第3話
翌日。ヤーシ村、広場前、早朝、晴れ。村の中心にあるこの広場は普段は何もない整備された土の地面で、よく小さな子供達の遊び場になっている。
現在は木製の祭壇や台座などが建設されヤーシ村の一大イベントである、収穫祭に向けての準備がなされている。しかし、それ以外の人々も今朝は多く集まって来ていた。
「まだ納得してないのか」
「別に~?」
レイドの問いかけに不満を隠そうともせず答えるカズス。
カズスとレイドは建設作業の手伝いに木材を運んでいた。これはカズスに対する罰としてゴズズが与えた仕事だが、バジリスクのせいで森に入る仕事は全員暇を与えられた。レイドは持て余した時間をカズスの手伝いに充てているのだ。
「何故そこまでシロウさんを嫌う。あの事はあの人が悪いわけじゃない」
「……うるせえよ。それに俺は単純にあいつの事が嫌いなだけだ」
「子供ならそれでいいかも知れないが、俺達はそれじゃダメだろう。シロウさんは村にとって大事な繋がりの一つだ。……ほんとうに森が荒れてるならあの人の力がこの先きっと必要になる」
レイドはリックの、カズスはゴズズの、それぞれ村長と衛士長の息子だ。二人は将来ヤーシ村を背負う立場になる。百を超える村民の命を預かる立場に。
「俺達も今年で十八、いい加減大人にならないと」
「分かってるっての! お前は俺の母親かよ!」
カズスはそう怒鳴ると木材を一人で抱えレイドを置いて先に歩いていく。レイドは心配そうにその後ろ姿に着いて行った。
「みんな! 聞いてくれ!」
収穫祭用の台座に上り、手を叩いてからリックは声を張り上げた。リックの声に建設中の作業員達は手を止め、リックの方を見る。集まっていた人々も台座の側に近寄り始めた。
カズス達も集団の外側まで近寄り、リックの話を聞くため姿勢を整える。
「知っているものいると思うが、昨日道にラージウルフが現れた」
リックの言葉に村民達の何人かが小さく頷き同調する。しかし、事情を知らない村人達の間でざわめきが広がる。
「確かヘリオスが倒したんだろ?」
「相変わらず化け物だな」
中には小さくそんな声も聞こえて来た。
「……」
「カズス……」
「分かってる。別にどうもする気はねえよ」
ざわつく村民達を落ち着かせるようにリックが手を広げる。再び広場が静かになる。
「本来、ラージウルフはこちら側に滅多に現れない。ましてや人が行き来する道に現れるなんて余程の事だ。そこで衛士の見回りで異変があったところを調査したところ……大型の鳥系の魔物の足跡を見つけた」
村民達が再びざわつき始めた。特に老人、ゴズズから上の世代の反応は顕著で口々に話始める。
「ば、バジリスクですか?」
村民の一人が声を上げる。狩人のべルンだ。
「……僕と衛士長の見解ではそうだと思う」
「そ、そんな! 俺の兄貴は昔バジリスクに殺されたんです! あの時は近くにある村もいくつか無くなったって聞きましたよ。……足跡が見つかった場所はどこなんですか!? ここから近いんですか!?」
「……ヤーシ村からそれほど離れていない」
リックの言葉に動揺が大きくなる。恐怖、不安、絶望、様々な負の感情が広場の人々に伝わっているのが分かった。
「みんな! 落ち着いて聞いてくれ話はまだ終わりじゃないんだ!」
再び声を張り上げたリックに村民が黙る。しかし、その表情は曇ったままだ。
「みんなの気持ちはよく分かる。バジリスクは恐ろしい魔物だ。戦う事になれば犠牲だって出るかもしれない。そこでだ今回は冒険者にバジリスクの討伐を依頼しようと思う! みんなどうだろうか?」
その呼びかけに今度は村民に困惑が浮かぶ。
「そ、村長! 冒険者に依頼するって言ったてここから街までは遠い。それに俺達の依頼なんか誰が受けてくれるんだ?」
再びべルンが声を上げた。ヤーシ村から冒険者が居るような街までは遥かに遠い。森の道を最短距離で抜けても五日はかかる。なによりココットの森に住む人間を街の人々は見下している。街の冒険者が俺達の依頼を受けてくれる事なんてほとんどない。
「そこは問題ない」
リックがニヤリと笑う。
「みんなもブーゲルは知っているだろう。二年前に亡くなった僕達の仲間だ。そんな彼の冒険者時代の仲間であり、この村の何人かは馴染みのあるシロウさんが偶然にも、今日、来てもらっている。どうだろう! 少なくはない金額を払う事になるが、村のお金で彼に頼んでみてもいいだろうか! 賛成の者は手を上げてくれ!」
