第1話
「おっ! モチ栗があるぞ! レイドもこっちに来いよ!」
ココットの大森林。人の大陸中央から分布する広大な森の名称だ。この森は環境資源に恵まれ、水と食料が豊富に存在する。そのためパンゲアの魔物達の新たな住処となっているが、魔物達は森の深部から出てくる事は少なく、浅い地域には多くの村々が点在している。
「……仕事中だぞカズス」
「大丈夫だって! そうそう森に異変なんてある訳ないだろ!」
森の中に二人、皮鎧に身を包んだ青年が居た。一人はカズス。癖のある茶髪に寝癖を放置し、皮の兜を紐で首にかけ、整理された森の道の脇に屈み、目を輝かせて山菜を採取している。
もう一人はレイド。こちらは皮の兜をしっかりと被り、その端から覗く整えられた黒髪を弄りながら、呆れた顔でカズスの方を見ている。
二人は衛士、正確にはその見習いだった。ココットの森の東側に存在する小さな村、ヤーシ村で森の見回りや村の警備を担っている。
「……木が倒れて道が塞がっていたのは立派な異変の一つだ。それを取り除くのも俺達の仕事だと言うのに」
「そんなの今度退かしておけばいいだろ! ちょっと迂回すればいいだけだしな! それにここで食い物を集めとかなきゃ、たたでさえへま続きの俺達はろくに収穫祭で食べれないっての! どうせ良いものはヘリオスが持って行っちまう」
「お前も成果を出せばいい」
「ゴブリンの集落を潰せってか? 普通の人間じゃそんなの無理だって! 俺達とあいつじゃ出来が違う。おっ! ここにも落ちてる! 見ろよ、豊作だぜ!」
カズスは見つけたモチ栗の棘だらけの殻を器用に外すと、中の実を取り出しレイドに見せつける。
レイドはその様子にため息を吐くとカズスから背を向けて歩き出した。
「おい! どこ行くんだよ?」
「仕事に戻る」
「お前は取らないのか? こんなにモチ栗が取れる事なんて滅多にないんだぞ!? っておい待てよ!」
カズス慌てたようにモチ栗の実を抱えると、レイドの背中を追いかけた。
「おかしい」
レイドはそう言うと足を止めて腰の剣に左手を回した。
「どうかしたのか?」
カズスは鞄や皮鎧の隙間、首から下げた兜の中などに大量のモチ栗を詰めたまま同じように立ち止まる。
その両手にも大量のモチ栗が抱えられている。
「あれを見ろ」
カズスはそうレイドに刺された方角の先を見据える。そこには五十センチほどの体躯の角の生えたウサギが背を向けて森の道の真ん中に鎮座していた。
「ただのホーンラビットじゃん。あれがどうかしたのか?」
「……お前ホーンラビットの好物が何か覚えてないのか」
「お、覚えてるって! ちょっと待てよ……」
心底呆れたような目線を送るレイドに、カズスは慌てたように頭を働かせる。
「……モチ栗。そうだ! モチ栗だろ! 俺だってそれなりに森の勉強はしてる!」
得意気にそう答えるカズス。
「それじゃあ、なんでおかしいのかもう分かるだろ」
「……なんでこっちに襲ってこないのか?」
レイドは再び大きなため息を吐いた。
「き、今日はちょっと調子が悪いんだよ! いいから何がおかしいのか教えろって!」
「……いいか、ホーンラビットは臆病で基本人前には出てこないし、動く時も必ず群れで行動する」
「……でもあいつは一体だけだぞ?」
「だからおかしいんだ。それにホーンラビットはあの体格にしてはかなりの大食いだ。もしこの辺りに群れがいるならこんなにモチ栗が取れるはずがない」
レイドは辺りの他の異変を見つけるようと、顔を動かす。
「……でもそこまで大した事か? 所詮ホーンラビットだろ?」
「馬鹿! 森の異変は小さな事から森全体に影響している物だと襲わっただろ! ……もしかしたら危険な魔物が近くまで降りてきてるのかもしれない」
レイドは少しづつ慎重にホーンラビットに近づいていく。カズスはその歩みの遅さに呆れながら鼻で笑う。
「ようはあいつの様子を確かめれば良いだけだろ。お前は大袈裟にしすぎなんだよ」
