病み
ギア・プラエセンスは天才である。
そして、稀有なことに真なる意味での善良なる人でもあった。
『……お前は───』
公爵家の娘として生まれたギアはその生涯の中で高名な教師の元で最高峰の教育を受けてきた。
その分野は多岐にわたる。
算術、天文学、歴史などの学業はもちろんとして。魔法。体術、剣術、槍術、弓術……ありとあらゆる戦闘技能を修めていった。
『何なのだ……お前は……お前はっ!?私の人生そのものも否定するのかっ!』
驚異的な五感はありとあらゆる技術を寸分の狂いもなく理解してみせ、極めて高い吸収力がギアに力をもたらした。
たった一度でも学んだ技術があれば、それをすぐに自分の能力に昇華させ、即座にその高い応用力でもって悠々と元の技術を更なる高みにつれて行って見せる。
『あぁぁぁぁっ!?いっそのこと、この私を殺せっ!あぁぁぁっ!』
だが、その過程で生み出したのは被害者であった。
圧倒的な天賦の才は、他者の人生すらも否定する結果になったのだ。
教師としてギアの元を訪れた人物は己の目の前で人生を懸けて学んだ技量を容易く盗まれるばかりか、その上位互換を見せつけられるのだ。
それ以上に残酷なことがあるだろうか?
教師としてやってきたものは皆、ギアの前で涙を流し、彼女を呪った。
「……ごめんなさい」
それを、弱者の遠吠えと切り捨てられればどれだけ幸運だっただろうか?
だが、善人たるギアはその叫びの一つ一つにも深く傷つき、己の才能を呪うのだ。
「あぁ」
それでもギアはその足を止めることができない。
税という形で民衆より税金を取り立てて己の生活を成り立たせる代わりに、為政者として民衆に平和と富をもたらす義務を持つ貴族として生まれたギアに、自己の才能を使わずに民衆の期待を裏切るという選択肢のほどもなかったのだ。
「……誰か」
虚無感。
ギアは真の意味で独りぼっちであった。
「……誰か」
ギアの周りにいるのは彼女を呪う者か、それとも才能のおこぼれに預かろうとおべっかを使う者たちのいずれかだ。
真の意味で彼女を思う者はいない。
実の両親でさえ、驚異的すぎる娘の才能を疎ましく思っていたほどだ。
「誰か」
誰でもよかった。
「誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か
誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か」
誰もよかった。
ただ、ギアと向き合い、共に笑いあってくれる人さえ。
その人が一人でもいれば良かったのだ。
「私の勝ち」
だが、その人が彼女の前に現れることはなかった。
そして、今日もギアは勝利を重ねる。
村を魔物に焼かれて居場所を失ったという少年を匿ったギアは彼の懇願と共に始まった模擬戦で圧倒的な勝利を飾った。
「……大人げ、なかったな」
酷い勝利であった。
おそらくは想像を絶するような修練の果てでまだ若き身に積みあげた技量のすべてを盗み、その技量を昇華させた技で叩きのめしてやったのだ。
これで、目の前の少年も己を呪う。
ギアは諦観と共にそのように思った。
「あはは、負けた。負けた」
「……?」
だが、彼は笑っていた。
「僕のありとあらゆる手札が吸収され、目の前の昇華されていった。こんな素晴らしいことがあるかっ!」
訳がわからなかった。
敗北し、己の努力を目の前で否定されし尽された。
それでも、少年は歓喜していた。
「あぁ、どうかっ!もう一度だけ!もう、一度だけでいい!僕と戦って戦ってくれないかっ!?僕は強くなりたいんだっ!そのために、君が必要なんだっ!」
そればかりか、縋るように再戦を望んでくる。
己が必要であると、少年はギアに訴えかけていた。
「う、うん」
ギアは、わけも分からず彼の言葉に頷くことしかできなかった。
「あぁ……!ありがとうっ!!!」
初めての経験で、わからないことだらけだ。
でも、ただ一つ。真実として残ったことがある。
それは、この少年イーラこそがライバルとして常に隣に立ち、ついには己であっても真似できぬ極致を開拓せしめた。
ギアが常に欲していた自分と向き合い、共に笑いあってくれる人になったということであった。
■■■■■
時は進んで現代。
また年齢が一桁の時に出会ったイーラと共に育ったギアはもう齢十五歳。
ノーバ学園の一年生となる年齢であった。
「いじわる」
ノーバ学園へと通うためにプラエセンス公爵家が王都に所有する屋敷の中で一人。
ギアはベッドに寝っ転がりながら不満をあらわにする。
彼女は元より、ここに来る前は同じ街の同じ屋敷に住んでいたイーラと共に王都へと来て受験を受け、同じ屋敷に住む予定であった。
そのためにわざわざ彼女が滞在する屋敷には一切の使用人を受けずに二人きりで過ごせるようにもしていた。
「いじわる」
だが、イーラはギアを無視して勝手に王都へと出向いて別の女と共に受験を受け、居住地を己とは別としたのだ。
「私にはイーラしかいない。イーラだけが、イーラだけが私のすべてなのに。嫌だぁ。捨てないで、ずっと一緒にいてぇ」
ギアはその事実を前に枕を濡らし、ただ単に愛するイーラのことを思うのであった。
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