第4話
「しかし、驚きました。あれほどの魔法の腕は僕は見たことがりません」
「いやはや、私にとっても自慢の出来た姪ですから、小夜は古郷でもそれなりに名が知れた天才なんでよ」
「もうおじ様、言いすぎですよ」
和やかな夕食会がクラシカルな洋室で行われていた。場所はヤーシ村、リックの家。王国式と言われる客間だ。
滅多に使われる事のないこの部屋は重要な客人をもてなす際に使用される。
「いやいや、謙遜する事はない。俺も森から帰って家のバカ息子が凍らされたと聞いた時は驚きましたが、まさかあの状態で怪我一つ無いとは流石はシロウさんのご血縁だ」
「ふふふ、ありがとうございます」
左手の奥からシロウとサヨが、それに向かいあう様に右手にリックとゴズズが座る。続くようにサヨの隣に接客モードで愛想笑いを浮かべるレイド、ゴズズの隣がリックの妻で美しい金髪を持ったカーラさんの席だ(彼女は現在机の上の片付けをしている)。そして間隔を空けて小さな別の机に、所々で愛想笑いを浮かべるヘリオスと、その対面に退屈そうに机の下で足を揺らす、金髪青眼のミーユ。余った場所に仏頂面でカズスが明らかに出来合いの椅子の上で座っていた。
「ああ、シロウさん器が乾いていますよ。さあ、どうぞどうぞ」
「いやーリックさんお気を使って頂いて申し訳ない。しかし、今日はこのくらいで遠慮させていただきます。実は明日も少々予定がありまして……」
「予定ですか……それは失礼しました。気が回らず申し訳ない」
「いえいえ、実を言うとバジリスクの討伐を私が請け負えないのもそれが原因なのです。詳しい話はあとでさせて頂きますので、今は楽しみましょう。さあリックさんどうぞ! どうぞ!」
「おっと、それでは失礼させていただきます」
「それではゴズズ様のは私が注がせて頂きます」
「おっと、これはかたじけない」
模擬戦のあと、村長とその場にいた村民の判定で負けを言い渡されたカズスは無事に解凍された。驚くことに凍傷といった怪我を何一つ負っていなかったカズスは、その場で再戦の申し込みをするなどの悶着はあったが、村民たちは納得しバジリスク討伐の依頼をサヨに任せる事となった。
そして現在リックの家で歓迎の宴が催されていたのだ。
「ねえ、カズス。これまだ終わらないの?」
「我慢しろミーユ。俺だって死ぬほど退屈だ。あとカズスさんな」
シロウとサヨを含めた大人達が和やかに進めるこの宴は、子供達、特にまだ八歳のミーユ、カズスやヘリオスにはとてもつまらないものだった。
何よりカズスは自分の惨めな有様を永遠と話され続け、あまり気分が良いものではない。しかしカズスもこの食事会に茶々を入れるほど子供ではなかった。
「全く、サヨさんは本当に出来た人ですなあ。ほんとうに家の馬鹿にも見習わせたいほどです」
「そんな、見習うだなんて私もまだ至らぬ事が多い若輩ですよ。それにカズス様だってとても素敵な方ではありませんか」
「お世辞でもそう言って頂けると嬉しいですな!」
顔を赤らめ笑い飛ばすゴズズ。カズスは額に青筋を浮かべた。
「……それでヘリオス、ミーユ。お前らは今日何をしてたんだ」
カズスは怒りを逸らすためそう二人に話題を振る。ヘリオスとミーユは大人達の方をチラッと見るとカズスの方に顔を近づけた。
「ボアを取りに行ったんだよ。今日の夜はお客様が来るからご馳走にするって母様が言ってたから驚かせようとおもって……ヘリオスに手伝って貰ったんだ」
「……お前ら昨日の騒ぎでよく森に入ろうと思ったな」
「あはは……ミーユに頼まれて断れなくて」
「母様には内緒だよ! カズス!」
カズスがあまり他人の事を言える訳ではないが、村で一番問題児の資質が高いのはミーユだろうと思った。
「で、ボアは見つからなかったのか?」
「見つけはしたんだけどね……」
ヘリオスが苦笑いを浮かべながら曖昧に答える。
「? じゃあ逃げられたのか」
「違うよ。石になってたんだもうカチカチに! 本当は持って帰りたかったんだけど、ヘリオスが危ないからって俺を連れてすぐ帰っちゃうんだもん」
「元々危険を感じたらすぐ帰るって約束だったろ? それに僕だって驚いたんだからなるべく北側を探したつもりだったのに……」
「北側?」
カズスとレイドがホーンラビットの石像を見つけたのとは反対の方角だ。それにヤーシ村から北側の森は他と違って気温が一回りほど低い。バジリスクは仮にも蛇系の魔物だ。好んでそちら側を徘徊するとは思えなかった。