「あっ! おい待て! カズス!」
カズスは抱えていたモチ栗を道の脇に置くと、動かないホーンラビットの方へズンズンと進んでいく。
近づいていくカズスにホーンラビットは逃げる様子を見せない。
「おい! カズス!」
「心配するなって! どうせ寝てるだけだよ! ホーンラビットは座って寝るって話だしな!」
ホーンラビットまであと数歩。カズスは腰を屈めすり足気味に少し近づくと、勢いよくウサギの背に飛びついた。
「痛っ!!!!!!!」
「カズス!」
鈍い音が辺りに響いた。カズスは頭を抱えて道の真ん中で転げ回る。
レイドはそんなカズスに急いで駆け寄ると、懐から薬を取り出し始める。
「大丈夫か!? 何があった! いや、何をされたんだ!」
必死に問いかけるレイド。しかし、カズスは額を抑えて苦しそうに蹲るだけだ。
レイドはハッとすると急いで元凶であるホーンラビットの方へ向き直る。
ホーンラビットに動く気配はない。レイドは剣を抜くとホーンラビットにその剣先を近づけ、そのままの勢いで突き刺した。
「……石?」
剣先はあっさりと弾かれた。しかし、ようやくそこでレイドはそれがホーンラビットではない事に気づいた。
「これは……いったい?」
「ただの石像だよ多分……くそぉ! 誰だ! こんなところに置きやがって!」
困惑するレイドにカズスは話しかけ、おでこをさすりながら道に座る。
「カズス! 何かされた訳じゃないのか?」
「心配すんなって……単純に頭をぶつけただけだ。瘤になってるな……レイド塗り薬をくれ」
「ああ……それにしてもこの石像はいったい……」
「俺が知るかよ! どこかの彫刻家が彫ったのか、商人が落としたのか……どっちにしろ迷惑な話だぜ!」
怒りながら額に薬を塗るカズス。レイドはホーンラビットの石像を持ち上げながら、様々な方角からその造形を見ている。
「それにしても見事な作りだ。細部をここまで似せるなんてまるで本物だぞ」
「ああ、おかげで俺もぶつかる直前まで石だって気づかなかった。毛の感じまでほんと良く作ってるやがるよ」
「商人……は無いな。この辺りでこんなもの誰も買わないだろう。とすると彫刻家か……この辺りでこれ程の腕の彫刻家はいたか?」
「さぁな、知らねぇよ。西の街の連中ならいるかも知れねぇけど」
カズスは薬入れをレイドに渡すと立ち上がり、道を戻り始めた。
「おい! どこに行くんだ!」
「モチ栗を取りに戻るんだよ! 全く変に警戒したせいで偉いめにあった……」
レイドは石像を抱えたままカズスのあとを追いかける。
「……お前その石像持って帰るのか?」
「まぁな……これも異変と言えば異変だ。ゴズズさんに見せる必要があるだろう」
「親父が石像の価値なんて分かるかね……」
「そういうつもりじゃないが……とにかく今日はもう村に戻ろう。これを抱えていたらどの道ろくに戦えない」
「おっ! それは俺も賛成! モチ栗もこれ以上は抱えれないしな!」
カズス達はそう言ってモチ栗を置いていた道まで戻る。カズスは急いで脇に置いていたモチ栗を再び抱えると、二人は並んで来た道を戻り始める。
「……」
「どうしたカズスそんなに石像を見て。これが欲しくなったのか?」
「いや違う! そうじゃない! そうじゃないけど改めて見るとよく出来てるなって……まるでバジリスクに石化されたみたいだ」
「バジリスク?」
「ああ、知らねぇのか? 昔この辺りに現れたのを親父が倒したらしい。本来は森の奥地に住む魔物で、鳥の頭に蛇の尾を持ってるらしい。尾の蛇と目を合わせると石化させられるって話だ」
「そんな魔物がいるのか……相変わらずお前は魔物に詳しいな。その情熱をもっと仕事に回して欲しいぐらいだ」
「うるせぇよ!」
レイドの物言いにカズスは顔を顰める。
「まぁ、生憎だがそんなのがこの森に出るとは思えんな。この辺りで出る魔物なんてせいぜいがラージウルフぐらいなものだ」