その呼びかけに今度は村民全員が安堵したようだった。ベルンを筆頭に次々に村の人達は手を上げていく。
カズスは村のみんなや横のレイドが手を上げる様を何もせずに見ていた。
リックはほとんど全員が手を上げたのを確認して後ろを振り返る。
「この通り! 賛成だそうです。シロウさんお願いしてもいいですか?」
その呼びかけに反応するように、リックの隣に鱗模様の黒の上下一体の服に身を包み、腰に巻いた布のベルトに変わった剣とその短い物を付けた、細身の男が上がってくる。異国の装い、これが着流しという事をカズスだけは知っている。
後頭部で一本に束ねられた長い黒髪に、胡散臭そうな薄い黒目をした男が、困ったようにへらへらと笑いながら口を開く。
「いやー参りましたね。私こんなに大勢に囲まれるのは初めてで、緊張しますよ」
その男、シロウはちっとも緊張してなさそうな様子でそう言った。
「ちっ!」
「カズス」
あからさまに舌打ちをするカズスをレイドが窘める。周りの人達には聞こえていない。
「シロウさん。この通りみんな貴方に期待しています。どうか依頼を受けて頂けませんか?」
「全く、リックさんも人が悪い。着いて早々どこに連れていかれるのかと思いきや……これでは私も断りづらいじゃないですか」
「貴方がお忙しいのは私も存じています。しかし、どうかお願いします」
シロウはその言葉に顎に手を当てて仰々しく考える素振りをした。しかしすぐに改めてリックの方に向き直ると、さらに大げさに両手を広げた。
「よろしい。お引き受けしましょう」
「! ありがとうございます」
リックが礼と共に手を差し出す。しかし、シロウはその手を掴まない。
「ただし、条件があります」
「条件、ですか」
シロウの突然の申し出にリックは眉を顰める。がすぐに笑顔を取り戻す。
「条件とは何でしょうか? 僕に出来る事ならなんでも言ってください」
「ふふ、ありがたい申し出ですリックさん。しかし、別に貴方達に何かを求めている訳ではありません」
リックの顔に疑問の色が強くなる。
「それじゃあいったい?」
「何、簡単な事ですよ。バジリスク討伐というその依頼お引き受けしましょう。ただし、依頼をこなすのは私じゃない」
シロウはそう言うと懐から奇妙な模型のような物を取り出した。手しぐさで台の上から周りの人にスペースを作るよう促す。そして台から飛び降りるとそのまま、模型を地面に置いた。
「小夜、出てきなさい」
シロウの言葉に反応するように模型が光輝き、どこからともなく現れた紙吹雪に包まれる。そして紙吹雪の中から再び姿を現した時、模型のサイズはとても大きくなっていた。
「乗り物?」
カズスには大きくなった模型がそう見えた。
「話は聞いていたね」
「ええ、時浪おじ様」
水の音のような透き通る声が聞こえた。大きくなった模型、人が乗れそうな籠のような乗り物、その扉が開きシロウと似た装いの美しい少女が出て来た。シロウと違うのは動きやすさのためか足の露出が多い事と、袖が随分と長い。
元々の長い黒髪は動きやすいように編み込まれ、肩ほどに束ねている。何より、カズスには何も写していないような白い瞳がとても綺麗に見えた。
男の村民のほとんども彼女に目を奪われている。
「シロウさん、その子は誰ですか?」
突然の事に唖然としていたリックが正気を取り戻す。
「この子は私の姪っ子ですよ。親族の贔屓目かも知れませんが、この歳で中々の実力です。訳あって私が預かっているんですよ」
「……小夜。ええ、ただの小夜と言います。どうぞお見知りおきを」
サヨはそう言って深く頭を下げる。
「……シロウさん失礼ですが彼女がバジリスクの討伐を? 随分と幼く見える」
リックの言葉にサヨは僅かに身体を震わせる。
「ふふ。確かに小夜は若く見えるでしょうが、こう見えて成人していますよ。……そうですね、ちょうどカズス君やレイド君と同じ歳だったかな?」
話題を振られた事で村人達の視線がカズス達に向く。視線が集中した事でカズスは正気を取り戻した。
「そういう事じゃねえよ。実力はあるのかって聞いてんだよ。そうでしょリックさん」
「コラ! カズス!」
「構いませんよリックさん。僕とカズス君の仲ですから……」
