第10話 七夕の街①

 村から歩いて30分したところに、目的の街がある。

 外装が拘られた建物、タイルが敷かれた道、そしてその道を清掃する人。私の住む村とは異なり、人工的な手入れが行き届いたおしゃれな風景が広がる。

 大勢の人が様々な表情を浮かべて、この通りを行き来している。

 普段のイデア(と言っても会って2日しか経っていない。しかし彼女の性格は1日で理解できた)であれば刺激だらけの賑やかな街をキラキラさせた目で見ていたことだろう。しかし、今日の彼女は俯き唸っている。昨日もそんな動作していた気がする。

 

「うーーー」


「そんな前髪を押さえつけながら歩かないの。怪しいわよ」


「誰のせいでこうなったと思ってるんですか!」


「…………?」


「エルンのバカ!」


「……それはそれで良いと思うんだけど」


 昨日は眉毛が隠れるラインで真っ直ぐに切り揃えらてた前髪は一晩経ち、形のいい眉毛を見せつけるラインで真っ直ぐに並んでいる。当初よりも短くなってしまったがこれはこれで可愛い、と私は思うのだが。


「わたしを騙しましたね? 眉毛までって言ったじゃないですか」


「ちゃんと切ったとき鏡で見せたじゃない。その時は眉毛までだったでしょう?」


 そう。朝起きるまでは。


 * * *


 これは今日の朝。窓から心地よく光が入り込み、身体が起きてきつつも、もう少し目を閉じて眠ってしまおうかと贅沢な選択をふわふわした頭で悩む時間。

 そんな時に彼女の「ぎゃーーーっ!!」という悲鳴は上がった。

 イデアは朝に悲鳴を上げる習慣でもあるのだろうか。明日の朝は静かであることを願いたい。


 まぁでも大したことはないだろう。焼きすぎて焦げただとか、食器を割っただとか、牛乳をこぼしたとか、その程度の話だ。放置しよう。


 もう少し目を閉じる選択をし、朝日を避けるようにと頭まで毛布をかぶる。


「ぎゃーーーー」


 また彼女が朝食を作るのだろうか。残っていた食材から予想するに、スクランブルエッグか目玉焼きか玉子焼き? 今日は黄色いといいのだけど。


「わーーーーーーー」


 イデアはサラダを知ってるだろうか。あの子供っぽさだと野菜は積極的に食べていないだろう。サラダであれば盛り付けるだけで失敗はないし、教えてあげてもいいかもしれない。


「うえーーーーーん」


「うるさっ!」


 どうせ大したことではないと察し放置をしていたが、来ない限りずっと叫びますよと主張するように止まらない悲鳴に痺れを切らし、はぁと溜息を吐いてから起き上がった。髪の毛を結んでから向かうか。

 

 あれから追加で三度ほど悲鳴を聞きつつ、イデアを探す。彼女は浴室の隣にある洗面台の前にいた。彼女は前髪を手で押さえ、涙目になっている。なんとなく話の予想も付くが、とりあえず「どうしたの」と声を掛ける。


「前髪が……、前髪が……!」


 抵抗しつつも現状を伝えるために手を離すと、昨日まではぴったりとおでこに沿っていた前髪がふわっと浮き、形のいい眉毛が露呈した。起きたら前髪が短くなっていたとイデアは涙目で訴えかけてきた。


 そういえば、私も経験がある。髪を切った当日も翌日も同じ自分の髪なのに、言うことを聞かなくなったように全く違った動きを見せる。イデアの前髪もそうだったのだろう。

 整った顔立ちをしているため、もっと切っても良かったと思っていた私は、


「視界が広くなって良かったじゃない」


 とポジティブな言葉を掛けたが


「全然良くありません! こんなに顔を曝け出すなんて……」


 私の言葉は届くこともなく、ずんずんとテンションは下がっていく。


 うーー、と唸り声を上げながら、前髪を濡らしては伸ばし、を繰り返している。しかし彼女の努力は虚しく、毛先は眉毛を隠すことはない。


 * * *


 そして家を出てからこの街に到着して、現在に至るまでずっと同じ動作・言葉を繰り返している。


「今日もハーフツインなのね」


「話を逸らさないでください!」


「かれこれ2時間、ウジウジの相手をしてるのよ。そろそろ話を逸らさせてくれたっていいじゃない」


「う……」


 イデアもこれには共感したのだろうか。前髪を触るのは辞めないが「うー、うー」と唸るのはやめた。まだ本調子ともいかないが小さく、照れた声でぽつりと口に出す。


「……エルンが可愛いって言ったから」


「ふぅん」


「今日も、可愛いですか」


 まだ素直になることができないイデアは、俯くことで髪の短さをカバーし、空いた両手でツインテールを端をつまみながら質問をする。


「顔を上げてくれないと、分からない」


 いつか言われた言葉をそのまま借りて、イデアの顔を上げさせる。

 ウジウジしていた名残で少し目が赤くなっていた。


「可愛いわよ。前髪も含めて」


「むーーー!」


 気にしているところを含めて褒める。私は本当に悪くないと思ってるのだが、それを揶揄いだと思ったのかイデアはぷんぷんと怒りを露わにする。少ししてそれもバカらしいと思ったのだろう。膨らました頬の息をぷっと吐き出し、笑みを浮かべる。


「……もう、いいです。エルンがそう言うなら、可愛いんですよね。この前髪」


「分かったなら堂々としなさい。これがおしゃれなんだという顔で」


「はい! エルンに切ってもらった髪が変なわけありません。これが時代の最先端、この先みんなが同じ髪型にすると思って堂々とします!」


 ようやくイデアの前髪の話が終わった。

 さて、目的のお店はどっちに向かえば良いのかと辺りをきょろきょろしているところ一組の親子とすれ違った。すれ違う際、母親に手を繋がれた小さな子供がイデアの顔をじっと見ていた。イデアもその視線に気づき、何か用事があったのかと振り返ると、親子も同様に振り返っていた。


 小さな子供がイデアを指さして、舌っ足らずな話し方で母親へ自分の思ったことを報告する。


「あのお姉ちゃんの前髪、赤ちゃんみたい!」


「本当ね。可愛いわね」


「…………」


「赤ちゃんみたいで可愛いわね」


 最高のエサに飛びつかないわけがなかった。イデアは顔を赤くしてぷるぷると震えている。はぁ、本当に可愛い。


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