第1話 逆鱗
「
来栖郡正は母親の声で目を覚ました。
眠い目をこすりながら自身の居る子供部屋を見渡すとお気に入りのモダン柄で彩った子供部屋はもうすっかり外からの日差しできつね色に照らされていた。
寝ぼけ眼でスマートフォンの電源を入れ時間をを見るともうすぐ時刻は7時になろうとしていた。
郡正は、再び目を擦ると再び毛布にくるまりベッドの上で二度寝を図った。
しかしすぐに部屋の扉は乱暴に開かれ母親が郡正の部屋に入ってきた。
母親は息子の怠惰を目にすると呆れたようにため息をつくと郡正から毛布を取り上げ、強引に叩き起こした。
「二度寝こくな!だらしないあんたもうすぐ中学生なんだよ!ほら、さっさと起きる!」
「なんだよ、母さんいいだろ学校は卒業して今は春休みなんだから」
「あんた!いい加減にしなさい!今日がなんの日か分かってんの?」
郡正は母親の言葉で自身がうっかり何かを忘れてしまったのか、または、母の重要話を聞き流してしまった事に気が付き、頭をポリポリとかいて寝癖を弄りながら必死に思い出そうとした。
そんな郡正の様子を見て察しった母は、もう一度ため息をつくと、呆れ気味に口を開いた。
「今日はね、
「千次…?家族が増える?なんのこっちゃ…アッ!!そういえば親父の弟が亡くなって…その子供をこれから…家で預かるだのなんのって…。」
郡正はようやく思いだしたようで、頭を抱えて、そして、深いため息をついた。
2週間前、父親が弟【竹中 徹】の訃報を受け、悲しみに明け暮れていると突然、父親の弟の息子を引き取ることになったのだ。
お互い、遠方にいるため、15年も顔を合わせていないがそれでも父親は弟夫婦とこまめに連絡を取り合っていたほど仲が良よく、必然的に身寄りがいなくなったその息子を引き取ることになった。
郡正はそれを受け入れた。
もっとも、竹中千次という少年を一度も見たことも聞いたこともないということだ。郡正は生まれてこの方12年間一度も会ったことがないどころか、話にも聞いたことがなかった。
今日が初対面のその少年と初めて顔を合わせることになるのだ。
だが、群正は人懐っこくその息子というのは年も同い年であったため、郡正はすぐに友達になれるだろうと考え、特段不安も不満もなく、むしろ心のなかでは歓迎していた。
郡正は時計を確認すると、寝癖を直す間もなく寝間着のまま部屋から飛びだして居間へと向かった。
台所で朝ごはんを作っていた母親は郡正のだらしなさに呆れつつ、朝刊に目を通しながら息子を出迎えた。
「えー皆さん2070年ももうじき4月に入り新社会人や…」
「新シーズンのことばっかりじゃねぇか…。」
郡正がリビングに降りるとつけっぱなしにされているテレビからニュース番組の音声が流れている事に気づきぼーとその番組を見て最近同じ内容のことばかりを繰り返し報道する、つまらなさを呟いた。
そうこうしているうちに、グーと腹の虫が音立てた。
「メシ…。母さん」
「母さんは飯じゃありません。もうできるから待ってなさい。」
母親は怒りつつも、朝食をテーブルに並べていった。
トースト、ベーコンエッグにサラダと洋食の朝ごはんであった。郡正は洋食より和食が好きなため少し不満げであった。
「まったく、あんたの事だから、千次君に変な事しないか母さん心配だよ」
「誰が何をするんだよ。アホ抜かすな!で…父さんは?」
「親に向かってその口の聞きかたはなんだい……ったく。父さんは仕事に行ったよ」
「そっか……。で、母さん、その千次ってどんな奴なの?」
郡正はトーストを頬張りながら、母親に聞いた。母親は少し考え込んだ後答えた。
「そうねぇ……。実は私もあったことないのよ。見たこともない。ただ…足が不自由だって…。」
郡正は驚いてトーストを喉につまらせ咳き込んだ。
「あらら、大丈夫?」
母親は呆れつつ、水の入ったコップを差し出した。
郡正はそれを受け取り流し込むとようやく落ち着いた。
「あぁ…最近なんだか胸が痛くて…胸焼けかな…。」
郡正は自身の痛む胸部をさすりながら、母に尋ねた。
「足が不自由?じゃあなにか…これからそいつがいつまでこの家に、転がり込むかわからんが…そいつの面倒を誰が見るの? まさかオレとか言わないよな?…母さん?」
「あら、いいじゃない…好きでしょ?人の面倒見るの…」
郡正は、母親の返答に呆れつつ、ため息をついた。
「で? そいつは何時に来るんだ?」
「んー?10時には来るはずよ…」
郡正は腕時計を確認し、その時間を確認すると慌てて自身の身なりを整え、そして鏡を見ながら髪の毛をセットした。
