第6話 like sand...
ダイニングへと向かうと4脚ある椅子のうち、1脚には持ち込まれたぬいぐるみが座っていた。それは良い。イデアの成長を共にしてきたからか、ぬいぐるみは薄汚れているが、まぁそれは良い。とりあえず、ぬいぐるみの斜め前の席へと座る。
問題はテーブルに置かれた2つのプレートだ。
「…………」
載せられた料理を見て言葉を失う。
プレートに載っていたのは真っ黒な長方形とパラパラと積み上げられた黒と黄色がミックスされたの砂の山のような物体。
これは食べ物なのだろうか?
食べて無事でいられるものなのだろうか。
生きることに前向きではない私ではあるが、これを口に入れるのは抵抗がある。
少なくとも今は死なない。死ねないのであれば必要以上の苦しみは味わいたくない。
「お待たせしました」
後ろから声を掛けられ、プレートの横に黒い液体の入ったコーヒーカップが置かれる。
湯気に乗って落ち着きのある苦い香りが鼻腔へ広がる。
いつもの色、匂い。少なくともコーヒーは異常がないようでホッと胸を撫でおろした。
イデアがテーブルを挟んで正面に座ったところで、気になっていたことを尋ねる。
「この真っ黒なのは何?」
「トーストです。ごめんなさい、火の加減が分からずにこんなことに」
やっぱりか、と片手で頭を抱えた。
朝食、そして長方形。この2つのヒントだけでもトーストと、答えに導くのは難しくはない。
「本当はこんがり焼けたものを食べてもらいたかったのですが、2枚しかなくて……」
続けて隣の砂を指さし、こっちは? と尋ねると
「スクランブルエッグです」
「…………」
私の知るスクランブルエッグとはかけ離れた姿に言葉を失っていると「エルンはこっちを食べてください」と目の前にあったプレートをもう一つのものへとすり替えられる。目の前に置かれたのも同じ色をした物体。行動の意図が分からないでいると「こっちの方が上手にできました」と補足を受ける。しかしどこから見ても真っ黒の物体だ。
イデアは気にした様子もなく、向かいの席へと座る。
これが今日の朝食。
「…………」
ごくり、と違う意味で喉が鳴る。
焦げたトーストとパラパラになったスクランブルエッグ、そしてコーヒー。
まともに胃に入りそうなものはコーヒーだけだ。飲み物だけでお昼まで耐えられるだろうか。
……お昼もこの子が作るのかしら。
いや、まさか。これに懲りればそんなことは――
「あの、エルン」
朝食、そして昼食のことを考えてはお先真っ暗な気持ちになったところでイデアから声を掛けられる。
「あれをやりませんか?」
「あれ?」
何かの提案をされ、聞き返すと彼女は胸の前で手のひらを合わせた。
そして、
「『いただきます』って言うの」
いただけるのか?
確信とも呼べる疑問が頭に浮かびつつも、控えめでありながら強引である彼女の要望を突き返すこともできず、渋々彼女に従い同じポーズをとった。
「「いただきます」」
この言葉を口にした途端、この食事から逃げられないことが確定した気分になる。
イデアは満足して手を開放するかと思いきや、合わせていた手のひらを胸の前で手を組み変える。そしてドキドキとワクワクが混ざり合ったような表情で私のことを見つめた。
私の感想を聞きたいのだろうか。こんな明度も彩度も低い食卓で彼女は前向きな感想をもらえると思っているのだろうか。
ずっと見つめられているのも気まずいため、とりあえず。とマグカップに手を付けた。
理由は簡単。コーヒーだけはまともであると思ったから。
コーヒーを飲んで「美味しいコーヒーだね」と伝えれば、満足して私を見るのを辞めてくれると思ったから。
しかしこれは大きな誤算であると、数秒後に分かる。
いつものようにマグカップを傾け、一口分の液体を口に含む。
口の中は程よく苦みのあり、癒される匂いが口の中を広がると思っていた。
「……っ!」
広がったのは砂が浮かんだ苦い熱湯だった。
舌、歯、上あご。口腔内のあらゆる場所に砂が侵食していく。
そしてやっとこの状況を理解した頭が「喉を通してはいけない」と警告を発し、咄嗟に顔を下へと向ける。
「~~~~!!!」
熱い。だけどコップに戻すのも、床やテーブルへ吐き出すのも絶対にやりたくなかったため、火傷覚悟で口をぐっと堪え、一番近くの水場――キッチンの流しへと走り出す。
「どうかしましたか!?」
私は走り出すや否や後ろから本気で心配するような声が聞こえる。
どうかしましたか、じゃないよ。誰のせいだと思ってるんだ。
流しへと到着して、口の中に入っていた液体を全て出し尽くす。
液体を出しても口の中の砂は消えず、真水でうがいをして口腔・喉の洗浄を試みる。5回ほど繰り返し、口の中の違和感がなくなったところで「はぁ……」と安堵の息を漏らすことができた。
「あの、わたし……何か失敗してしまいましたか?」
私の後を追ってきたのだろう。落ち着いた私へイデアが声を掛ける。
不安そうな顔で、今度はお腹辺りで手を組んでいた。
力強く組んでいるからなのか、組まれた手は彼女の微かに震えていた。
「どうしてこんなことしたの?」
「え……。あの、わたし――」
「言い訳は良いから。答えて」
「いつもと同じ淹れ方で……この粉を、お湯で溶かせば美味しい飲み物になると思って……」
彼女の回答を聞き、はぁと溜息を吐く。
「コーヒーを淹れたこともないの?」
「……ありません。でもココアなら!」
ドリップしない淹れ方の飲み物を挙げられる。同じような色で温かい飲み物だから同じ淹れ方だと考えたのだろうか。
「……ゴクゴク飲まなくて良かった」
秘かにホッと胸を下したところで、次の質問へと移る。一番聞きたかったことだ。
「イデア。料理をした経験は?」
「ありま……せん」
言葉の代わりに溜息を吐く。
絶対にしたことないだろうと思ってはいたが、初めて調理したものを自分で確認もせずに出すとは。
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