第7話 幸せ昼食
「はむっ、はむっ」
ハムスターのように頬に食べ物を詰めながら、もぐもぐと休む暇もなくスプーンを動かし続ける。お腹が空いていたからなのだろうか、それとも好みの味だったからだろうか。
私の作ったオムライスを口にするイデアを肩肘をつきながら眺める。
自分なりに作ったものであり、味は普通だと思うのだが、前髪越しに薄っすら見える目は輝き、一粒も逃がさないと食べる姿を見ていると悪い気はしない。
残り4分の1に差し掛かったところでようやくイデアは口を開いた。
「エルンは天才ですか……!」
「これくらい、普通の味じゃない?」
「普通に至れないわたしからしたら尊敬に値する領域です」
「確かに。卵も黄色いしね」
イデアはうんうん、と勢いよく頭を上下する。
嫌味のように言ったつもりだったが、全力で肯定されてしまった。
「……口元にケチャップ付いてるわよ」
親指で拭き取ると「はわわ、すみません」とあわあわしながら謝罪をされる。
「美味しくて、夢中で食べてしまいました」
「そう。良かったわね」
「はいっ!」
それからまたスプーンを動かし、オムライスを食べる。
彼女好みのご飯で懐柔できたのか。朝まではおどおどと話していたイデアだったが、オムライスを食べた以降スラスラと話すようになった。これが本来の彼女なのかもしれない。
「普段はどうしてたの。外食?」
彼女の食事事情が気になって質問をした。料理はダメ、けれど魔女とはいえ食事は必要なことだろう。ならばどうやって暮らしていたのか。
イデアは口にごはんが入ったままだったので、口を閉じながら「いいえ」と言い、ごくりと飲み込んでから口を開いた。
「えっと……信じてもらえないかもしれませんが、ごはんは全てこの子にやってもらっていて」
そういい私から向かって左隣にいたくまのぬいぐるみの頭を撫でる。
「わたしにも詳しいことは分からないんですが、物心ついたときから一緒にいて、いろいろやってくれて」
彼女は言葉を続ける。
「使い魔ってやつなんでしょうか? だけど、家事をしてくれるだけで、喋ったりはできなくて」
「まるで家政婦ね」
「うーん、家族がいいです。ちょっと他人みたいじゃないですか」
頬を膨らませ、文句を言う。
村を滅ぼすため(破壊するつもりはなかったようだが)に連れてくるだけあって、愛着は強いようだ。小汚いから洗った方がいいとは思うが。
「この子と一緒にごはんを食べることはあっても、『美味しい』を共有しながら食べることはなかったのでわたし――」
彼女は喋りながら私の方へと顔を向ける。
「すごく、幸せです」
弾むような声。上がった口角。
隙間から見える、線になるまで細められた目。
「わたし、ずっと憧れていたから。誰かと話をしながら、美味しいご飯を食べて。心も身体も満たされることに」
くまのぬいぐるみのことをちらりと見る。
「上手く魔法が使えたら、お話しできるようになったかもしれませんが、わたしには少し力不足で……」
「何も使えないの?」
「時々は使えることがあります。だけど、どうやって使えたのかはまだ分からなくて」
自分のことなのにすみません。と一言謝罪を受ける。別に謝ることではないのに。
「だから、ありがとうございます」
そう言い、残り僅かな食事へと戻る。気がつけば、残り一口となっていた。
「ほんっっっとうに美味しいです。あぁ……最後の一口を食べたら終わってしまいます」
「食べないなら私が食べるけど」
「なんて心ない言葉。エルン、いじわるばかり言っていると友達がいなくなりますよ?」
友達はいないから問題ない。そんな返しをしようとしたが、イデアは最後の決心をして既にスプーンを口に入れていた。
「はむっ」
ずっと同じものを食べているので、味は変わらないと思うのだが
「~~~~!」
と言葉にならない幸せの声を上げた。
この子にこんなことを思うのは悔しいが、
嬉し、かった。
どんな表情をしているのか気になって、すっと右手で彼女の左目に掛かった前髪を右目側に寄せる。紫色の目がキラキラと輝き、幸せを瞳に写している。
その姿につい、言葉がこぼれてしまった。
「そういう顔はちゃんと見せてよ」
「???」
イデアは何も分からないような表情を浮かべる。
この鈍さに救われたような、少しむかつくような。
だけど、ひとりになってから一番穏やかなお昼だった。
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