自己紹介

 僕の肘うちを真正面から食らった伯爵家の次男坊はきりもり回転しながら大きく吹き飛ばされ、そのまま完全に意識を手放すことになった。


「よしっと」


 それを見て満足した僕は彼に絡まれていた少女の方に視線を送る。


「大丈夫だった?」


「は、はい……私は大丈夫でしたけど……」


 僕からの視線を受ける少女。

 金髪ショートで泣きぼくろがそばに控えるたれ目な赤い瞳を持つ少女は僕の言葉におずおずとした態度で答える。


「でも、そちらの方が大丈夫なんですが?は、伯爵家の次男坊を遠慮なく叩きのめしちゃいましたけど」


「ん?大丈夫だよ。ほら、僕は劣等紋だから」


 心配そうな少女の言葉に僕は自分の紋章を見せながら答える。


「劣等紋を相手に負けた、なんていう恥を曲がりなりにも伯爵家の人間である彼が認められるわけないからね。何も言ってこれないと思うよ。だって貴族ってメンツがすべての生き物なんでしょ?ついでに言うと僕は平民だしね。劣等紋、しかも平民に負けましたとか末代までの恥じゃん」


 劣等紋は周りから卑下される象徴なようなものだが、逆に侮られすぎて利用できるタイミングもあるのだ。

 

「えっ!?平民さんだったんですか!?」


「そうだよ、ゴリゴリの平民」


 僕は少女の言葉に頷く。


「んー、とりあえずは自己紹介でもしようか。僕はイーラ。家名も特にないただのイーラだよ」


「あっ、私はソフィア。アンギール男爵家の長女です……えっと、私はノーバ学園の試験を受けるためにこの王都までやってきたのですが、イーラも同じで?」


「そうだね。僕もソフィア様と同じようにノーバ学園の試験を受けようと思って」


「わざわざ様付けで言う必要ないですよ?男爵家なんて平民とそこまで変わらないですから」


「あっ?そう?」


 多分男爵家と基本的な平民の間には果てしない差があるけどね。


「はい……それにそもそも敬語じゃありませんし、何よりも伯爵家の次男坊に対して思いっきり肘うちしたような人が使うようなものじゃないですね」


「まぁ……確かにそうだね。それじゃあ、遠慮なく……ソフィア。僕ってばお上りさんでイマイチ王都のことわかっていないんだけど、君はこの王都のことわかる?」


 僕には仲良い高名な貴族家の友達がいたこともあって、色々と距離感がバグっているところがあるんだよね。

 平民のくせに貴族への敬いが僕の中には少なかった。


「えっ?あぁ、はい。私の家は王都にほど近いところの領主なのでそこそこ知っていますよ」


「それじゃあさ、ちょっと人気の多い大通りから外れた道の方にある食べ物を食べられる場所知っていない?試験始まる前に自分のすきっ腹を何とかしておきたくて。実は結構お腹すいているんだよね。僕」


「あぁ、そうですか。それじゃあ、良いところがありますよ」


「本当に?」


「ちょうど私もお腹すいていたところでしたし、一緒に行きましょうか」


「わぁ、ありがとう。それじゃあ、お願い」


「はい、行きましょう……私のおすすめの店ですよ。個人的な穴場です。あっ、お金の方はありますか?」


「そこそこあるから心配しないで。ソフィアのおすすめのお店を楽しみにしているよ」


「えぇ、楽しみにしていください」


 僕はソフィアと共に、試験前の腹ごしらえをしに向かうのだった。

 その場に気絶している三人を残して───。

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