第5話

「ここがお前の宿だよ」

 カズスはシロウ達のために用意された空き家の扉を開きながら、サヨに中に入るよう促す。

「お部屋の案内もお願いしていいですか?」

 しかし、サヨはニコニコしながらそれを拒否した。どうやらリックが入るまで、中に入る気はないらしい。気味悪がりながらも渋々リックは部屋の中に入った。

「……ここがリビング、そこがキッチン、そこがトイレ、ベッドはその部屋とそっちに二つある。ほらもういいだろ」

 カズスは簡潔に部屋の説明を終えると、家から出ようとするが、その手はサヨに捕まれ阻止される。

「……いい加減なんなんだ気色が悪い」

「まあ、釣れないお人ですね。これだけ私が積極的にお誘いしているというのに……少し貴方と二人きりでお話がしたいだけですわ」

 ベッドルームの扉の一つを開けながら、サヨはカズスを促す。

「……少しだけだぞ」

 捕まれた手を振り払いながらカズスは中に入った。

 カズスはベッドルームの中にあるデスクの椅子に腰を下ろす。

「それで話って?」

「いえ……たわいのない事ですよ。カズス様は時浪おじ様とどういう関係なのかと思いまして……」

 サヨはベッドに腰をかけてそう口を開く。

「おじ様は……軽薄そうに見えて中々に冷たい人ですから。カズス様の前ではあんなにも熱く、大人気ない様子を見せる事が珍しいと思いまして……」

 どこか含みのある表情で言うサヨ。

「はん、あいつが大人気ないのなんていつも事だよ。俺が子供の頃から、ブーゲルさんといるといつも邪魔して来る嫌な奴だった」

 カズスはそんなサヨの意見を鼻で笑う。カズスがブーゲルに剣を習っていると、決まってカズスの前にやって来て、容赦なしに叩きのめす。カズスにとってシロウとはそういう人間だ。

「……ブーゲル様ですか」

「……なんだ? 知らねえのか?」

 黒剣のブーゲル。大陸では知らない人はいないというほどの伝説的な冒険者だ。冒険者ならなおさら知らないはずがない。

「ええ、あまりよくは存じていません。……私はずっと大陸から離れた島国の暮らしでしたから」

「島国ね……」

 人の大陸。東の海の果て。この世のパンゲアを除いた五大陸のどこにも属さぬ孤立した島の国。

 大陸とは一風変わった文化圏を築き上げ【流の国】と呼ばれ、その実態は謎に包まれている。

「私の国ではおじ様はあんな表情はされませんでしたから……もし本当にあの態度がいつもカズス様に見せるものなら少し羨ましいです」

 サヨは儚げな表情でそう呟いた。その顔はどこか物悲しさと後悔を感じさせた。

「……どこがだよ。俺はあんたがあいつに大切にされてるだけだと思うぜ。単に俺とあいつは仲が悪い。それだけだ」

「……慰めようとしてくれるのですか? カズス様は思ったよりも優しいのですね」

「そんなんじゃねえ」

 カズスは椅子から立ち上がると部屋の扉に手をかける。それと同時にカズスは背後から抱き着かれた。カズスの首に手が回される。

「お、おい」

「少しだけ……こうさせてください」

 しばらくの沈黙が部屋を支配した。カズスは直立不動のまま動かない。カズスは背からサヨの鼓動が伝わってくるのを感じた。

「……ありがとうございます」

「お、おう」

 カズスは顔が赤くなっているのを悟られないよう上を向いて、そう返事をする。

「そ、それじゃあ俺はもう行くぞ」

 そう言って去ろうとするカズスをサヨは強引に自分の方へ振り向かせる。サヨはその白い眼を向けて離さない。

「……カズス様」

「お、おいもうこれ以上は」

 ジッと顔を見てくるサヨにカズスが思わず顔を逸らした時だった。

「お座り」

「ッ!」

 カズスの目線が一気に低下した。まるで言葉に反応したかのように、四つ這いに身体が強制されて動かない。カズスの頭に足が置かれる。

「……ようやく身の程を弁えて、頭が低くなったわね」

 先ほどまでが嘘のように乱暴な口調で喋りだすサヨ。

「おッい、これは何だ!?」

「『何だ』じゃないでしょ? 『何ですかサヨ様』でしょ? ……まあ貴方は物分かりが悪そうですし特別に教えてあげるわ」

 サヨはカズスの頭をグリグリと踏みしめたあと『上半身だけ許可する』と呟いた。カズスは宣言通り自身の上半身が自由に動くようになったのを確認すると、身体を調べ始める。首の後ろに何か小さな張り紙があるのが分かった。

