第2話

「この馬鹿野郎が!!! 仕事中に呑気に栗集めなんかしやがって、お前には衛士としての自覚がないのか!」

 ハゲ頭に筋骨隆々の人物の怒声が広場に響き渡る。ここはヤーシ村の解体場。村の狩人が取って来た獲物や、衛士が仕留めた魔物の死体などを処理する場所だ。

 運び込まれたラージウルフに半分ほど占拠されたこの場所でカズスは正座させられ父であるゴズズに怒鳴られていた。

「……別に仕事をサボってたわけじゃねえし、そんなに怒んなくていいだろ」

「仕事中に仕事以外の事をするのをサボるって言うんだ!! この馬鹿が!!」

「ッ何も殴る事ねえだろ!?」

「うるさい! 口答えするからだ!」

「まあまあ、ゴズズさんそのくらいに」

 黒髪をオールバックに纏め上げた柔和そうな印象を受ける男性が、苦笑いを浮かべながら親子喧嘩の仲裁に入る。彼はリックこの村の村長だ。レイドの父親でもある。

 ココットの森の浅瀬に滅多に現れないラージウルフが、商人や村人も使う森の道に出た事で村の重役であるゴズズとリックは連絡を聞きにやって来た。そこで鞄等からモチ栗を取り出すカズスを目撃したのだ。

 解体場の脇ではリックと同じく苦笑いを浮かべるヘリオスと、無表情で佇むレイドもカズス達の言い合いを見守っている。

「……ふん、これで終わったと思うなよ」

「……へーい」

「ッ貴様! 返事すらまともに出来んのか!!」

「ゴズズさん! 抑えて! カズスにレイド! とにかく何があったか教えてくれるかい?」

 リックは怒れるゴズズの前に立ちながら、遮るように話を移す。カズスは立ち上がると土を払い、口を開き始めた。

「……正直言って話す事はあんまりないっすよ。さっきも軽く説明しましたけど道が倒木で塞がれていた事と、ホーンラビットの石像があった事くらいで……ラージウルフがなんで道を走って来てたのかは検討もつかないっす」

「俺もカズスとほとんど同じ意見です。……強いて言うならですがモチ栗の量がかなり多かったです。ただの偶然かもしれませんが、もしかしたら森の生態系に何かしらの変化が起きているのかもしれません」

「……うん。なるほど、ありがとう二人とも」

 リックは話を聞き終わるとゴズズを連れて離れ、なにやら話を始めた。どうやらもうカズス達に聞くことは無いらしい。

「……それでヘリオス。お前はなんであんな所にいたんだよ。これ以上成果を出されるとほんとに収穫祭で俺らなんも食えなくなっちまうんだけど」

 カズスはジト目でヘリオスを睨む。本来なら森へ入るのには許可がいる。衛士や狩人を除いて普通の村民が森に入る許可は滅多に下りない。

「いやあ……僕も本当は森に入るつもりはなかったんだけど、ミーユにせがまれて一緒に遊んでたんだよ。そのあとミーユと一緒に帰ってる途中でカズス兄達の声が聞こえたからつい……」

 ミーユとはニックのもう一人の子供だ。村の中では一番ヘリオスに懐いている。

「ミーユと遊んでたね……森は危険だってのにお前が付いてれば安心ってわけか」

 ヘリオスはその言葉に赤い目を泳がせ、申し訳なさそうに顔を伏せた。

「……カズス」

「分かってるよ! 別になんでもないからそんな気にすんな!」

 ヘリオスはほっと胸を撫でおろした。

 ヘリオスは特別だ。幼いころから一番ヘリオスを見て来たカズスが一番それをよく分かっている。カズスと三歳下である彼はもうすでに村では一番の身体能力を持っており、あの細身で単純な筋力でもゴズズとほぼ同じだ。

 五感にも優れ視覚は鳥並みであり、嗅覚、聴覚は森の中でも鈍る事がない。なによりヘリオスは習ってもいないのに感覚で魔法を扱う事が出来た。

 流石は伝説的な冒険者ブーゲルの息子だ。

「で、その遊んでたミーユはどうしたんだ? まさか森に置いてきたわけじゃないよな?」

「ミーユならカズス兄達がウルフの死体を運んでる間に送り届けたよ。ミーユも見たがってたけど、流石にカーラさんがダメだって……」

「まあ、こんな大物だ。見たい気持ちはよく分かる。あとで剥いだ皮を見せてやればいいだろ」

 そう言いながらカズスはラージウルフの死体に近づき手を添える。大きい。体高はおそらく三メートルと言ったところだろう。言うまでもなくそれに比例し体長も大きい。今のカズス一人ではとても倒せない相手だ。村でもラージウルフを倒せるのはゴズズくらいのものだろう。