「ふん、別に絶対に出ないとも限らないだろ! もしかしたらそこらの茂みに潜んでるかもしれないし!」
そう言ってカズスが指をさした道脇の茂みが、ガサガサと音を立てる。2人は思わず顔を見合わせた。
「……」
「ま、まっさか居るわけないだろ! ……見てろよ!」
カズスは抱えていたモチ栗の実を1つ茂みの中に投げ入れた。音を立てて中から本物のホーンラビットがひょこりと顔を見せた。こちらは石像よりも少し角が小さい。
「ほら見ろ! 大丈夫だったろ? ついでに本物も一体持って帰るか? ほれほれ〜」
そう言ってカズスはモチ栗をまた数個地面に置く、しかしホーンラビットはカズスの方を見ると茂みの奥に走り去って行った。
「ちっ警戒心が強いな……」
「……カズス」
「なんだよレイド! また小言か? 別にホーンラビットぐらいなら怪我をする事はないだろ」
レイドに強めに肩を叩かれ文句を垂れながら振り返るカズス。
そこにはこれまで歩いてきた道の先を見つめるレイドとその視線の先に大きな、とても大きな狼が口を開けて近づいて来ている。ラージウルフがこちらに走って来ているのが見えた。
「……レイド」
「……ああ」
「逃げるぞ!!」
二人は弾かれたように走り出した。カズスはその両手に抱えたモチ栗も全力で走るためそこいらに投げ捨てる。
「レイド! お前それ捨てろって! 追いつかれるぞ!!」
「ダメだ! これは森の異変の証拠だ! 見逃すと大変な事になるかも知れない!!」
「そんな事気にしてる場合か!!」
ラージウルフは物凄い形相で二人を追いかけてくる。幸い、ラージウルフは足は遅い。と言っても全力で走り続ければ先に体力が尽きるのはこちらだろう。
「くっそ! レイド! 村までは走れるんだよな!!」
「大丈夫だ!」
「ならしっかり着いてこいよ!!」
そう言ってカズスはペースを上げる。2人はグングンとラージウルフに差をつけていく。
しかし、
「あっくっそ! そうだ! 道は塞がれてたんだった!」
「だから俺はすぐ退かそうと言ったんだ!!」
「今言ったって仕方ねぇだろ!」
二人は塞がれた道の前で右往左往する。迂回するには森に入らなければならない。足が取られる森の中では間違いなくラージウルフに追いつかれる。
「そ、そうだ! おいレイドそれを森に投げろ! もしかしたらあいつの気を引けるかもしれない!」
「だから、これは重要な異変の証拠だと!」
「このまま食われるよりはマシだろ! どうせ石像だ! まかり間違っても食われる訳じゃない! あとで探しに行けばいいだろ!」
「……くっそ!」
レイドは勢いよく森に石像を投げ込んだ。森から石像の落ちた音が聞こえる。
ラージウルフは石像の投げ込まれた森の方に少しだけ視線を移すが、足を止める気配がない。
「止まらないじゃないか!!!」
「も、もしかしたらって言っただろ!? 」
「だから俺は退かすべきだと言ったんだ!!」
「それを言うなら俺だって早く捨てろって言っただろ!? そしたら迂回する時間は稼げだはずだ!!」
絶体絶命。責任を押し付け合う二人。そうこうしている間にもラージウルフは迫ってくる。
「二人とも! 伏せて!!」
突如そんな声が後ろから聞こえてきた。カズスとレイドは声に合わせるように急いで身を伏せる。
二人の頭上を炎が通過した。道を塞いでいた倒木までも吹き飛ばしながら進む爆炎が、ラージウルフに直撃しその巨体を吹き飛ばす。ラージウルフはそのまま動かなくなった。
「二人とも大丈夫?」
カズスとレイド二人の前に赤髪の少年が降り立った。身軽そうな布の服から両肩をだし、丈夫な皮のズボンに身を包んだ少年が、振り返りながら二人の前に屈む。
「「ヘリオス!!」」
「良かった! 怪我は無いみたいだね」
赤い目を輝かせながら中性的な顔立ちをした少年、ヘリオスはそう彼らに笑いかけた。
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