第2話 異世界からの使者

数秒にもわたって、紫苑ナナミと言う少女は岩のように息を飲み固まる郡正の目を覗き込んだ。 その様子はまさに、蛇と蛙だった。


郡正は蛇に睨まれたカエルのように、身動きが取れなかった。ただ自らの本能が何かしらの警笛を鳴らしているのを全身で感じているだけだった。


 ナナミは突然、その無表情の口角を不気味にニヤつかせ、郡正の目を覗き込んだまま口を開いた。


「えぇ…楽しいですよ。私こういうファンタジーゲーム大好きでよくやっているんです」


 ナナミは抑揚のない口調で郡正に淡々と答えた。


「あ……ファンタジーゲーム?なんで…?」


郡正がナナミに聞き返すと、ナナミはゲーム機を見せてくれた。


どうやら最近流行りのRPGゲームであるようで、主人公は魔王を倒し世界を平和にする、良く言えば【王道】、悪く言えば陳腐な内容である。


「だって魅力的でしょ…こんなにも、現実に忠実な、リアリティ溢れるゲーム。」


ナナミは、不気味にニヤつきながら郡正の目を再び覗き込んだ。


「え? リアリティ? ファンタジーゲームのことだよな?」郡正はナナミの奇妙な言い回しに首を傾げると、再びナナミの目が怪しく光った。


「うふふ……そうでしょ? 魔法にモンスター、良く再現されている。現実に忠実に…。」


「ハハハハッ!!」

「アッハハハハ!!」

「何言ってるんだこいつッ!」


ナナミの言葉に、ヨシマサを初め、少年たちは皆、腹を抱え笑い始めた。

そしてヨシマサは涙を流して、腹を抱えながらナナミ肩に手を置いて、諭すように話し始めた。


「お前なぁ……それじゃモンスターとか、魔法とかが現実にあるみたいじゃねぇかよ…。現実でそんなことありえねぇんだぞ」


「いえ…現実にありますよ。」


笑い転げながら話す少年たちに、ナナミは真顔で応えた。

すると少年たちは笑うのを辞め、驚いた表情で固まった。


ヨシマサは郡正に駆け寄り、彼女に聞こえぬよう小声で郡正に耳打ちした。


「おい、あいつ……なんかおかしいぜ…。怖いよ郡正。」


「大丈夫だ。任せろ。 ヨシマサ」


郡正は、ヨシマサの肩に手を置き、そしてナナミに再び向き合った。


「なぁ…ナナミちゃん…。だったよね。 君はつまり…。そのゲームにモンスターとかが現実いるって…君はそういいたいの?」


郡正がナナミにそう聞くと、彼女は再び口角を不気味にニヤつかせた。

そして……。


「えぇ……そうですよ。 オーク、スライム、ゴブリン、ガーゴイル、ミノタウロス、 ドラゴン……全部吐いて捨てるほど溢れかえっています。


剣や魔法だって実在します。」


ナナミは、抑揚のない声で不気味にそう言った。郡正は思わず耳を疑った。


「えぇ…と。 あの僕は生まれてこの方12年生きてきたけど、そんな奴らとは一回も会ったことがない。何故か分かる? いないからだよ?現実には。」


そういいながら、郡正はヨシマサから差し出された自転車のカギをポケットから取り出した。そして、ナナミに見せつけるようにしてカギをクルクルと回した。


すると、ナナミは突然郡正の手から自転車のカギをサッと奪い取った。


「あっ! おい!」

「貴方が出会っことがないのは…あくまでこの世界にはいないからだよ。だがソレも今だけ…。もう、すぐにでもこの街も飲まれるわ。」

「お……お前!」郡正はナナミに掴みかかろうとしたが、ナナミはそれを華麗に交わし、そして 不気味な微笑みを郡正に向けた。


「私…この街で一人で不安だったけど…。貴方が今日もう一人連れてきてくれるんでしょ。来栖郡正さん…急いで。」


ナナミはそう言うと、郡正に、自転車の鍵を投げ渡した。


「あ…なんで俺の名前…アッ!!」


郡正はナナミの言葉で自分が外に出た目的を思い出した。


「そうだった……竹中千次ってヤツを迎えに行くんだった!」


郡正はナナミから自転車の鍵を受けとると、急いで自転車に乗り込もうとした。

すると、ヨシマサが郡正の肩を掴んで引き留めた。


「おい……郡正!何処へ?」

「悪いヨシマサ急ぎの用事ができた。じゃあな!」

「あっ!!郡正ッ!!」


郡正はヨシマサ達にそういうと、自転車を漕いで駆けて行った。

「まったく……余計な油売っちまった!急がなきゃ!」


ーー数分後、郡正は駅に向かって自転車を漕ぎなんとか、竹中千次が乗ってくるであろう電車の到着時間十分前に駅に着くことができた。

