことを考えたのか、両手で頭を抱え「あぁぁ……」と言葉にならない悲鳴をあげた。


「その時は魔法でなんとかならないの?」


「分かりません……。使ったことがないので」


 『意図して魔法』を使ったことがないのか『髪を伸ばす魔法』を使ったことがないのか。この回答だけでは明確に分からなかった。ただ分かるのは、とりあえず『できない』のだろう。

 

「真ん中で分けるのじゃダメですか? 取返しの付かない事態はできれば避けたいです」

 

 イデアは実際に髪の毛を左右に分け、こんな感じです。と見せつける。しかし毛質なのか、手を離すと一瞬で元の位置へと戻っていく。

 イデアも察したようで「ダメ……ですかね」と再度念押ししてきた。

 

「人生経験だと思いなさい」


「いーやーでーす!」


 頭をぶんぶんと左右に振るイデアに対して、怪我をするから動かないように伝えると「うーー」と唸り声を発しながら大人しくなる。

 どうしてこんなことに、とくよくよしているイデアへ


「大丈夫。私を信じて」


 と一言掛け、その後シャキッと音を響かせる。

 ぱらぱらと髪の毛が地面へと舞い落ちていった。

 切った髪の残りが毛先に付いているのを払うように櫛で整え、顔全体を確認する。


「…………」


 綺麗な顔に息を飲んだ。

 白い肌。ぱっちりとした紫色の瞳。小ぶりだが逆に愛らしさがある鼻と口。それらを引き立てるように眉毛の位置に真っ直ぐに切られた前髪。

 今まで隠れていて全体像が掴めていなかったが、前髪を切ったことでバランスの取れた顔が露出する。どうしてこんな綺麗な顔を隠していたのだろうか。


「あああ! やっぱり人前に晒せるような顔じゃないんですね!!」


 私の無言を否定的に捉えたのか、イデアは椅子の上で三角座りをし膝に顔をうずくめる。


「いえ、そういうわけでは――」


 むしろ逆で、と弁明をしようと試みるが彼女の発する「ああーー」「うぅーー」などの唸り声で言葉は届かない。


 話を聞いてもらおうと彼女と同じ目線まで屈み、両頬に手を添える。


「顔を上げて」


 上げるように軽く力を入れるが


「髪が伸びるまでは隠させてください」


 と一言を返され、抵抗を受ける。

 一体何週間、ここでうずくまるつもりなんだろう。それではあなたの好きなごはんは食べられないじゃないか。


「か、……かわいい、から」


「お世辞は大丈夫です。自分が一番分かっているので」


 可愛かったら、友達ができて賑やかな食事をして孤独ライフを過ごすこともなかったのですと言葉を続ける。私の行動のせいで(いや、これはイデアの勘違いなのだけど!)、彼女のネガティブスイッチを押してしまったようだ。


 こうなってしまったら、どんなことを言おうと彼女には届かないだろう。

 別のアプローチが必要となる。頭を回転させ、自信を持たせるにはどうすれば良いか考える。そこで昔、俯いてばかりいる人がいたのを思い出した。


「顔を上げて」


「嫌です。髪が伸びるまではこうしてます」


「あなたが自信をつけるおまじないをしてあげるから」


「…………」


 彼女の興味を惹く言葉だったのだろう。


「何をするんですか」


 大人しくなり話に乗ってきた。

 

「ツインテール」


 昔、大切な人たちにしてもらった温かな記憶。俯いてばかりいる私に、優しい人たちがかけてくれたおまじない。

 『エルンが自信をもてるように、おまじないをかけてあげる』

 そういい彼らは私の髪型を二つへ結び、そして結んだあと似合っているか確認させてほしいと言ってきた。身長が高い彼らに見せるには顔を上げるしかなく、見上げると優しい顔で笑いかけてくれた。そして可愛いと頭を撫でて、姿を褒めてくれる。