「おい、お前! 俺の身体に何をした!」

「サヨ様でしょ? 全く大陸の人は能天気なのね。背中を簡単に見せたあげく、術にかけられているのにも気づかないなんて……」

「ッチ!」

 カズスは急いで首の後ろに張られた紙を剥がそうと背中に手を回す。

「無駄よ。物理的な方法じゃ絶対に剥がれないわ。それ」

「このチビ! さっさとこれを『お座り』」

 再度カズスの身体が強制的に傅かされる。カズスの頭にサヨの踵が振り落とされた。

「次、私の事をチビと言ってみなさい。その両足切り落とす」

 背筋が凍るほどの低い声でそう告げるサヨ。その声にはやると言ったらやる。そういった迫力を感じさせた。

「……いったい何のつもりなんだ。話があるってのはこのための嘘かよ」

「別に嘘じゃないのよ? 時浪おじ様の様子が気になったのは本当の事だもの。まあ、それ以外にどうしても断られたくないお願いがあっただけ」

「……それで強制的に断れない様にしたっていうのか」

「そういうこと。だから抵抗せずに聞いてね。ああ、『楽にしていいわ』」

 サヨが足を退けてベッドに再度腰をかけてからそう宣言する。カズスは身体の調子を確かめると、サヨに促されるまま再度デスクの椅子に腰をかけた。

「……今まで猫被ってたのかよ。流石はシロウの血縁者だな」

「褒め言葉ね。それ」

「……それで話ってのは」

 カズスは目の前の少女の狙いが分からなかった。サヨは相当の実力者だ。模擬戦での勝負もそうだが、油断していたとはいえ短期間でこれほど強力な強制の魔法をかける魔法使いはそういない。

 カズスに頼み事などしなくてもサヨなら自力でほとんどの事を解決出来るだろう。……もしこれがシロウも含めて村の人々に危害を加える気ならとても抵抗できそうにない。

「言っておくけどおじ様は関係ないわ。貴方にこうして首輪を付けたのは私の独断」

「……どうだかな」

「全く……疑い深いんだか、単純なんだか。……貴方にはねバジリスク退治を手伝って欲しいの」

「……?」

 バジリスク退治の手伝い。カズスには話の意図が読めなかった。サヨのお願いとは戦闘面に関するものではないと辺りをつけていたからだ。

「話が読めないな。お前の実力ならバジリスクぐらい一人で討伐出来るだろう」

「ええ、出来るわよ。そうね……どこから話したらいいかしら。まず私ってまだ正確には冒険者じゃないの」

「冒険者じゃない?」

「ええ」

 カズスの中で疑問がより一層深くなった。サヨは広場でシロウに冒険者と紹介されていた。シロウはギルド【明星】の団長だ。身内一人に冒険者資格を渡すことなんて簡単に出来るはずだった。

「試験中っていうか、お試しっていうか。おじ様はあんな紹介していたけど、実は私家出娘ってやつなの。帰省していたおじ様に無理やり着いて行ったものだから、おじ様も最初は帰れってうるさくて」

 袖の中から何やらカラフルな星形のお菓子らしき物を取り出し、口に運びながらそう呟くサヨ。

「それで私がおじ様の力になる事を証明するから冒険者にならせて、って言ったら『ある少年と勝負をして勝ったらいいよ』って言うものだから私がそれを受けたわけ」

「……それで勝負の内容がバジリスクの討伐数になったと」

「なんだ、複数いるのには気づいてたのね。そう、来る途中に軽く森は調べておいたから」

 その勝負相手がヘリオスであることはカズスはサヨに問わずとも分かっていた。

「ヘリオスはこの事は?」

「知らないと思うわよ? ただおじ様にバジリスクの討伐に参加してくれ。とは頼まれていると思うけど」

 カズスは拳を強く握りしめる。カズスはこういう自分勝手にヘリオスを利用しようとするシロウの態度が大嫌いだった。

「……それであいつは見物を決め込むわけかよ」

「それは違うわ。どうにも時浪おじ様が用事があるって言うのは本当の事みたいだし、まあココット山に行くぐらいしか知らないけど」

 ココット山。ココットの大森林中心に聳え立つ巨大な山だ。第一級の危険地帯であり、そこに住む魔物のレベルはパンゲアと引けを取らないと言われている。

「俺に頼みたいのは森の案内か」

「そういうこと。私はこの森は初めてだし、実力では負ける気はないけど地の利を活かされたら流石に、ね? それにヘリオス君? の戦力も削げて一石二鳥ってわけ」

 ならそもそもこんな事をする必要はないという言葉をカズスは飲み込んだ。

「それで返事は?」

「……どうせ拒否権はないだろう」

「まあね。無事終わったらそれも解いてあげる」

 カズスは彼女の提案を受け入れた。

 

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