第5話 おはようの騒音
朝。
『ガッシャーーン』、続けて『ギャーーーー』という騒がしい音に叩き起こされ、目が覚めた。
そういえば昨晩、客人を迎え入れたのだったっけ。
何年も静かな朝をひとりで迎えていたため、こんな騒音だとしても温かい気持ちで聞いていられる。誰かがいないと音は立たないから。
……なんて情緒に浸るわけがない。
「何やってんの!?」
バッと布団から飛び起きた。いつもしている高い位置のふたつ結びもせず、パジャマ姿のままで音の根源へと向かうべく階段を駆け下りた。
この家はシンプルな作りをしており、2階が寝室、1階がキッチンやダイニング、お風呂などの水回りの部屋が配置されている。まあるい塔のような作りで内壁に沿うように階段が作られているため、1階は降りるためには塔を2周半する必要がある。
元は図書館として使われており、当時の面影として沢山の本が壁面に収納されている。
階段を降り、少し歩いたところに原因の人物がいた。
彼女の周りには焦げついたフライパン、割れた食器の破片が散在している。流し台、その周りの床は水でびしょびしょになっており、何があってあの大きな音が立てられたのか、尋ねなくても自然と感じ取ることはできた。
そんな乱雑なキッチンを気にする様子もなく、彼女は熱したであろうケトルを手に慎重な顔でコップにお湯を注いでいた。
「あちっ」
勢いよく入れたため、微量のお湯が撥ねケトルを持つ右手に当たった。
「はぁ……。跡になるからちゃんと冷やしなさいね」
声を掛けてようやく気付いたのか、少し驚いた顔を浮かべた後に、「お気遣いありがとうございます」とペコリとお辞儀をされる。片手にケトルを持ったままお辞儀をされたので二次災害が起こらないか冷や冷やした。
そして「順番が前後してしまいましたね」と言ったあと、今度はケトルを置いて(すごく安心した)、
「エルン、おはようございます」
と朝の挨拶をした。私もおはようと返しつつ、どうしてこんなことになったか経緯を尋ねる。
「起こしてしまいましたか? ごめんなさい」と前置きをされた後で、質問の答えをもらう。
「朝ごはんを作っていました」
「なんで貴方が」
「早く……起きれたので」
「私に作らせればいいじゃない」
「そんな! ……そんな図々しいことはできません」
周囲に寝泊りするところがないからと言って、この家に泊まり込み――パジャマまで貸したことが心に引っ掛かっているのだろうか。朝食を作ることくらい、ほぼ毎朝行っている(時々めんどくさくてサボることもある)。一人分が二人分になったところで、手間は変わらないだろう。どちらかと言えば、この子が汚したり散らかした食器たちを片づける方が手間であり億劫だ。
原因を作った自分が片付けと言い出すと思うが、こんな散らかし方をした子が片付けをできるとは思えない。片付けの片付けをする未来が鮮明に想像できる。
頭の片隅でそんなことを考えているなんて知らないイデアは、口角を上げ、少し楽しそうな顔をしながら言葉を続ける。
「それにわたしが作ったごはんを誰かに食べてもらうのが夢だったのですよね」
話す相手がいて、わたしが一生懸命作ったごはんを食べてもらう。
「ずっとひとりだったから」
そんな日常に憧れている。そうイデアは語る。
だから座って待っていてくださいと促され、肩を押されキッチンを追い出される。
「待ってくださいね。あとコーヒーを淹れれば、完成なので」
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