 初めは無理矢理結ばれていた髪であったが、褒められるのが嬉しくなりいつからか自分で結ぶようになっていた。 

 それ以来、私はずっと同じ髪型を続けている。


「それってエルンと同じ髪型ってことですか?」


 変わらず顔は上げないが、さっきよりは明るい声が響く。


「そう。あなたは肩までしかないから、全く同じってことにはならないと思うけど」


 そして下を向いていたら結べないと伝えると


「…………!」


 イデアは嬉しそうな顔をして顔を上げる。

 まさかこんなに簡単に上手くいくとは。少し驚く。


「可愛く、お願いします!」


 * * *


「ぷっ……ぷぷぷ」


 片方の髪の毛を結んだ時点で分かってはいたが、続けてもう片方も結び続けてしまった。辞めることもできたが、どうしても両方結んだ完成形を見たくて。しかし完成に近づけば近づくほど面白くなってきてしまい、ずっと我慢していた笑いが堪えきれずに漏れ出てしまった。

 私がぷるぷると笑うのを我慢しているのに気づいていたようで、


「な、なんですか! なんなんですか、さっきから」


 とぷんぷんと可愛く苦情を言う。


「エルンがわたしに自信をつけてくれるって言ったんじゃないですか。こんなんじゃ逆効果ですよ!」


「ごめん、ごめん。なんというか……ぷぷっ、髪の毛はあなたの性格に似て強情なのだと思って」


「どういうことですかー!」


 試しに結んだツインテールは、エルンの真っ直ぐすぎる髪が束になったことで重力に逆う力が生まれ、頭に棒を差したような髪型になっていた。

 

「ツインテールというより、角ね」


「角!?」


「トナカイのようだわ」


「トナカイ!?」


 私の言葉を繰り返し、何事かとリアクションを重ねてくる。私の言葉を素直に受け取るイデアが面白くてずっと繰り返してしまいたくなる。

 鏡を手渡し現状を把握してもらうことにした。


「これはトナカイですね」


 本人も納得のトナカイであった。


「まぁ、遊びはここまでとして」


「遊び!?」


「こうしましょう」


 結んだリボンを解き、髪の毛を解放する。

 跡が付くこともなく、髪の毛たちはサラサラと元の居場所へと戻っていった。

 一旦櫛で髪全体を梳かし髪の流れを綺麗にしてから、頭頂部の髪の毛を少量手に取り頭に沿うようにリボンを結んだ。反対側も同様に行い、ハーフツインテールが完成する。

 全体像を確認するためにイデアの正面に立ち回った。


「今回はトナカイじゃないですか?」


「…………」


「うぅーー、やっぱりわたしは顔を晒すべきではなかったんだーー!!」


「…………かわいい」


「え?」


 ぱっちりとした愛らしい顔には、むしろハーフツインテールの方が似合っていたのかもしれない。白い肌に紺色の髪。そして赤色のリボン。それぞれが相乗し合うようにお互いを引き立てていく。まるで造りものかと思うくらいに完成されていた。


 鏡を渡し、完成した髪型を見てもらう。

 すると一番に出た言葉は、髪型の感想ではなかった。


「エルンの目の色と一緒!」


 リボンを摘まみながら、キラキラとした目で私に喋る。

 最初の感想が可愛い髪型でもなく、おしゃれなリボンでもなく、まさか色についてだとは。突然のことに驚きを隠せず、ぽかんとしてしまった。


「すごい、すごい。可愛いです、わたしが動くと一緒にぴょんぴょんします」


 右、左と顔を動かし結ばれた髪をそれぞれ確認する。イデアが言うように、顔を動かすたびにぴょんぴょんと髪は動き、新たな可愛さを見せる。


「エルンと同じ髪型でないのは少し残念ですが」


 でも、と言葉を続ける。


「お揃い、嬉しいです!」


 イデアはもう前髪を切られたことは気にしていなかった。可愛く結ばれた髪を心から喜び、今までで一番嬉しそうにはしゃいでいる。温かな気持ちを引き継げた気がした。


「エルン、わたし可愛いですか?」


「…………」


 素直になるのは得意ではない。

 だけど、私が言われて嬉しかった言葉を伝えるまでが多分おまじないだ。

 すでに耳に熱を感じるが我慢して、感想を口に出す。


「可愛いよ」


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