シロウはカズスの方に向かって歩き出す、周りの村人達は道を開けていく。
「随分と大きくなったね。いつぶりだいカズス君?」
シロウはカズスの目前まで近づくと見下し、カズスの頭に手を伸ばす。カズスはその手を振り払った。
「気安く触ろうとするんじゃねえ。俺はあんたが嫌いなんだよ」
「……釣れないな、久しぶりの再会だというのに」
「ああ、あんたがブーゲルさんを見殺しにして以来だな」
「……衛士になったのかい? てっきり君は冒険者になるものと思っていたよ」
カズスとシロウはお互いにお互いの目を見て視線を逸らさない。レイドはその横で大きくため息を吐いた。
「……おじ様」
二人の間に割って入るようにサヨがシロウの後ろから声を掛けた。シロウはハッとしたように小夜に近づくと、その肩に手を乗せる。
「要するに、カズス君は小夜にバジリスクを倒すほどの実力があるのか心配。そういう事ですよね」
「……別に心配とかじゃなく、バジリスクが倒せないと村のみんなが困るんだよ。まあ、出来ないなら出来ないで早く言ってくれ。その場合は俺達で何とかする」
「カズス!」
横でレイドが抗議の声を上げる。しかし、シロウはそれを手で制した。
「カズス君の言い分は最もです。冒険者たるもの依頼を受けたにも関わらず、達成出来なかったなどでは話にならない。そこで、提案があります」
シロウはリックの方を向きながらニコリと微笑みかける。
「……提案とはなんですか。シロウさん」
リックは大きくため息を吐きながらそう聞き返した。
「模擬戦です!」
「模擬戦……ですか?」
「ええ! こちらの小夜と村で実力のある人とで模擬戦をしてもらいその強さを証明しようと思います。とはいえ、こちらは本職の冒険者。怪我はさせずに無力化するとお約束しましょう」
「おじ様……」
シロウの言葉に不服そうにサヨが声を上げるが、シロウが何やら耳打ちすると納得したようだった。
「お相手は誰でも構いませんよ! それこそ、ヘリオス君でも大丈夫です。……今は姿が見えないよですが、彼が帰って来るまで私はお待ちしますよ」
シロウは余裕たっぷりにそう宣言する。言葉通り相手が誰でも勝つ自信があるのだろう。
「……舐めやがって」
「おい、カズス!」
カズスはレイドの声を振り切りながら、シロウへと近づいていく。
「そいつの相手、俺がしてやるよ」
「おや、カズス君が相手ですか。困りましたね……流石の小夜も貴方が相手では怪我をさせてしまうかも知れません」
シロウは白々しそうにそう呟く。
「……いいからさっさとやるぞ。みんなもどけてくれ! リックさん場所はここでいいだろ!」
「……祭壇と台座は傷つけないでくれよ」
リックの言葉でみんなが広場から捌け始める。カズスはサヨから二十歩ほどの距離まで離れる。カズスの元にレイドが近づいてきた。
「カズス。お前正気か? 幼く見えるが相手はあのシロウさんの血縁者だぞ」
「いいから黙ってみてろ。別に勝つ必要はない。ようはあいつの実力不足を村のみんなに証明すりゃいいんだ。はやくお前も離れろ」
レイドは心配そうに広場から離れる。
「あんたもさっさと離れたらどうだ! それともあんたが俺と戦うか!」
模擬戦が決まってから何やらしきりにサヨに話しかけていたシロウに、カズスは声をかける。
シロウはその声にニコニコとしながら手を振ると、模型に近づく。再度辺りに紙吹雪が舞った。シロウは懐に小さくなった模型をしまい込むと、広場から離れ、リックの隣に移動した。
「開始の合図はこれが落ちたらでいいか」
カズスは手ごろな石を拾う。
「構いません」
「言っておくがお前がチビだからって手加減するつもりはない。お前も本気で来い」
「……ええ、善処します」
サヨは何やらひきつった笑みを浮かべながらそう答えた。カズスは石を宙に放り投げる。
「……」
石が落ちた。カズスは剣を抜きながら加速し、一気に距離を詰める。
勝負は一瞬で終わった。
「……嘘だろう」
レイドの声が静かに広場に響く。それはその場に集まったヤーシ村に住む人々の素直な感想を現していた。
カズスの剣がサヨに届く数センチ手前。カズスはそこで分厚い氷に身体を包まれ、動けなくなっていた。
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