母親が「ちょっと何してんのよ。」と驚いた様子で郡正に言うと、郡正は母の方を見て答えた。
「ここから、最寄りの駅は【新小岩】だここなら徒歩15分で着くけど多分そいつはそこには来ない。 隣町から来るってことは恐らく【奥繋前線】の電車で来るはずだ。そうすると最寄りの駅【真錦駅】はここから歩いて30分はかかる。
迷うだろ…。オレも迎えに行くよ。」
この街…【流凪町】はそこそこの都会で建物が密集している上、道が入り組んで迷いやすい。
そんな場所に、足が不自由なやつを放置できない。
郡正は玄関に向かい靴を履いた。すると母親はそんな郡正を呼び止めた。
「あんたならそういうと思ったわ…ちょっと待ってて…。」母親はそう言ってまるでなにかに満足したように微笑むと、財布から1万を郡正に手渡した。
「つかいか…?母さん」
「そう…ケーキでも買ってきなさいお釣りは小遣いにしていいからね……。あと、千次君の好きなものを聞いてきてね」
「分かったよ母さん。じゃあ行ってくる!」
郡正は母親からお金を受け取ると家を飛び出し、駅の方へと駆けていった。
「全く……あの子ったら……」母親は呆れたようにため息をついた後、郡正が開けっ放しにした扉を閉めて朝食の後片付けを始めた。
ーー数分後、郡正は駅に向かって自転車で走っていた。
今は夏の時期真っ中であるためアスファルトから陽炎が立ち込めて街を歪ませていた。
郡正は自転車に乗り、一心不乱に駅の方へ向かった。
風のない住宅街を通る途中、色とりどりのバイクに跨ったバイクの暴走族や、自転車に乗ったおばさん達の後ろ姿を郡正は気にもとめなかった。
時間がなかった。郡正は必死に自転車を漕ぎながら、何と言ってもあの抜けた頭を持つ母親の事を恨めしく思っていた。「あのバカ……、あらかじめ来る時間ぐらい教えてくれよ。全く」
郡正は息を切らしながら、普段自転車を漕ぐより遥かに早いスピードで駅に向かって行った。
しかし道の脇に建てられている大規模な公園の横を通りかかると郡正は案の知った声から呼び止められた。
「郡正!おはよー!」
公園から、郡正に手を振りながらこちらに駆けてきた。
それはついこの前、郡正が卒業した印地名市立飛倉小学校に通う近所の少年たちだった。郡正は日頃からまるで【兄貴】のように自身を慕ってくれてくれている彼らから挨拶をされ、少年たちに軽く手を振った。
「おや」
郡正は、駆け寄ってくる彼らに手を振り終えると、見知った彼らの集団の中に、ただ一人知らない少女が混ざっているのを目にした。その少女は麦わら帽子を深く被っているため顔はよく見えず、郡正に手を振り返す少年たちの集団混ざっていたが、常にケータイゲームをいじっていた。
「ヨシマサ…彼女は?」
郡正は少年たちの集団の先頭に居るリーダー格で面倒見の良いしっかりものの田中ヨシマサに声をかけた。
「あぁ、こいつの名前は【紫苑ナナミ】この前転校してきたんだ。飛倉町に来たばかりだから色々と大変だろうと思って、みんなで友達になってやってるんだけど…。」
ヨシマサは郡正の質問に応え、ナナミを見た。
しかし、彼女は依然としてケータイを
いじっているだけであった。
「この様子。ゲームばかりして俺達の事なんて興味ないって感じなのさ……」
ヨシマサは呆れたようにナナミに視線を向けた。
「興味がない……?」郡正は少し不気味に思い、眉をひそめた。
ヨシマサは郡正の来ていたシャツの袖を引っ張って助けを乞うような目で郡正を見た。
「な?変わった奴だろ?郡正、なんとかして」
ヨシマサの頼みを郡正は聞くと、首縦に振りながらため息をつき、自転車から降りると、ナナミの顔が見えるように正面でしゃがんで話しかけた。
「な…なぁ…ゲーム…楽しい?」
郡正はナナミという少女から形容しがたい不気味さを感じていた。しかし、頼みを引き受けた身であるため、郡正はなんとかしてこの少女に話しかけた。
すると少女は、無表情のまま郡正の方に顔を向けた。
彼女の顔はコレまたなんとも、不気味で妖艶な美しい顔つきであった。
特に麦わら帽子から伸びる銀髪と、引き込まれるかのような緑色の目は、小学生、果ては人間にも見えないほど悍ましく無機質な印象を覚える美しさだった。
そのなんとも言えない感覚に郡正は、彼女を見つめたまま、固まり息を飲んだ。
すると少女は瞬きを数回し郡正の存在を確認するとケータイゲームを閉じ、郡正の目をじっと見つめた。
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