「ふぅ……。間に合ったか……」郡正は、駅に自転車を停めると額の汗を拭った。そして駅のホームのベンチに腰を下ろした。


 すると、ちょうど電車が駅に到着し、中から乗客がぞろぞろと降りてきた。


「この中に竹中千次がいるんだな……よし!」郡正はベンチから立ち上がると、電車の中から出てくる人々の中から、千次を探し始めた。


郡正はただがむしゃらに当てもなく探すわけではなく、まず停車している電車の先頭側を目指した。


この【真錦駅は】6つも路線が通っている乗換駅だ。 おまけに30以上のデパートが駅内に入っているため、その広さは尋常ではなく、道もこの街らしく入り組んでいる。知識がなければ改札にたどり着くことでさえ至難の業だ……。


ならば当然、この駅に初めて来る竹中千次は道を聞くために降りてすぐ駅員に声をかけるはずだ。


 先頭車両側に居るその駅員に話しかけている俺と同い年くらいの男がが竹中千次だ。そう考えた郡正は、急ぎ足で先頭車両側へと向かった。


「君…電車にベタべタ触らない迷惑だろう?」

「あぁ? なんだ?」


郡正が、先頭車両側にたどり着くと、駅員の大きな叫び声を聞いた。「なんだ? 喧嘩?」郡正は、その声の方に向かった。


するとそこには、自身と同じような背丈の少女が目を見開いて不思議そうな表情で電車に触れて、駅員二人がその後ろから必死に少女を静止しようとしていた。


「なんだあれ?」郡正はその光景に唖然としながらも、困り果てた顔をしている片方の駅員に話しかけた。


「何があった…駅員さん。トラブルか?」


「あぁ!そうなんだよボク その子に近づいちゃダメだよ。で危ないよ」


 郡正に話しかけられた駅員は屈んで郡正に目線を合わせると、そう呼びかけた。


「何があった?なんでその子は電車を触ってるんだ?」


郡正が尋ねると駅員は少し呆れながら彼女に視線を向けた。


「さあな、俺にもさっぱりわからん。電車から降りるなり「こんなアンティークは見たこともない」とか何とか言って全然離れようとしない」


「アンティーク?どういうことだ?」郡正が駅員にそう尋ねると、駅員は諸手を横に広げて、「さぁな」と答えた。


「とにかく、駅員の俺がいくら注意しても聞く耳持たねぇし……。」

「なぁ…これは電気で動いているのか?!」


駅員が郡正にそう説明すると、電車に触れていた少女がこちらに近づいてきて、駅員に後ろから話しかけた。

「これは、電気で動いているのか?!」


少女は郡正と駅員に顔を近づけて尋ねた。


郡正はその少女の顔を見て息を飲んだ。


エメラルドのように輝いた緑色の瞳に、雪のように白い肌……。そして何よりその美しい銀髪は、ナナミという少女のそれと同じであった。


ただ髪型は短髪で、ボーイッシュな感じで声もナナミのよりはやや低くハスキーだが、それでもまるで磨かれたガラスの造のように無機質な美しさは、やはり彼女を思わすものであった。


駅員は苦笑いをして彼女の問に答えた。

「はぁ~そうだよ。 当たり前だろ?わかったらさっさと電車から離れてくれ…。周りに迷惑だろう!」

駅員は少々苛立った様子で少女にそう言った。

すると少女は不思議そうに首をかしげた。


「も…申し訳ない。電車というものをこの目で見るのは初めてだったので……つい。」


少女は駅員に深々と頭を下げ、謝った。


「なぁ…俺からも手短に聞きたいことがある…。人を探しているんだ」


郡正が駅員にそう聞くと、駅員は「あぁ……なんだ?」と応えた。


「この電車から降りるやつで道を聞いてきた奴がいなかったか? 年齢は俺と同じの男だ。足が不自由なやつだから多分、車椅子か何かに乗っていると思う。」


郡正が駅員に尋ねると、彼は首を横に振った。


「いや…残念だけど知らないな…だが一応君の電話番号とそいつの名前を教えてくれれば、後でかけてもいい」


「あぁ……悪いそんな面倒をかけてしまって。そいつの名前は竹中千次……。」


駅員はメモ用紙と取り出したところで先程の少女が郡正と駅員の間に入り、郡正の方を見て言った。


「あぁ…それはボクだ」「「え?」」

少女の発言に郡正と駅員は目を丸くした。


「ボクが竹中 千次だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る