「親父達に報告は……してるはずないか」
「また森の出入りを禁止されると嫌だもん! カズスも教えてあげたんだから言わないでよね」
「カズスさんな。別に言わねえよ」
それはそれとしてカズスには気になる事があった。
「ヘリオス。昨日の夜、親父達が集まって何か話してただろ? 何を話してたか覚えてるか?」
「ええっと……覚えてるけど……」
ヘリオスは後ろめたそうにそう答える。ヘリオスの聴覚ならば例え意識をしなくても、盗み聞きぐらい簡単だ。むしろ聞かないようにする方が難しい。
「心配するな。別に危険な事をする気はねえよ。ただ村のために聞いておきたい」
「……実を言うと石像が見つかったのはカズス兄達の順路だけじゃないみたいなんだ。森の北側を除いて全部に見つかったみたい」
「全部にか?」
「うん。大きな鳥の足跡や蛇が這ったようなあとも見つかったって」
それはつまるところ、ヘリオス達の証言も合わせればヤーシ村を囲む森の四方にバジリスクの痕跡が存在が確認できたという事だ。
たった一体のバジリスクがこの短期間でこれだけの範囲にどうやって痕跡を残したのか。
「……親父達がシロウに拘った理由はこれか」
「何々! カズス! 何か面白そうなこと!?」
ミーユが目を輝かせながら聞いてくる。カズスはそのおでこにデコピンをお見舞いした。
「ッ痛! なにすんのさ! カズスの馬鹿!」
「カズス! お前はまたミーユにちょっかいかけやがって! 少しは大人の自覚を持て!」
「あいあいすみませーん! それよりリックさん。話はまだ終わらない感じ? そろそろ俺ら退屈で死にそうなんだけど」
リックはシロウの方を軽く窺い、何やらゴズズに目配せをした。
「……そうだね。子供達はもう寝た方がいいだろう。レイド、君も今日は下がりなさい」
「それじゃあ、小夜。君も長旅で疲れてるだろうからついでに休みなさい」
「……承知しました。おじ様」
レイドは静かに、サヨはそう言ってから席を立ちあがる。その様子を見てカズス達も席から立ち上がる。
「ああ、ヘリオス君。君は残ってくれ少し話がある」
「え?」
シロウの呼びかけにヘリオスは困惑した様子を見せる。リックやゴズズもその言葉に頷き、サヨは静かに自分の座っていた席へと促す。ヘリオスは不安そうにカズスの方を見た。
「行ってこい。家には先に帰ってる」
「でも……」
「きっと大事な話だ。お前にとっても」
「……うん」
ヘリオスはカズスのその言葉に渋々と言ったように頷いた。
「ええー! このあとヘリオスと遊んで貰おうと思ってたのに!」
「ミーユ、お前はガキなんだからはやく寝ろ」
「なんだよ! いいよなカズスはヘリオスと暮らしてるんだから……」
ぶつくさと文句を言うミーユを促しながらカズスは部屋の扉へと近づいていく。
「……ああそうだ。サヨさん寝床は使っていない空き家に用意させて貰った。場所は……レイド案内して上げなさい」
「はい」
カズスが部屋から出ようとした所で思い出したかのようにリックがサヨに話しかける。
「部屋は二つあるから好きな方をシロウさんと使ってください」
そしてレイドが案内をしようとサヨの手を取ろうとした時だった。
「……折角ですが、私はカズス様に案内して頂きたいですわ」
「……はあ!?」
扉を開け部屋から出ようとしていたカズスは思わず振り返る。そう言われたレイドも突然の事に表情が険しい物へと変わる。
「……サヨさん。俺は何か貴方にしましたか?」
「そういう訳ではございません。むしろとても紳士的で好感の持てる人物ですわ」
「では何故?」
「いやですわ。これ以上は私とてもではないですが、恥ずかしい」
顔を赤らめて熱っぽい視線をちらりとカズスに向けては逸らすサヨ。シロウと怪訝そうな顔をしたミーユを除いたすべての部屋の人間がその様子に呆然としていた。
「……ゴホン。まあ、そういう事ならばカズス君。君も道は分かるだろう。案内をして差し上げなさい」
「ちょっ!? リックさん!?」
「カズスしっかり案内するんだぞ。……変な事はするなよ」
「親父まで!?」
「それではカズス様! 案内お願いしますね!」
カズスは抗議をする間もなく、勢いよく近づいてきたサヨに手を取られるとそのまま外へと連れ出された。
「……寝るか」
レイドはミーユを連れてそれぞれの部屋に戻っていった。
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