 それを魔法とはいえたった一撃で。カズスは静かに拳を握りしめた。

「みんなちょっといいかな?」

 話を終えたのかリック達が再び近づいてきた。

「今日の事なんだが実を言うとまだ結論が出ていない。個人的に調べたい事もあるし、明日村のみんな全員に話を伝えようと思う」

「明日……それも全員に? それほど重大な事なんですか?」

 深刻な顔で聞き返すレイドにリックは少し困った顔をする。

「重大と言えば重大かな……でも大丈夫そこまで心配しなくていい。みんなも知っていると思うけど明日はシロウさんが来る。現役の冒険者の彼に相談してみようと思うんだ」

 シロウ。ブーゲルさんが所属していたギルド『明星』の現団長だ。引退したブーゲルさんの様子を見るために、ちょくちょくとヤーシ村に訪れていた。

 五年前にブーゲルさんが亡くなってからはとんと顔を見せなくなったが、明日しばらくぶりに村に来る事になっている。

 どういう目的で彼が来るのか。カズスはそれを理解している。

「バジリスクが何か関係しているんですか?」

 カズスは問い正すようにリックにそう伝える。

「……カズス、まだそんな事を言ってるのか。この辺りにバジリスクなんて現れるわけないだろ」

「お前は黙ってろ、レイド。森の奥地で何かが起きて生態系が変わった。だからバジリスクが森の浅瀬に降りてきた。確かホーンラビットは警戒心が強いんだろ? 餌になるモチ栗を放ってどこかに行かなきゃならないほどの何かが現れたから。違うか親父?」

 カズスはゴズズの顔をじっと見る。ゴズズはしばらくして罰が悪そうに口を開いた。

「……そうだ。俺もお前とほとんど同じ予想だ。しかしそれでどうしたと言うんだ? 何か問題があるのか?」

「大ありだね。リックさん貴方シロウにバジリスクの討伐を依頼するつもりですか? バジリスクは確かCランク。金銭にしてもそこまで高くはない」

 リックは大きくため息を吐いた。

「……ああ、そうだよ。お金の支払いは村の資金でするつもりだから、正確な決定はみんなに聞いてからだけどね。きっと賛成してくれると思う」

「ええ、でしょうね。でも俺は反対です」

 リックとゴズズは二人同時に眉間を抑えた。

「あのなあカズス。お前がシロウを嫌いなのは分かる。だがここは大人になれ」

「いいかい、カズス君、。これは村の一大事なんだ被害を出さないためにもここはシロウさんに依頼するのが一番確実なんだ」

「村の一大事だからこそ俺達は一丸となって協力し、バジリスクに立ち向かうべきじゃないんですか? それを外部から来た冒険者に頼ろうだなんて俺は間違ってると思います」

 カズスの言い分にニックは言葉を詰まらせる。

「それは通常時の話だ。バジリスクは強い。魔物としてのレベルもこの辺りで出てくる奴らとは訳が違う。簡単に倒せる相手じゃないんだ」

「そこだよ親父!」

 カズスはゴズズの言葉に目を輝かせる。

「バジリスクは確かに簡単に倒せる相手じゃない。だけど、簡単じゃないだけで倒せるんだ! 現に親父は昔倒した事があるんだろ!?」

「……ああ、確かに近隣の村々と協力して倒しはしたが」

「なら大丈夫だって俺と親父にレイド、そして何よりヘリオスがいる!」

 突然話題を振られ視線を集めたヘリオスは狼狽える。

「ヘリオス一人いれば百人力だ!! バジリスクぐらい倒せるさ! お前もそう思うだろ!?」

「えっあっ……うん」

 ヘリオスは曖昧に頷いた。

「資金も浮く、ねえリックさん! これでいいだろ!?」

 カズスは黙って聞いていたリックにそう促す。

「……残念だけど、やっぱり危険すぎるかな。ごめんねカズス今回はシロウに頼ろうと思う。みんなで収穫祭を迎えるためにも、どうか分かってほしい」

 しかし、リックの意思が変わる事はない。

「ッ! だからってあんな奴に」

「とにかく詳細は追って明日知らせる。今日は全員帰って休め! いいな!」

 ゴズズの言葉でその場は解散となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る